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10 この声が届くまで、どこまでも

世の中の堕天魔族への反発が強い中でうかつにリンが転生したといえば、誰に反発をくらうかも分からず、体力が回復しても精神的な負担で長引く可能性がある。


だから──魔王は、リセリアの治療を執務室で続けることにした。


結界は元々破れないものを張ってある。これで外からの攻撃は遮断できる。

話ができるようになれば、また考えればいい。


(……ただ、リンにはこの部屋見たら怒られるだろうな)


もともと片付けが苦手で、さらにずっと籠っていた執務室は、足の踏み場すら怪しい。


アルファードも何も言わなかったが──たぶん言えなかっただけだ。


「じゃ、ごゆっくり」


 息子は、なぜか少し生暖かい目で見てきた。

 ……うん、気のせいにしておこう。


さて、と。アルファードは不埒な想像をしていたのかもしれないが、現実はそんなに甘くない。


この後は徹夜だ。

リンのこんな姿、息子にはあまり見せたくない。


魔力を循環させながら、リセリアの額に触れる。

先ほどから魂に乱れがあるのだ。


──ああ、これは……


時々、前の体の持ち主、リセリアの記憶が混じる感覚がある。リンの魂は、今回のことでそもそもダメージを受けていてかなり弱っている。


汗が止まらないのは、体が弱っているだけじゃない。

精神の中でリンがリセリアと戦っているのだ。


「リン、聞こえるかい?」


静かに、魂に語りかける。


「リセリアが魔王を殺そうとしても、抗わなくていい。そんなことで私はやられないよ。アルファードも入ってこれない場所だ。だから、安心して」


だが、意識は錯乱し、魂が悲鳴をあげている。


「大丈夫。もう無理やり止めなくていい。君の中のリセリアを自由に暴れさせたらいいから。私はやられない。君も知ってるだろ。魔王は強いからね」


「……愛してる。だから、信じて。僕の声を聞いて」


何度も、何度も。

ただ、「愛している」「大丈夫だよ」と伝え続ける。


リセリアは、生前──魔王を殺せなかったという理由で何度も折檻され、最期には殺された。

魂が消えても、恐怖だけが、意識の奥に残っている。


「やだ……魔王さま……でも……でも……」


「大丈夫、僕はここにいる。君を信じてる」


「……殺して……もう、殺してよ!」


「リン。愛してる。絶対に離れない」


額から汗が吹き出し、目尻からは──血の涙。


「ま……おう、さま……ころす……ころす……!」


次の瞬間、リセリアの目がカッと開かれた。

真っ赤に染まった目。


そのまま、ありえない方向に体を曲げ、死体のように動き出す。


「ごろす! 殺す! 殺すッ!」


魔王はすぐに手をかざし、動きをロックする。

そして、リセリアの体から黒いドロドロの怨念を引き抜いた。


ズシンとした圧迫感が、掌にのしかかる。


(……キツいな、久しぶりに)


これくらいの怨念、かつては当たり前のように吸い込んでいた。

だが、聖女だったリンと出会ってからは、ほとんど怨念に触れることすらなかった。


ずっと、彼女が精神世界の中で、この怨念と実際の恐怖とひとり戦っていたんだ。

こんなボロボロの体で、ずっと──


(……抱きしめてやりたい)


「リン。大丈夫だよ。前の記憶は、僕が吸い込んだからね」


「もう、安心して。君は君のままでいい。休もう」


動きを止めたリセリアの体が、またゆっくりと意識を手放していく。


「目覚めたら……少しでいい。話をしよう」


魔王は、リセリアの手を握る。

ずっと、ずっと、魂に声をかけ続けた。


「長く、君と話せなくて……正直、心が壊れそうだったよ」


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