1 エピソード 入学式に死んだはずの母親が現れた
この物語は、前作『聖女のはずが勇者(仮)に間違われて、魔王さまに溺愛されてます』の人間世界でいう数十年後の世界を舞台にしていますが、前作を知らなくても楽しめます。
本作から読み始める方も大歓迎です!
入学式の日。
俺は、魔王の後継者として、魔族の御曹司たちが集まる学園に足を踏み入れた。
——と、思ったら。
「お願い! 魔王さまに会わせて! わたし、あなたの母親なの!」
……は?
俺と同じ年くらいの女が、突然俺の目の前に飛び出してきた。
なんなんだ、こいつ。頭おかしいのか?
しかも、よく見たら……堕天魔族!?
やべえ、敵対勢力のやつじゃねえか!
生まれ変わったの。とでも言うつもりか?
「悪いけど、俺の母親は三年前に死んでる。お前が生まれるずっと後にな」
冷たく言い放ち、殺気を飛ばす。
だが、こいつ、怯まない。
……さすが堕天魔族。普通の奴なら失神してるってのに。
「ほんとに、ほんとに、リンなの……わたし——」
そこに、別の堕天魔族が現れて、彼女を後ろから羽交い締め。
「お騒がせしました」
バサッと黒翼を広げて、少女を回収して飛び去っていった。
……なんだったんだ、あれ。
⸻
俺の名前はアルファード。
魔王と、人間の聖女の間に生まれた、魔界初のハーフだ。
瘴気、怨念を吸収できる魔王の力。
それを浄化して無力化する聖女の力。
両方持った俺は、どっちになるのかと思っていた——けど。
……無双だった。
瘴気を吸えて、浄化もできて、魔王クラスの魔力を持った最強ハイブリッド。
だが、俺の母親——リンは、人間だった。
そして、人間は魔族と比べて、あまりに脆い。
物心ついた頃には、すでに老いていて、体は弱っていた。
同年代の母親たちは若くて元気だったのに、俺の母は……おばあちゃん。
正直、恥ずかしかった。
一緒に外で遊ぶなんて到底無理だったし、会話もほとんどなかった。
父上——魔王は、母上にベタ惚れだったけど、俺からすれば意味がわからなかった。
「リン……リン……」
最後は、母の手を握りながら泣いていた。
俺は母親との会話らしい会話もなくギスギスしていた。
父上にはそれに怒り、反抗を繰り返した。
母は父上を止めて、いつも優しく微笑んでいた。
でも、俺にはそれが、ただ悲しい顔にしか見えなかった。
……気づいたときには、母は亡くなっていた。
⸻
人間なんて、魔界の年で20年、人間で言うと100年も生きられず、寿命が短い
魔族ならまだ子供の年齢だ。
「最初から、魔族の女と結婚してればよかったんだよ……」
俺はそう思ってた。
あんなに苦しそうに老いて、最後には何も言えず、ただ静かに眠っていった母。
父上は、「リンは精霊として戻ってくるって、約束してくれたんだ……」と呟いていた。
けど——
魂は帰ってこなかった。
精霊になることもなく、ただ、消えた。
それから父上は……執務室に籠もったきり、外に出てこなくなった。
⸻
そして、数年後。
「わたし、あなたの母親なの!」
あの少女が現れた。
あり得ない——はずだった。
でも、俺の中で、何かが引っかかっていた。
……まさか、な。
まさか、本当に、精霊としてではなく“別の形で”戻ってきたっていうのか?