その3 ショーン、二年ぶりの再会
ショーンとフィラが初めて会ったのは十歳の時だった。
魔族討伐作戦に参加していた聖騎士ピーター・レンデルが、魔族が住んでいたネフライトと呼ばれる砂漠の真ん中にある場所で、行方不明になっていた娘を保護したと、マッカーシー領都に連れ帰った時だった。
ネフライトを攻略したものの、そこから魔族の姿は消えていた。そして魔族に拉致されていた多くの人間が保護され、フィラもその一人だった。
討伐作戦としては一応終了したものの、まだ、忽然と消えた魔族の捜索、砂漠で暴れる魔獣の退治など、マッカーシー将軍率いる王国騎士団には仕事が残っていた。
「魔法で記憶を消すなんて酷いことをされたのね、自分が誰なのかわからないなんて不安でしょ」
フィラに同情したマッカーシー夫人のエリンは、任務が完了するまで、彼女を邸で預かろうと提案した。
なにも覚えていないストレスで殻に閉じこもっていたフィラだったが、マッカーシー夫妻や、その息子ショーン、ロジャー、ティモシーの三兄弟と過ごすうちに心を開いていった。
少年たちと一緒に駆け回り、共に剣を習い、マッカーシー四兄弟と言われるほどに馴染んだ。特に同い年のショーンとはいつも一緒にいた。
そして三年後、任務が完了し、ピーターは王都に帰還することになった。フィラも別れを惜しみながら、父親と共にマッカーシー領を後にした。
王都に帰ってからも、エリンやショーンと手紙のやり取りを欠かさなかった。
しかし、それから一年後、ピーターが病であっと言う間に亡くなり、その弟が爵位を継いでからは、プッツリ連絡が途絶えてしまった。
マッカーシー家の人々はフィラを心配するが、その後、フィラとカニンガム公爵令息エディとの婚約が調ったことを耳にした。
マッカーシー領にいたショーンが、フィラと再会したのは、王立学園騎士科に入学して間もなくだった。二年ぶりの再会だった。
「フィラ!」
フィラを見かけたショーンは、思わず駆け寄った。
「久しぶりだな、元気だったか?」
フィラの複雑な表情を見て、ショーンは声をかけてはいけなかったのかと思ったが、彼女の口からハッキリ事情を聞かなければ気が済まなかった。
連絡が途絶えて二年、あれだけ仲良くしていたのに、家族同然と思っていたのに、そう簡単に割り切って縁が切れるものなのか、ショーンはフィラの本当の気持ちを確認したかった。
「急に手紙の返事が来なくなったから、母上もずっと心配していたんだぞ」
「えっ?」
フィラは驚きの目を向けた。
「手紙って?」
「えっ?」
今度はショーンが聞き返した。
「母上も俺も、何通も送ったんだ、でも返事はないし……。父上は何度かレンデル家を訪ねたんだぞ、でも、いつも留守だと言われて会えなかったらしい。それも本当かどうかわからないし、いったい何が起きてるのか心配してたんだ」
「手紙も……、レイフおじ様が訪ねて来られたって? そんなの知らない」
フィラの目が潤んだのを見て、ショーンは慌てて彼女の手を引き、校舎から連れ出した。
裏庭まできて、ショーンは周囲に人影がないのを確認してから話を続けた。
「やっぱりお前の意思じゃなかったんだな」
ショーンは複雑な表情でフィラを見下ろした。
「嫌われたのかと思ってた」
フィラは思いあまってショーンの首に抱きついた。
「もう私のことのなんか、嫌いになったから手紙も来なくなったと思ってた」
「バカなこと言うな」
「だって、エディなんかと勝手に婚約させられたでしょ、カニンガム公爵家とマッカーシー公爵家は対極にあって、仲が良くないと聞いたから、カニンガム公爵家の人間となる私とはもう関わり合いたくないのかと思って」
「そんなわけないだろ」
ショーンはフィラの巻き毛をクシャッと撫でた。
「やっぱり、お前の本意じゃなかったんだな、そう考えたのはおそらくレンデル伯爵なんだろう、だから手紙を隠したんだな」
「酷い……」
フィラは真っ赤になった目を上げた。
「お前も酷いぞ、俺たちがそんなことでお前を遠ざけると思ってたのか?」
フィラは大きく首を横に振った。
ショーンは優しい笑みを向けて、
「良かった、誤解は解けたな」
フィラもショーンを真っ直ぐ見上げた。
二年前は少し背が高かっただけなのに、今では見上げるほどになっているし、ガッチリした肩幅に広い胸、すっかり男らしくなったショーンに抱きついている自分に気付いて、慌てて彼の首にかけていた手をほどいた。
「いつの間に、こんなにデカくなったの?」
照れ隠しに話題を逸らそうとした。
「お前は全然成長していないな」
視線を落としたショーンがどこを見てそう言ったのかわかり、フィラはプイッと横を向いた。
「まともな食事になかなかありつけないからよ」
「なんだって!」
「お父様が亡くなって、叔父夫婦が来てからすべてが変わってしまったの、使用人は総入れ替えされて、私の味方は誰もいないし、邪魔者扱いよ」
「食事は別、部屋に運ばれるようになったけど、なにを入れられているかわからないので迂闊には口に出来ない。仕方なく勝手に厨房へ行って、こっそりそこにある物をつまむような生活なのよ」
「それ程酷いのか、母上が心配していた通りだった」
エリンはフィラがレンデル家で虐げられているのではないかと危惧していた。ピーターの跡を継いだ弟の噂は耳にしていたが、どれも良いものではなかったからだ。
「なんで知らせなかったんだ、またマッカーシー家に来ればよかったのに」
「それは考えたけど……迷惑がかかると思って」
「なんとかする、俺があの家からお前を助け出してやる」
「私は金蔓よ、アーサー叔父様はそう簡単に手放さないわ。カニンガム家からはかなりの援助を受けているようだし、私は売られたようなものなんだから」
「聖剣か、カニンガム公爵は聖騎士になるお前を手に入れたいんだな、それにしては扱い酷くないか?」
「まあ、いずれ逃げるつもりだからいいのよ、エディなんかと結婚するくらいなら、平民になって一人で生きていくほうがマシよ」
「そんなことはさせないよ、父上の力も借りて、絶対なんとかするから、待ってろ」
そう宣言したものの妙案も浮かばず三ヶ月が経ってしまった。
騎士科に入学した女子はフィラを含めて五人だけだった。その中でもフィラは僅か十一歳で聖剣を顕現させた天才と注目されていたが、同時に悪評が広まっていた。
聖剣を持つに相応しくない性悪令嬢だと噂されているのは、義妹のシャロンが流した事実無根の悪意に満ちた嘘によるものだったが、やっかみや妬みもあり、それを信じるものも多かった。
そして今日の騒動。
しかしエディとの婚約破棄はショーンにとっては僥倖だった。レンデル家から救い出すにしても、婚約者がいる令嬢を自分の邸に連れ帰るわけにはいかなかったので、その障害がなくなったのだ。