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第三話

 毎日のように、五年間も嫌がらせがつづいた。

 その間、メメント森は夜逃げをし、避難シェルターに入り、さらには引越しをしたが、嫌がらせはなくならなかった。何度も警察に相談し、「ライブには行かないように。手紙やメールも送らないことです」と念を押されて、メメント森はその通りにしたが、嫌がらせの収まる気配はなかった。

 家の前を走っていく小学生たちが「遺産、なくなるぞー」「書くと先生に火をつけられるよ!」「二百万円!」「それってカスハラじゃないんですかぁ!?」「僕たちも残念だよ。待っててあげてって言われたんだけど」「そうやってなんでも人のせいにしてろ!」などと毎日叫んでいく。警察はその内容の深刻さに、ついには妄想でなく現実にある被害だと認めざるおえなくなった。警察はメメント森が持ち込んだメモにいくつも下線を引き、「これをいただいても?」と言った。


 五年の間に、メメント森は自殺未遂をくりかえした。自殺未遂で遅刻した日、上司は事情を知っていると言わんばかりにニヤリと笑った。メメント森はついに仕事を辞めた。

 メメント森のプライバシー情報やアイデアを無断利用した漫画や小説はアニメ化され、大変な評判を呼んだ。メメント森は大抵悪役にされていた。作品を楽しむ者やお金を使った者が善人として描かれ、資本主義・商業主義の理屈で善悪の基準が歪められるらしかった。ゲームのシナリオにも、メメント森の情報や発想がちらほらと使われていた。

 称賛されている彼らの作品の成り立ちなど、世の中の人々は知る由もない。悪意ある創作は大いに世を席巻し、メメント森の社会的な死は完成した。次はいよいよ生命である。


 ──このような地獄を煮詰めた人生が死によって終わることは、この上ない幸福ではないだろうか。


 メメント森は架空の幼馴染・イヌマエルにそう話しては止められた。イヌマエルは気分が少しでも晴れるようにと冗談を言って、メメント森を笑わせてくれたが、日々の嫌がらせは一向に収まる気配がない。気長で誠実なイヌマエルでさえも、とうとう「一緒に死んでやることしかできない」と言うまでになった。


 かつて「社会的に死んでほしい」と愚痴を言った──メメント森の財布から大金を盗み出し、養育費をまともに支払わず、調停によってしぶしぶ支払った元夫について語ったその一言が、この執拗な嫌がらせの理由にされているのかもしれないと、メメント森は気がついた。

 違法行為をしたのは元夫である。メメント森は、元夫について「社会的に死んでほしい」と考えたことは確かだが、実際には何もしていない。養育費調停をして、憂さを晴らすように飲んだくれ、愚痴を言っただけである。

 元夫から届いたメールに「困ったことがあったら連絡して」と付け加えられていたのを思い出す。上から目線のニヤついた顔が脳裏をよぎった。

 元夫の普段のメールはそっけない。必要最小限のことしか伝えてこない。そんな元夫が、まるでメメント森の困りごとを知っているかのようなメールを送ってきたことに、メメント森は不信感を持った。


 ある日、メメント森は娘と出かけた。ショッピングモールのエスカレーターで「男は抱けないけど、ぬいぐるみは抱けるんだ?」という声が耳に飛び込んできた。

 ゲームセンターでとったぬいぐるみを抱いたメメント森の恋愛事情など、通りすがりの男女が知るわけがない。メメント森はギロリと視線を送り、嫌がらせをしている男女の顔を見た。


 ──かつて推しと、一緒に歩いていた男女だった。


 要するに、社会全体でよってたかって私に嫌がらせをしたのだな、集団リンチだ、とメメント森は理解した。

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