その7 ショーン、聖剣顕現の瞬間を見る
フィラとショーンは王都から出る検問所を無事に通過した。
夜通し走れば夜明けまでに森を抜けられただろうが、マッカーシー領までは十日余りの長旅、初っ端から馬を酷使するわけにはいかない。
二人は森の中で野宿することにした。
「俺が火の番をしているから、お前は少し休んでおけ」
ショーンは焚火に枯れ枝をくべながら言った。
「私は大丈夫、ショーンが休んで」
「遠慮するな」
「でも、私のせいでこんなことになっちゃったんだから」
「お前はなにも悪くないだろ、領地へ帰って父上に会おうと提案したのは俺だからな。グレアムから手紙を受け取った時点ですぐに発つつもりだった。きっとあの後カニンガム公爵が乗り込んできているはずだ、さぞ悔しがってるだろうな」
「ギャレットたちに迷惑がかからなければいいけど」
「心配ない、伊達にマッカーシー家に仕えてはいないよ」
ギャレットがどんな言い訳をして、あの強引なカニンガム公爵を追い払うのか、フィラは見たかった気もした。
「追いかけてくるかしら?」
「それはないんじゃないかな、俺たちを拘束しようと思えば、一個小隊じゃ足りない、それ以上を私用で急に動かすことなんて、いくら総司令官でも無理だろ」
「なんか、面倒なことに巻き込んじゃったわね」
「気にするな」
焚火がパキッと音を立てた。
夏がそこまで来ているこの季節でも、陽が落ちると気温は一気に下がってヒンヤリする。静まり返った森の中はなおさら夜風が肌を刺す。
「寒いか?」
ショーンは巻いていたストールを外して、フィラの首にかけた。
「ありがとう」
ショーンの臭いがする、とフィラは懐かしさを感じた。
マッカーシー領にいた頃はまだ子供だったから距離が近かった。でも、学園で再会したショーンはすっかり〝男の人〟になっていた。見上げるほど背が高く、手足が長くて肩幅もガッチリしている。大きな手は亡き父を思い出させた。
王弟の嫡男、王太子の従兄弟という身分、自分とは立場が違う、馴れ馴れしくしてはいけない人物なのだと、彼とは距離を保った関係をフィラは心掛けていた。
ショーンの方も自分が目立つ存在であると自覚しているので、フィラが変に注目されないように気を遣ってくれているのを感じていた。そんな彼が大勢の前で自分を庇ってくれたことがフィラは嬉しかった。
そして自分のために、一緒にマッカーシー領まで行ってくれる。
「なぜ、私なんかに、こんなに親切にしてくれるの?」
フィラに真っ直ぐな目を向けられ、ショーンはドキッとした。
「当たり前だろ、お前は命の恩人なんだから」
「そんな昔のこと」
「一生忘れないよ」
* * *
それは四年半前、マッカーシー領の東の果ての砂漠地帯で、まだ魔獣との戦いが続いている最中の出来事だった。
マッカーシー家でお世話になっていたフィラは当時十一歳、女の子なのにヤンチャで父親に剣術を習っているフィラは、ショーンのかっこうの遊び相手、いつも一緒だった。
好奇心旺盛な二人はある日、森に入った。奥まで行ってはいけないと言われていたのに、気が付くとずいぶん深くに入り込んでしまっていた。
そこで魔獣に遭遇した。大型の魔獣が出没する砂漠地帯とは異なり、森には小型の魔獣が生息している。
猿のような魔獣に囲まれていた。
逃げ道をふさがれて絶体絶命。
「大丈夫、俺が護ってやる」
怯えるフィラをショーンは男らしく背に隠して魔獣と対峙した。十一歳の誕生日に父親から贈られた剣を魔獣に向けるも、子供用の小さな剣で敵うはずもない。
魔獣の鋭い爪が、剣を叩き落し、ショーンの肩口を切り裂いた。
「わあっ!」
ショーンは血が滲む傷口を押さえながら地面に転がった。
「ショーン!」
フィラはショーンを庇うように彼に抱きついた。
子供でも彼がそうとうな深手を負ったことがわかる出血量。
ショーンが死んでしまう!
フィラはショーンの手から離れた剣を拾い、魔獣に向けた。
こんな剣では魔獣にかすり傷すら負わせられないとわかっていた。しかし、抵抗もせず、ただ殺されるなんて!
フィラの脳裏に〝死〟の文字が浮かんだ。
魔獣が飛び掛かる。
その時。
フィラが握る剣が眩い光を放った。
最初に飛び掛かった魔獣は、輝く剣に触れた瞬間、シュッっと消えた。
斬り捨てた感覚はなかった。ただ、消え去ったのだ。
ショーンも痛みを堪えながらその光景を見ていた。
「それは……聖剣?」
神々しい輝きにショーンは目を細めた。
フィラは立ち上がり、魔獣たちに剣を構えた。
なおも飛び掛かってきた魔獣を斬り捨てた。
今度は父親仕込みの剣術でしっかり剣を振るった。
三頭を斬り消し去ったところで、他の魔獣たちは退散していった。
周囲から気配がなくなったことを確認してから、フィラは構えていた剣を下ろした。と同時に、膝が崩れて地面に座り込んだ。
危機は去ったようだが震えは止まらない。
「ショーン」
振り向くと、ショーンは気を失っていた。
「ショーン!」
それからフィラはショーンを背負って森から出た。
近くの民家に助けを求め、ほどなくマッカーシー騎士団が医者を伴って駆け付けた。それを見たフィラは、ホッとして気を失った。
* * *
「目覚めた時に見た、母上の涙が目に焼き付いているよ、どれほど心配させたのか身に沁みた」
「その後、お父様にメチャメチャ叱られたんだったわよね」
「ああ、怪我人じゃなきゃ、ボコボコに殴られてた」
「私はあの後……大騒ぎだった」
「聞いたよ」
フィラのブレスレットに視線を落とした。
「父上はそれを見て一目で聖剣を顕現させたことに気付いたんだろ」
「本人は自覚なかったのにね、あなたを運ぶのに必死で、剣は放置したと思っていたのよ、でも、ちゃんと身に付いていた」
「新たな聖騎士の誕生だ!って、俺が寝込んでいるのをよそに、酒盛りがはじまったんだっけ」
「私は飲めないのに」
「お前が聖剣を顕現しなければ俺は死んでた」
「私だってそうよ、それに、これはあなたの剣だったのよ」
「子供用のな」
「だからなのかしら、私の聖剣は小振りなのよね」
「小柄なお前にはピッタリだろ」
ショーンはフィラの頭に手を置いた。
「縮む!」
払いのけようとした手がショーンの手と触れて、フィラはドキッとした。
平気な顔をしていたがショーンも同様だった。それを隠すように、ゴロンと横になり顔を背けた。
「じゃあ、聖騎士候補の先輩に火の番はちょっと任せて、先に休ませてもらうよ、一時間で起こしてくれ」
「うん、おやすみ」
フィラはショーンの背中を見ながら、彼が巻いてくれたストールに顔をうずめた。