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第四話

 メメント森は激怒した。娘や母の情報まで勝手に使い、「身売り」「売春婦」とほざく某漫画誌だけは、何が何でも許すわけにはいかなかった。

 その昔、メメント森の母は猫を飼っていたそうだ。文字通り猫かわいがりしていたそうだが、避妊手術が一般的でない世の中だったのもあり、子猫が産まれると処置していたという。メメント森も娘も猫が好きなので、当然母のしたことを非難した。

 猫を殺すと三代祟る──そんな迷信をなぞるように、メメント森と母、娘の三代にわたって、某漫画誌が嫌がらせをしているらしかった。

 彼らは「しきたりだ」と言った。五年にわたって濡れ衣を着せられ、身に覚えのない悪事への謝罪を要求されてきたことを鑑みても、この「しきたり」は因果応報を主眼においたものだろう。しかし実態は、一方的なひどい言いがかりである。情報を搾取し、都合よく利用するために行っているのだろう。


 もしもこれが因果応報だというならば、メメント森に執拗な嫌がらせをつづけてきた社会は、いったいどんな罰を受けるのだろうか。

 そもそも、一般人であるメメント森の情報を不正に入手した時点で、「しきたり」側に、なんの正当性もありはしない。

 連中は「創作アイデアなんて世の中にいくらでも出回っていて、真新しいものなんてほとんどないんだから、盗用ではありません」とせせら笑っている。

「この作品は特定の個人・団体・企業・事件とは関係ありません」──メメント森は件の漫画誌を引き裂きたい衝動に駆られた。そう書いておけば、許されるとでも? そうして、嫌がらせをしてきた件の漫画誌など読んでやるものかと完全にヘソを曲げた。

 たとえ数円であっても利益を与えたくないのが本音だが、社会はそれを嘲笑うように、メメント森のよく使うコンビニやサービスと、件の漫画誌をコラボさせる。SNSでミュートワードに設定しているというのに、Web広告まで流れてくる有様である。「ほら、お前は件の漫画誌に利益を落としたんだぞ」……そうニヤついている誰かの思惑に、メメント森は腑の煮えくりかえるような思いがした。

 メメント森が件の漫画誌を読むことは、もうないだろう。ヘソを曲げすぎて一回転する日がもしかしたら来るかもしれないが、それは赤道直下の南の島に雪が降るほど、希少なことである。まずは公の場で、この「しきたり」について漫画誌が謝罪することが肝要だ。


 メメント森は、どうすればこのひどい事件を、警察が捜査するのだろうと考え込んだ。

 自分が死ぬか、何か事件を起こすか──思わず物騒な方向に傾きそうになる思考を、イヌマエルが止めた。イヌマエルは架空の幼馴染だが、大変聡明で頼りになる理性的な存在である。


 ──かつて、有名な創作現場で起きた、凄惨な事件があった。

 たとえば今、メメント森が件の漫画誌の編集部に怒鳴り込んだとしても、同じように見られるだけだろう。

 メメント森はその事件について、ひどい事件だ、加害者は当然裁かれるべきだと信じている。

 しかし「しきたり」のような社会的な集団リンチの被害に遭ったことで、わからなくなってしまった。

「お前のアイデアも、プライバシーも、もっとうまく使ってやっただろう?」──メメント森に遠回しに伝えられた言葉である。

 もしかしたなら、あの事件の発端となる被害も、残念ながらあったのかもしれない。ならば、これは業界全体の問題ではないか。


「嫌がらせは、知らない金持ちがやってる」

「税務調査、見てろよ」


 メメント森の知らないところで大金が動き、まるで戦争が起きているかのようだった。

 だとしても、メメント森は何も聞いていない。ただファンレターを送っただけである。単純に巻き込まれた被害者でしかない。

 この「しきたり」は大金を得るか夢を叶えるかを決めるものだ──と「しきたり」側にそれとなく伝えられたが、メメント森は大金を受け取ったわけでも、夢を叶えたわけでもない。「身売り」と言われて勝手に情報や着想を売りさばかれた金銭も、それで叶えられるという夢も受け取らないと散々言ってきた。家族と自分の身の安全や権利を優先するのは当然のことだ。何かを与えれば許すとでも?


 ──粛々と、法的に対処せねばならぬ。


 メメント森は嫌がらせの被害を記録する一方で、限界も感じていた。

 警察が捜査するには被害の証拠が必要である。通りすがりの発言だけでは「あなたに言ったわけじゃないですよ」と逃げられかねない。

 メメント森は、イヌマエルに相談した。イヌマエルはメメント森の頭の中にしかいない架空の幼馴染だが、生後半年からの付き合いであり、メメント森の理性的な一面を拡張した存在である。だからこそ、信用できる。


 世の中ではイヌマエルの名前に似た人々が問題を起こしたり、騒ぎになったりしたが、知ったことではない。

 なぜならイヌマエルは、メメント森の頭の中にしか存在しないのだから──。

「しきたり」は、イヌマエルへの信頼を揺らがせて、あわよくばそこに自分がおさまろうとしているのだな、とメメント森は呆れた。

 誠実にして実直。メメント森の片腕とも言うべきイヌマエルの代わりなど、誰にも務まるわけがない。

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