表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《記憶の鍵と風の旅人》  作者: 夢乃
第一章:風の鍵
7/18

第六話:手紙の切れ端

 再び歩き始めたふたりの足元には、昨夜の雨でぬかるんだ土が音を立てていた。湿気を含んだ空気が肌にまとわりつき、森の緑がいっそう深く感じられる。


 「ちょっと休憩しよ。あの小屋、使えそう」


 リィナの提案に、セイは頷いた。丘の斜面に、古びた農具小屋が斜めに傾いて立っていた。扉は少し開いており、鍵はかかっていない。中に入ると、埃っぽいが風雨はしのげそうだった。


 「こういう場所、昔の仲間とよく使ってたな。隠れる時とか、荷物を一時的に置く時とか」


 リィナが、どこか懐かしむように笑いながら言う。


 セイはその隅にあった木箱の山を片づけ、座る場所を確保した。ふと、箱の隙間に何かが挟まっているのが見えた。


 「……これは?」


 セイが取り出したのは、茶色く変色した封筒だった。封は既に解かれており、中には紙片が数枚入っている。丁寧な筆致の文字が並んでいた。


 『――次の“鍵”は、赤砂の谷。その地にて、再び記憶は交わるだろう』


 「赤砂の谷……」


 リィナが眉をひそめた。


 「聞いたことある。かなり西の方だったと思う。盗賊の間でも“死の谷”って呼ばれてた。昔、大きな抗争があったって話」


 セイはもう一枚の紙を取り上げた。そこには、子どものような筆跡でこう書かれていた。


 『お父さんへ。はやくかえってきて。わすれものしちゃだめだよ』


 その文字に、リィナの手が止まった。顔を強張らせたまま、紙を震える手で撫でながら、小さくつぶやく。


 「……これ、私の字だ」


 「え?」


 「たぶん、小さい頃に親父に書いたやつ。記憶がぼやけてるけど、赤砂の谷に向かう前に、見送りの代わりに手紙を渡した記憶がある。……まさか、こんなところに残ってたなんて」


 リィナはしばらく言葉を失い、膝を抱えて黙り込んだ。


 セイは隣に腰を下ろし、そっと声をかけた。


 「じゃあ、やっぱり行こう。そこに何かがあるなら、行って確かめるしかない」


 リィナはうなずいた。目元は少し赤くなっていたが、その奥には確かに強い意志が宿っていた。


 「赤砂の谷……うん。いいね。いよいよ、旅って感じがしてきた」


 セイは立ち上がり、風の向かう方角を見据える。


 「遠回りでもいい。俺たちの足で、ちゃんと辿っていこう」


 ふたりは古い封筒と紙片を大事に荷物にしまい、小屋を後にした。


 “記憶の糸”は、手紙すらも結び直していた。

 かつて交わされた想いの欠片が、ふたりの足をまたひとつ、深く繋げていく。


 その道の先には、きっと父たちの真実と、まだ知らない記憶が眠っている。


 風が、再び動き出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ