その2 フィラ、寝耳に水
エディは芝居がかったポーズでフィラを指さした。
「彼女は我カニンガム家を謀っていたんだ。彼女の母親が平民だとは聞いていたけど、それでもレンデル伯爵家の血を半分は引いていると思って我慢することにしたんだ。しかし、それも偽りだったと判明した!」
「なんの話をしているんだ?」
話しが読めずにショーンは眉をひそめた。
「お前はレンデル前伯爵の実子ではないのだろ! 捨てられていた惨めな孤児だったのをレンデル前伯爵が拾われた、これは確かな筋からの情報だ。貴族の血を一滴も引いていないお前を公爵家に迎えるわけにはいかない!」
エディは自分の告発に酔いしれるドヤ顔。
初めて耳にする話にショーンは困惑した。
フィラも同様、根耳に水だった。どこからの情報かは知らないが、それが事実なら自分は父の娘ではないと言うことだ。父親から何も聞かされていなかったフィラは激しく動揺した。
エディはフィラの顔色が変わったのを見てさらに続ける。
「事実を知った現レンデル伯爵夫妻も、家の恥だと除籍を決意された。お前のとの婚約は破棄して、レンデル家の血を引くこのシャロンと婚約し直すことにした」
キマッた! とばかりに前髪をかき上げて満足そうなエディとその横で意地悪な笑みを浮かべるシャロン。
野次馬たちのざわめきも大きくなる。
その時、
「なんだか込み入った話になって来たな」
人込みがパカッと割れて、その中央からグレアムが現れた。
一般の生徒が道を開けるのも当然、グレアム・ジェダイトはここジェダイト王国の王太子である。プラチナブロンドにエメラルドの瞳、キラキラと光り輝くザ・王子様という感じの美青年。行動力がある策士で、将来の王に相応しい頭の切れる男である。騎士科の二年生で先輩にあたり、ショーンとは従兄弟同士でもある。
斜め後ろに控えているのは同じ騎士科二年の側近、ギースロー侯爵家次男のラウル。アッシュブロンドに深碧の瞳の知的でクールなインテリ系イケメン。グレアムの護衛兼お目付け役で、ずば抜けて優秀な成績を誇っている彼は将来の宰相候補と目されている。
すでに大騒ぎと言っていい状況を収拾するために割って入ったグレアムは、
「このような場所で定かではない話を声高らかに暴露するとは、常識に欠けるとは思わないか?」
冷ややかな笑みを浮かべながら言った。
自分が父の実の娘ではないと聞かされて動揺しているものの、ここで取り乱してはエディとシャロンの思う壺、フィラは負けてなるものかと必死で平静を保っていた。そんな彼女に気付いて、ショーンはそっと背中に手を当てた。
少し驚いて見上げたフィラと目が合って、ショーンは照れたように目を逸らした。
「俺は事実を言っているだけです」
「事実かどうかは別にしても、ここでする話ではないだろ」
声は穏やかだがグレアムは怒りのこもった目を向けた。
威厳ある眼光に射抜かれて、エディは少々ビビり気味で勢いを失った。
「まあ、婚約破棄の件は、こんなに大勢の前で宣言したんだから、もう取り消せないぞ。お前はフィラ嬢との婚約を破棄する、それで間違いないんだな」
「間違いありません」
「いいだろう、俺が証人になってやる。スムーズに解消されるように取り計らってやろう」
「そうしていただけるとありがたいです。これでシャロンとの障害もなくなります」
グレアムは頷いてから、必死で平静を装っていると言うより放心状態に近いフィラと、憤りのあまり不機嫌なショーンを見やった。
「さて、フィラ嬢にも異議はなさそうだし、でも、さっき除籍とか言っていたな」
グレアムはほぼ最初から聞いていた。登場のタイミングを計っていたのだとわかり、ショーンは少々むかついた。
「それなら、ひとまず我が邸で預かります。前レンデル伯爵と父は旧友ですから、父もフィラのことは気にかけていますので」
「そうか」
グレアムはパン!と手を打ち合わせて、
「さあ、見世物は終わりだ、皆、教室に戻れ」
こうして、王太子の登場で事態は収拾された。