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その5 フィラ、英雄たちの絵姿を見る

「お帰りなさいませ、今日はずいぶんとお早いですね」


 いつもより早く帰宅したショーンを執事のロイ・ギャレットが出迎えた。茶色の髪と瞳で穏やか雰囲気の三十代半ばの男性。いつも隙がない身のこなしで落ち着いているが、この時は横にいる王太子グレアムを見て動揺を隠せなかった。


「王太子殿下がお越しになられるなら、先触れを出して頂ければちゃんとしたお出迎えを致しましたのに」

「いや、お忍びだから気にしなくていいよ」


「お久しぶりですギャレット」

 フィラは親しげに挨拶したが、ギャレットは、

「初めましてですよ、お嬢様」

 とお辞儀をした。


「こっちのギャレットはロイ、領都の邸のルイと双子なんだ」

 ショーンが笑いながら説明した。

「そうなの?」

「ソックリだろ、並んでも見分けがつかないよ」

「奥様はちゃんと見分けてくださいますよ」


 などと話しながら、一同はエントランスホールへ進んだ。


「今日からフィラが滞在するから、部屋の用意を頼む」

「かしこまりました」

「彼女はなにも持たずに来ているから、身の回り品もそろえてくれ」

「お任せください、フィラ様のことはルイから聞いておりますから、お好みに合わせて侍女に用意させましょう」


「それより、先に昼食を用意してくれないかな」

 グレアムが腹を押さえた。

「俺も腹の虫が鳴きそうだ」

 さっきのことを思い出して、フィラは少し頬を赤らめた。


 二人のあとに続いていたフィラは、ふと、ホールに飾られた絵画に目を止めた。

 それは昔の戦争を描いたもので、中央には聖剣を掲げる軍神のような女性と、供に立つ凛々しい男性が描かれていた。


 フィラは足を止めて興味深そうに見上げた。

「初代の聖騎士イザベラ・トルマリンと当時の王弟ショーン・ジェダイトだ」

 ショーンが説明した。

「この邸に来たのは初めてだったな、これを見るのも初めてか」


 マッカーシー領の邸で世話になっていたフィラだが、こちらでは義母シェリルがショーンとの接触を妨害していたため、タウンハウスへ来ることはなかった。


「イザベラ・トルマリン……この人が」

 凛としたイザベラの表情にフィラは強く惹かれた。

「歴史の授業で習っただろ、二百年前、初めて聖剣を顕現させて、ガーネット帝国からの侵略を防いだ英雄だと」


「ショーンの名前はこの先祖からもらったんだったな、お前も王家の血を引いているから、顔もそっくりだよな」

「そうか?」


 黒髪に群青の瞳のショーン、銀色に輝く真っ直ぐな長い髪に紫水晶アメジストの瞳のイザベラ、二人のコントラストが絵画の中央で輝いている。グレアムが言ったように、絵の中のショーンは隣にいるショーンとよく似ていた。


「じゃあ、食堂へ行こうか」

 絵画鑑賞をさっさと切り上げて、グレアムは食堂へ向かった。

「そんなすぐに用意はできないだろ」

「テーブルで待ってれば急ぎ出てくるよ」

「毒見役はいないぞ」



   *   *   *



 急いで用意されたにしては、かなり豪勢な食事が次々と運ばれてきた。

 学食へ行きそびれて逆にラッキーだったと、フィラは久しぶりのご馳走を堪能した。


「それにしてもエディは本物のバカだったんだな、なぜフィラとの婚約が調ったのか忘れてるんじゃないか? カニンガム家に聖騎士を取り込みたい政略結婚だろ、それを勝手に蹴るなんてカニンガム公爵が知ったら卒倒するぞ」


 食事をしながらグレアムは学園での出来事を振り返った。グレアムもショーンもあの出来事は腹に据えかねていた、特にショーンは思い出すとまた怒りがこみ上げる。


「それも、あんなに大勢の人の前で宣言するなんて、どうかしてるよ」

「わざとでしょ、きっとお父上に取り合ってもらえないから、私を悪者に仕立て上げて断罪しようとしたのよ」


 フィラに怒りはなかったが、本当に婚約破棄できるか不安だった。カニンガム公爵は権力者だ、グレアムが介入しても簡単に事が運ぶとは思えなかった。


 そんなフィラの心配を察したショーンは、

「大丈夫、婚約は破棄される、ただしこちらからするんだ、向こうの有責で慰謝料も請求できるぞ」

「でも、婚約が調った時、カニンガム家から大金が贈られたのよ、公爵が簡単にあきらめるとは思えないわ」


「心配するな、あんなに大勢の前で宣言したんだ、王太子の俺が証人なんだぞ、しっかり父上に報告してやる、両家とも監督不行き届きで大目玉だな」


「でも、あの話が本当だったら……」

「バカの話を信じるのか?」

「ショーンだって知ってるじゃない、私には十歳以前の記憶がないこと、それまでの自分がわからないのよ、孤児だったと言われても否定はできない」


 ショーンは席を立ってフィラの横へ行った。そして彼女の肩をしっかり掴んだ。

「お前が何者でも、お前に変わりはない」

「でも……」


「父上に会いに行くか? 当時のことに一番詳しいのは父上だ、本当のことを知っているかも知れない、一緒にマッカーシー領に帰ろう」

「休暇でもないのに、いいの?」

 フィラは揺れる瞳でショーンを見上げた。

「遠慮するな」


 グレアムは二人に温かいまなざしを向けた。

「それがいい、このままじゃモヤモヤするんだろ、こっちのことは俺に任せろ、お前たちが帰ってくるまでに、すべてスッキリさせておくと約束する」


「スッキリって、どんなふうに?」

 ショーンの問いに、グレアムはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「なんか怖いし、聞かないでおく」


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