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第五話

 メメント森は、猫を飼ったことがない。

 しかしSNSのプロフィール画像に猫を使うほど、猫好きである。

 猫カフェなどに行っても「お猫様のお好きなように」と猫たちを遠目にながめて微笑んでいる時間の方が長いし、同僚の飼う猫が高齢であまり食事をとれないと聞けば「少しでも食欲が回復するように」と大量のちゅーるを差し入れしてきた。

 メメント森の家にはたくさんの猫のぬいぐるみがおり、それぞれに性格も違う。メメント森は、日常的にぬいぐるみに話しかけたり、ぬいぐるみに声をあててしゃべったりしている。

 メメント森は長らく人生で我慢しつづけてきて、それが嫌になったので、基本的には自由人である。「あれこれせよ」といった命令には、仕事でない限り、余程のことがないと従わない。感覚で生きているバカである。


「枕と風呂に入れ」

「イヌマエルと銀座でデートせよ」

「乳首のところに穴の空いた服を着て、牧場に行け」

「バスを降りるときに、相撲取りのようなすり足とつっぱりをしろ」

「体重計に乗れ」

「恋をしろ」

「再婚しろ」

「買い物に使ったビニール袋をきちんと三角にたため」

「箸使いを正しい持ち方にしろ」

「肉を食うな」


 メメント森は、呆れて肩をすくめた。元義実家の言いそうなことが多数含まれている。


「支配してあげる」


 SNS上に流れてきた文言を見たメメント森は、鼻で笑った。お断りである。

 あるとき、SNSのタイムラインに「黒猫狩りだ」という投稿が流れてきた。

 メメント森はその投稿主について知らないが、元推しと交流のある人物であるらしい。

 メメント森は黒猫のぬいぐるみを長年大切にしている。SNSのプロフィール画像も黒猫である。

 誰かが自分を狩れという命令を出したのかもしれないなと、メメント森は警戒した。ファンを煽動しようとしたのだろうか。

 メメント森は「ファンを使い捨ての手駒みたいに扱うものではない」と、不快感をあらわにした。クリエイターにはファンがいて、一部の熱狂的なファンはクリエイターの言うことを信じてしまいがちだ。

 情報戦さながらである。メメント森のように、クリエイターにアイデアやプライバシーを盗まれて踏み台にされ、「やめてくれ」と言いつづけているのに嫌がらせを受けた一般人もいるのだ。

「黒猫狩り」の投稿主はその後、「僕の投稿で不快な思いをさせてしまいました」と投稿した。

 メメント森は不特定多数に向けた謝罪であることに多少の不満を抱きながらも、一応謝罪は受け取ることにした。

 しかし嫌がらせは、まだ続いている。なにより、これまでにメメント森の受けた被害は、決してなくなるものではない。


 ──水に流してくれたら、幸せなことをてんこ盛りに用意するから! 癒すから!


 メメント森は自由人でバカではあるが、感覚で生きているので「それはDV加害者が『これからは心を入れ替えて優しくします』というのと何が違うのか」とますます警戒した。

 以前ファンレターに「辛く悲しい出来事はわさびみたいなもので、後から刺身を乗せるなり出汁を入れるなりすればいいと思っています」と書いたが、加害者側が「優しくする」「癒す」などと押し付けてくるのは違うだろうと、心の底から呆れ果てた。あまりにも都合のいい解釈をしすぎである。

 自分を殴りつづけてきた社会が謝罪もせず、法で裁かれることもなく、金儲けをしてウハウハしていることに、不信感を持った。メメント森は野良猫のような人間であるから、こっぴどく殴ってくる某漫画誌のような相手には近づきたくない。


 警察に、なんとしても捜査してもらわねばなるまい──。


 娘や母まで被害に遭っている。メメント森は自分のことなら余程でない限り許す心づもりだが、余程のことが多すぎた。枕カバーの中からゴキブリの死骸が出てきたことさえあった。なにより、娘や母にまで触手を伸ばした某漫画誌を許すことはできなかった。そこが彼女の頑なさを生む、ターニングポイントだった。イヌマエルにまで手を伸ばすようなことがあれば、激怒しただろう。

 メメント森はこれまでの人生で加害者として警察のご厄介になることはなかったが、さりとて間違いをまったく犯さない聖人君子というわけでもない。野良猫らしく我が強いから、言い争いなどもしてきた。

「しきたり」はそこを執拗に突いて「謝れ!」と言ってくる。

 違法な情報取得と、証言に信憑性がないのが問題なんだよ、とメメント森は唇を歪めた。

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