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その1 フィラ、婚約破棄宣言される

「フィラ・レンデル! お前との婚約を破棄する!」

 エディ・カニンガムはフィラを指さして言った。


 昼下がりの校内、食堂へ向かっていたフィラの前にエディは立ちはだかり、いきなり宣言した。その傍らではフィラの義妹シャロンがほくそ笑んでいた。


 ここはジェダイト王国の王都にある貴族の子女が通う王立学園。騎士科、文官科、淑女科の三つコースがあり、十六歳になる年の春から三年間、勉学に励む。


 なんで、今なのよ! とフィラは怒りがこみ上げた。

 早く食堂へ行かなければ、日替わりAランチが売り切れてしまう。もっともボリュームがあるランチが日替わりAなので、男子に大人気、遅れを取ると売り切れの憂き目に遭うのだ。


 しかし簡単に通してくれそうにない。

 二人が自分に恥をかかせ傷付けるために、昼休みで人通りの多い場所を選んだことはわかっていた。


 婚約破棄自体はフィラにとって願ってもない僥倖で、即了承したいところだが、婚約とは家と家との契約、当人同士で勝手に決められることではない。それすら理解できていないおバカを押し付けられたフィラはとんだ貧乏くじ、さっさと解消したいものだと心の中でぼやいた。


「その、人をバカにしたような目で見られると虫唾が走る」

 したような、じゃなくてバカだと思ってるのよ、と言いたいところを飲み込んで、

「はいはい、じゃあ、消えますから通してよ」

 フィラは面倒臭そうに言い捨てた。


「誰に対してそんな生意気な態度を取っているんだ! お前は聖剣を顕現したことを鼻にかけ、レンデル家でも横暴の限りを尽くしているそうじゃないか、そんな卑しい心の女と結婚するなんて考えただけでもゾッとする」


 渡り廊下の真ん中でエディはふんぞり返って続けた。当然、通りかかった生徒たちは足を止めて聞き耳を立てる。たちまち人だかりが出来た。


 一刻も早く食堂へ行きたい腹ペコ少女のフィラ・レンデルは、まだ誕生日が来ていないので十五歳、アッシュブロンドの巻き毛にライトグリーンの瞳で、勝気そうな目が印象的な伯爵令嬢。令嬢は淑女科に所属する者がほとんどだが、彼女は特別だった。


 聖騎士ピーター・レンデル伯爵を父に持ち、彼の指導の下、わずか十一歳で〝聖剣〟を顕現させた天才剣士である。

 身体能力も高く、剣の腕は父親仕込みの超一流、婚約者のエディ・カニンガムより遥かに勝っていることで妬まれていた。


 カニンガム公爵家は代々近衛騎士の司令官を担う由緒正しき家柄で、エディの父カニンガム公爵は、十一歳で聖剣を顕現させた天才剣士フィラの将来性を買い、権力と財力を屈指して、二年前強引に嫡男エディとの婚約を取り付けた。

 フィラの知らぬ間に決まっており、拒否権はなかった。


 エディの方も乗り気ではなかったようで、婚約者として親交を深めるためと称して、レンデル家を訪れるようになったものの話は弾まない。剣を握る女の子らしくないフィラより、蜂蜜色の髪に宝石のような青い瞳の、愛らしい、いかにもか弱い女性を演じるシャロンに心が動いていることは最初から気付いていた。


 シャロンの方もエディの好意に気付いていて、エディが訪問した時は必ず同席し、フィラをよそに二人で盛り上がっていた。二人がデキているのは一目瞭然だった。


「婚約破棄、私は構わないわよ、喜んで承るから、あとはそちらのお父上にお許しを頂いてよね」


「当然だ、お前の素行の悪さを知れば父上も了承してくださるはずだ。家族で過ごす夕食にも現れずに、夜な夜な遊び歩いているそうじゃないか、お前のことを思って注意する優しいシャロンに暴言を吐いたそうだな。シャロンはどれだけ怖がっていたか」


「はあ? 夜な夜な?」

 フィラは苛立ちのあまり思い切り顔を歪めながらエディとシャロンを睨みつけた。

「いつの夜のことかしら? 私は授業が終わった後、騎士団で稽古をつけてもらっているから、クタクタで帰ったら寝るだけなんだけど」


 父ピーターが亡くなり、叔父のアーサーが爵位を継いでから、フィラはこの義妹と義母に嫌がらせを受けていた。一応、叔父の養女になったものの家族扱いされていない、学園に入学するまでは、フィラの夕食は用意されないので、厨房へ行って簡単なもので済ませる、ひもじい生活を強いられていた。


 入学してからは、授業が終わった後、騎士団で剣の鍛錬に参加させてもらえるようになり、そこで夕食を御馳走になってから帰宅するので、厨房で残り物を漁ることはしなくて済むようになったが、朝食はない。だからこそ、ランチが重要なのだ。


「嘘をつくな、近衛騎士団に来てるなんて聞いたことないぞ」

「王国騎士団の方だけど、なんなら問い合わせてみたら?」


「それなら俺が証言してやるよ」

 そこへ、騎士科の同期ショーン・マッカーシーが現れた。


「俺と一緒に毎日鍛錬に参加しているぞ、なんなら王国騎士団に確認を取ろうか? 夜な夜な遊び歩く時間などないはずだ。それに、聞き捨てならないことを言っていたな、聖剣を顕現させた聖騎士候補の心が卑しいと言うのか?」


 エディの大声は遠くからでも聞こえていたようで、ショーンは絡まれているフィラを心配して駆け付けたようだ。


「聖なる心が備わっていなければ聖剣は顕現しない、お前の言う卑しい心の持ち主では聖剣を手にすることは出来ないはずなんだが」

 目の奥に怒りの火を灯しながらショーンはエディを威嚇するように見下ろした。


 ショーンは王弟である父親レイフ・マッカーシー公爵の嫡男。父親譲りの黒髪に群青の瞳、キリッとした端正な顔立ちの美丈夫だ。優れた容姿に加え、高貴な家柄、学業、剣術も学園で一、二を争う実力を伴うので、淑女科の令嬢たちから圧倒的な人気を誇っている。


 〝聖剣〟

 それは魔族や魔獣と戦うのに最も有効な武器である。

 しかし手に出来る者は限られている。清く正しい聖なる心を持つ者だけに顕現すると言われており、聖剣を手にした者は十八歳になった時、正式に聖騎士の称号を賜り、敬われる存在となる。


 ここジェダイト王国は大陸の北方にある大国である。

 北は冷たい海に面し、南には魔獣が住む険しい山脈が連なっている。東には砂漠が広がっており、西側は隣国ガーネット帝国と陸続きになっている。ガーネット帝国には二百年前、侵略戦争を仕掛けられたが、聖騎士の活躍でジェダイト王国が勝利を収めた。


 今は平和な国ではあるが、数年前までは東の砂漠地帯に魔族の国ネフライトがあり――ジェダイト王国の領土の一部に勝手に建国した――砂漠地帯で衝突が繰り返されていた。魔族は砂漠に住む魔獣を操る強敵だったが、聖騎士が聖剣を振るって活躍し、魔族を退けて戦いを終結させることが出来た。


 魔族は去ったが、魔獣は絶滅しておらず、今もなお、砂漠に出現するだけでなく、南の山脈から下りて近隣の森にも潜んでいる。ゆえ、聖騎士は重要な存在なのだ。


 〝聖剣の顕現〟

 それは普通の剣が突然光に包まれて聖剣へと変貌を遂げる不思議で特別な瞬間。聖剣になると鞘は必要なくなり、剣自体が利き腕のブレスレットに姿を変えて、常に持ち主と共にある。故に聖剣を持つ者は利き腕のブレスレットにより一目でわかる。

 ショーンも十三歳で聖剣を顕現させた。


 貴公子ショーンの登場に、野次馬たちはどよめき、騒ぎが拡大した。


「そもそも、その話は今ここで、大勢の前で宣言する必要があるのか? フィラに配慮はないのか?」

 ショーンの言葉に、エディは挑発的な目を向けながらこれ見よがしにシャロンを抱き寄せた。


「配慮など必要ない、俺がシャロンと親しいことに嫉妬して苛めてるんだからな、シャロンはとても傷ついているんだ」


 エディに寄り掛かるシャロンは彼の言葉に乗って、ポロポロと嘘臭い涙を零した。

「心休まる日がありません、今度はなにをされるのか恐ろしくて」

 シャロン・レンデルは可憐な微笑みが――フィラは常々嘘くさい不気味な笑みと思っている――殿方を虜にする美少女と評判で、デビューしたばかりだが既に社交界の花となっている。


「可哀そうなシャロン、大丈夫、俺が護ってあげるからね」

 エディは愛おしそうにシャロンの髪を撫でた。


「えっと、盛り上がってるとこ悪いんだけど、あなたとは親が勝手に決めた婚約で、あなたのことなんかなんとも思ってないし、嫉妬したり苛めたりする理由はないけど」

 フィラはアッサリ、キッパリ言った。


「まさか、嫉妬されるほど好かれていると思っているのか?」

 すかさずショーンも付け加えた。


 フィラに味方するショーンが面白くないシャロンは、

「エディ様のことをどう思っているかは別にして、お義姉様は将来公爵夫人になるのだといつも自慢しています。結局は地位と財産が目当てなのですよ、だからエディ様に愛される私が邪魔なんです」

 悲劇のヒロインぶって訴えた。


 作り話とわかっているショーンは、怒りを通り越して呆れた。そしてこんな奴らを相手にしなければならないフィラに同情した。


「淑女科では聖騎士の地位を学ばないのかな? 国王陛下から特別に賜る聖騎士の称号は公爵夫人よりずっと価値あるものだ、財産だって、ケチなエディから引き出せないのは既にわかっているだろう」


「誰がケチなんだ!」

「婚約してから二年、ドレスや宝石どころかプレゼント一つしない婚約者をケチと言わずになんと言うの?」

 フィラが付け加えた。


 婚約者であれば貴族として義務ともいえる贈り物を一度もしたことがないと聞いて、周囲の生徒たちも騒めいた。政略結婚が多い貴族間では、そうやって家同士で決められた婚約者との距離を縮めていくのが常識なのだ。


「嘘をつくな! 義務としてちゃんと贈っているぞ!」

「受け取ってないけど? それはどこへ行ったのかしら?」

 と言いながらシャロンに目を流した。

 シャロンは白々しく目を逸らす。


「その上、義妹と浮気なんて非常識極まりない所業だな」

 ショーンの援護にフィラも大きく頷いた。


 しかしヒーローになり切って浸っているエディに常識は通用しない。

「浮気なんて安っぽい言葉はやめろ、俺たちは純粋に愛し合っているんだ、運命の相手に巡り会えたんだ、誰にも邪魔はできない」


「婚約者がいるのに他の女に心を移すのは、一般的に浮気と言うんだよ」

 酔いしれるエディにすかさず返したショーンの言葉に反論できなくなったエディは、キレぎみに話を変えた。

「なぜ、君が俺たちのことに口を挟むんだ、関係ないだろ!」


「私は王国騎士団の聖騎士であるお父様が魔族討伐で我マッカーシー領に駐在していた時、マッカーシー家でお世話になっていたのよ、家族同然に接してくれたし、とても親切にしてもらったのよ、だから王国騎士団で鍛錬に参加させてもらえるのよ」

 フィラが代わりに答えた。


 マッカーシー公爵は王国騎士団を統べる将軍であり、フィラの父ピーターの上官だった。ピーター亡き後、公爵夫妻はフィラのことを気にかけていた。息子であるショーンも同様、フィラをずっと見守っていた。


「それならショーンも知っているんじゃないのか? 彼女が孤児だったことを」

「なんの話だ?」

 エディはこの上なく意地悪な笑みを浮かべた。


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