第三話:名もなき出会い
《風に記されし、第二の鍵》――ナグレアの祠で見つけた地図に記されていた言葉を、セイは何度も胸の中で反芻していた。
地図に明確な道筋はなかった。描かれていたのは、東に伸びる一本の線と、その先にある小さな円。それだけだ。
だが確かに、短剣の脈動はその方角に向かうたび強くなっていた。
セイは森を抜け、小高い丘を越え、日が沈むまで歩き続けた。
そのときだった。茂みの向こうで、枝がばきりと折れる音がした。
反射的に短剣へ手を伸ばす。だが現れたのは、一人の少女だった。
赤みがかった髪に、旅装のマント。腰には小太刀。年はセイと同じくらいか、少し若く見える。
「……見ない顔ね。あんた、旅人?」
「そうだよ」
「ふーん。……その腰の刃、変わってるね」
少女の視線は、セイが隠していたつもりの短剣に向けられていた。
「君は?」
「リィナ。通りすがりの元盗賊ってとこ」
その言葉に、セイの胸がかすかにざわめく。父も、かつて義賊として名を馳せていた。似たような境遇の者に出会ったのは、初めてだった。
「……父も、似たようなことをしてた。盗んで、守る仕事。最後の依頼で、帰ってこなかった」
リィナは目を細めた。
「……そう。あんた、何を探してるの?」
「父の死の真相。そして……この短剣の意味」
その言葉に、リィナの表情がわずかに動いた。
「“記憶の刃”だね。それ、本当に使えるの?」
「……まだ未熟だけど、使えるよ」
「……あんた、もしかして――」
言いかけたリィナの言葉を、突然の突風が遮った。木々がざわめき、上空に一羽の黒い鳥が旋回する。
「ここで話すのはよくない。ついてきて」
そう言ってリィナは、森の奥へと歩き出した。
たどり着いたのは、小さな崖下に作られた隠れ家のような石室だった。灯された松明の炎が、湿った空気を揺らす。
「ここ、昔うちの仲間が使ってた隠れ場所。今は誰も来ない」
セイは黙ってうなずき、地面に腰を下ろす。
「……私もね。父親を亡くした。事故って言われたけど、嘘だって気づいてた」
「じゃあ、君も真実を……」
「探してる。というか……もし、その短剣で記憶が読めるなら、私も手伝いたい」
セイは少し考えて、ゆっくりと頷いた。
「いいよ。でも、本当に危険な旅になるかもしれない」
「その覚悟くらい、もうできてる」
リィナの言葉は、まっすぐだった。
セイは初めて、誰かと並んで歩いていく未来を思い描いた。
それは、父から託された旅に、初めて色彩が加わる瞬間でもあった。
こうして、セイとリィナは共に歩き始めた。記憶を巡る旅の、新たな一章が静かに幕を開けた。