プロローグ 「封じられた記憶の扉」
死の匂いというのは、風に乗ってやってくる。
それは昔、父が言っていた言葉だった。
けれど幼いセイには意味がわからなかった。
死がなんなのかさえ、知らなかったから。
父が死んだ日、空はやけに晴れていた。
風もなかった。ただ、冷たかった。
「仕事中の事故だった」と言われた。
でも、父はそんなミスをする人じゃなかった。
誰より用心深く、仲間からも尊敬されていた父が――
あっけなく死ぬなんて、どうしても信じられなかった。
母は泣かなかった。
代わりに笑った。とても苦しそうに。
その笑みが、セイの胸に棘のように刺さった。
その日の夜、母は押入れの奥からひとつの包みを取り出した。
中に入っていたのは、銀に光る短剣だった。
セイがまだ小さかった頃、父から渡されていたそれ――
「いざという時に使いなさい。あなたしか扱えないから」
父はそう言っていたという。
あれから数年。
母も病でこの世を去り、
セイは今、村を離れる決意をした。
記憶を読む短剣を携えて、
父の足跡を辿り、
あの日、伝えきれなかった“何か”を探すために――
旅が始まろうとしていた。