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その4 シャロン、ドレスを横取りする

「あんな奴の話なんか、気にするな」

 ショーンは向かいに座る俯き加減のフィラを気遣った。


「カニンガム公爵も嫡男がアレでは苦労するな、あんな常識も思いやりの欠片ものない者は親の七光りで上に立っても誰もついて来ないだろうし、フィラの婚約者に相応しくない。それに、義姉から婚約者を奪う恥知らずな令嬢がいるような家に帰る必要はないぞ」

 ショーンの隣で腕組みしながらグレアムが言った。


 あの騒動の後、午後の授業はパスして、ショーンはフィラをマッカーシー家のタウンハウスへ連れ帰ることにした。その馬車に、なぜかグレアムも乗り込んでいた。

「なんであなたまで乗ってるんだ? 王家の馬車は? 護衛は?」


 それはフィラも聞きたかった。午後の授業をサボってまで、自分の為に王太子と公爵令息が付き添って慰めてくれようとしている。光栄すぎて居心地が悪かった。


「馬車はラウルに任せた。ここに聖剣保持者が三人もいるんだぞ、護衛は必要ないだろう」

 グレアムも昨年聖剣を顕現させた聖騎士候補である。ショーンに遅れを取ったことは悔しかったが、王太子としての面目は保たれた。


「まあ、今回のことが明るみに出れば考え直すだろうけど、逆に考え直さなければ、代々続いた近衛騎士団指令の地位も他家に明け渡すことになるだろうな」

 その時、向かい側に座るフィラのお腹がギュルルルと音を立て、狭い馬車の中に鳴り響いた。


 注がれた二人の視線に、フィラはバツ悪そうに顔を赤らめた。

「お昼、食べ損ねたからな、俺も空腹だ」

 そんな彼女を見て、ショーンは笑みを零した。


「フィラと言えば、小柄なのに大食らいと秘かに有名だったな、いつも日替わりAランチ大盛」

 グレアムが茶化した。

「食べられるときに食べておきませんと」

「こいつ、レンデル家ではまともな食事にありつけないんだよ」


「なんだって!」

 グレアムが驚きのあまり身を乗り出したので、馬車が揺れた。

「ありえないだろ、新しい家族に嫌がらせをされているとは聞いてはいたが、そこまで悪質だとは!」

 グレアムは拳を握りしめた。


「なんで何も言わなかったんだ? 聖騎士候補がそんな扱いを受けているなんて知れば、父上…国王陛下だって黙っていないぞ」

 フィラが満足に食事をさせてもらっていなかったと聞き、グレアムは驚くと同時に怒りがこみ上げた。


「そうでしょうか、そんな話しても虚言だって信じてもらえませんよ、エディもシャロンの見え透いた嘘を鵜呑みにしてるし、お父上は近衛騎士団総司令だし、私がなにを言っても都合の悪いことはもみ消されるだけ、言うだけ無駄ですよ」


 フィラも最初から理不尽な仕打ちを受け入れていたわけではない、できうる抵抗はしたが、邸内に味方は一人もいない、それどころか伯爵夫人のシェリルに逆らえば自分のクビが危ないので、見て見ぬふりをされていた。


 学園の寮に入りたいと言っても、シャロンが自宅から通う手前、外聞が悪いと却下された。


「信じてもらえなくても君には力があるじゃないか、そんな奴らはちょっと剣で脅してやれば従うんじゃないか」

 確かにグレアムの言う通り、レンデル家で物理的に一番強いのはフィラだ、レンデル家の護衛騎士が束になっても敵わない実力が彼女にはある。


「聖剣は自分のために振るものではありませんから」

 しかしフィラは亡き父の教えを守り通した。

「真面目だな」

「フィラは心が強い、だから劣悪な状況下でも心は荒まない、聖剣を失うことがないんだよ」

 ショーンは自分事のように得意げに言った。

「買いかぶりすぎよ」


「いやぁ、鋼のメンタルだよ」

 グレアムは溜息を漏らした。

「ほんとに、卑劣な奴らだな、新入生歓迎パーティーのことも聞いて驚いたぞ」

「ああ、あれか、思い出しても胸糞が悪い」

 ショーンも顔を歪めた。


 入学して間もなく、新入生を歓迎するパーティーが開催された。どうせエディは用意しないだろうと、ショーンはフィラにドレスとアクセサリーを贈った。しかしそれらは当日シャロンが着用し、フィラは参加していなかった。


「〝お姉様ったら酷いのですよ、こんなドレス、趣味じゃないから着れないとおっしゃるの、ショーン様の厚意を無駄にしたくなくて、私が着させてもらいました〟ってしゃあしゃあと言うんだもんな、厚顔無恥もいいとこだ」

 物まね口調で言うグレアムは少々気持ち悪いとフィラは苦笑した。


「私に何も届かないのはいつものこと、パーティーに参加するつもりはないと、前もって知らせておくべきだったわね」

 フィラは社交界に興味もなかったので、どうでもよかったが、ただ、ショーンからのプレゼントを横取りされたのは悔しかった。


「お前が超不機嫌だったのはモロ顔に出てたのに、気付いてないのか、シャロン嬢はお前にダンスを申し込んでほしそうにしてたよな」

「なんであんな糞女と踊らなきゃならないんだよ」

 ショーンは吐き捨てるように言った。


「おやおや、貴公子殿の言葉が乱れているぞ」

「で、あのドレスはそのままシャロンのクローゼットか?」

「そのようね、私には一言もないもの」


 舌打ちするショーンを見て、グレアムは笑いながら、

「ドレスくらい、これから何着でも作ってあげればいいじゃないか、マッカーシー家は資産家なんだから、シャロンが羨むような上等なものを」


「ドレスは必要ありません、卒業したら逃げ出すつもりですから」

「逃げ出すって?」

「エディとの婚約が無くなっても、あの叔父のことです、また新たな金蔓を捜してくるに違いありません。父のいないレンデル家に未練もありませんから、一人で旅に出ようかと思っているんです」


「一人でって……」

 グレアムはショーンに視線を流した。憮然としている彼を見て、憐れむように肩を叩いた。


「そんな心配はしなくていい、俺がなんとかするから」

 グレアムは身を乗り出してフィラの手を握った。


 キラキラした王子様に、急に手を握られ見つめられてフィラはドキッとした。ショーンはすぐにそれを引き離しながら、

「こう見えても頼りになるから任せておけばいい、それまではマッカーシー家にいるといい」

「こう見えてもって、どう見えてるんだよ」

 グレアムは子供のように口を尖らせた。


「それはともかく、必要な物はこちらで揃えるけど、私物があれば取りに行かせる、あの家の者とはもう顔を合わせたくないだろう」

「私物は特にないわ、これさえあれば」

 フィラは右手を挙げてブレスレットを見せた。


「あ、でも着替えは必要ね、ラフな服を用意して貰えれば、それと下着も」

 フィラは言ってしまってから頬を赤らめた。


 こんなところはもう子供じゃなくて女性になったんだなとショーンは微笑ましく思った。

「そうだな、すぐ買いに行かせる」


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