第七話:西の道標
小屋を出発してから一日が経った。セイとリィナは、地図にも記されていない獣道のような細道を辿りながら、西へ西へと進んでいた。
赤砂の谷――ふたりの目的地。その名の通り、赤みがかった砂岩の地層がむき出しになった峡谷だという。かつて盗賊団の抗争が起き、多くの犠牲者を出した末に放棄された、いわくつきの土地だった。
「……ほんとに、こっちで合ってるのかな」
リィナが木の根を避けながら、息を吐いた。
「合ってるよ。風の向きと、短剣の反応が少しずつ強くなってる」
セイは腰の短剣に手を添えた。表面はひんやりとしているが、内側から何かが脈打つような気配を感じていた。
しばらく歩くと、木々が途切れ、小さな開けた丘に出た。そこには苔むした石碑と、それを囲うようにして立つ五本の標石があった。明らかに人工の構造物だが、長年誰にも触れられていない様子だった。
「……なんだろ、ここ」
リィナが呟きながら、中央の石碑に近づく。
セイもそっと手を伸ばし、短剣をかざす。刃がわずかに震えた。記憶が、ここにも眠っている。
「リィナ、ここでも一緒に見る?」
「もちろん」
ふたりは同時に短剣へ手を添えた。次の瞬間、光があふれ、世界が白に染まっていく。
――そこにあったのは、かつての“交差点”だった。
五人の男たちが石碑の前で言葉を交わしている。皆、風をまとうような雰囲気を纏っていた。
「ここで分かれる。お互いの道を信じろ」
「いつかまた、記憶が重なった時に――」
その場に、セイの父の姿もあった。隣には、リィナの父と思しき男もいた。ふたりは無言で頷き合い、静かに背を向けてそれぞれの方角へ歩き出した。
光が引き、風が戻る。
「……ここが、出発点だったのかも」
セイが呟く。リィナはゆっくりと頷いた。
「父さんたち、最初から全部仕組んでたのかも。記憶を巡るための“鍵”を、いつかの誰かに託すってことを」
ふたりは無言で石碑の文字を見つめた。
《交点――五つの道は、記憶と想いをつなぐ》
「……赤砂の谷へ行く前に、ここに導かれた意味がある」
「何かを、覚悟するための場所……かもね」
再び風が吹いた。旅の意味が、少しずつ形を帯びていく。
ふたりは、互いに目を見合わせた。
「行こう。俺たちの道を、信じて」
そうして、赤い大地を目指し、再び歩き出した。