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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【地獄で、また会いましょう。】〜浮気男との関係を断ち切る為には、どうしたら良かったんですか?〜

作者: 月野 深春

 苦手だ、と感じた方は急いで閉じて下さい。人によって、ものすごく好き嫌いが分かれる作品だと思います。閲覧には、十分気をつけて下さい。運営様愛してます。


 また、ハッピーエンドとバッドエンド、何方にもとれる内容です。両方のタグをつけてありますので、気をつけて下さい。苦手だ、と感じた方は、急いで閉じて下さい。


 それでは、どうぞお楽しみください。


「俺たち、別れよっか」


——こんな言葉、聞きたくなかった。

 聞いたら、終わりな気がしていた。


 私の中で、何かがふつり、と切れる気がした。


 *


 この恋の始まりはいつだったか。

 それが思い出せない程、日常に溶け込んでいた。


 確か、彼のことが好きだなって思ったのは、高校の文化祭の日。


 それまでは、単なる顔の良いクラスメートとしか認識していなかった。話したことも、殆どない。

 だけど、皆で文化祭の打ち上げをした後の帰り。たまたま、一緒に帰ることになった。

 始めは、話題もなくて、ぽつり、ぽつりとしか話していなかった。

 話のネタが尽きてきて、困った私が好きなバンドで「ネコカブリ。」をあげた、その時だった。

 突然、彼の瞳が一気に輝いた。その態度の変容っぷりに私が驚いていると、彼は、勢いよくそのバンドについて語り始めた。


「アイカの、あの低くて鋭い声。たまにがなり声も入るよね。あれ聴くだけで、うわーってなる」

「ユーの、絶望の中にちょっとだけ希望を混ぜ込むような歌詞、凄いと思う。よく作れるなーって」

「あんな曲調、聞いたことなかったんだよね。ああいうのを、世間は才能って言うんだよね」

「俺、あんなバンドをやりたいなぁ」


 ものすごい熱量だった。

 今まで、私が話すことに軽く答えるだけだった彼と、同じ人だと思えない位に。

 彼のことを一言で表すなら、「クール」だと思っていた。そんな今までの考えを覆すかのような、暑いトーンの声。そのギャップに、完全にやられてしまったんだ。

 

 そう思ってしまったら、駄目だった。

 彼を好きになってしまった。彼の隣に立ちたいと、思ってしまった。


 *


 そして、高校最後のバレンタインデー。

 私は、彼を空き教室に呼び出して、告白した。


 何回も練習して作った手作りチョコは、彼の暖かい微笑みに照らされて、輝いて見えた。その笑みを見るだけで、頬が熱くなってしまう。それほどまでに、恋の病は重症だった。


 何回も吃りながら、言った告白の言葉。


『浮気しても、愛さなくてもいいから。お願いです、付き合ってください』


 今は、この言葉を言った事を、凄く後悔している。

 だって、だってさ——。


 あの頃は、浮気されること、付き合ってるのに愛されないことがこんなに辛いことを知らなかったから。

 こんなことなら、付き合わなければ良かった。そう、何度も何度も悔やんで、悔やみ続けている。


 *


 付き合って最初の頃、私達二人は、所謂"ラブラブ"な状態だった。彼は私のことを愛してくれていたし、私も、何にも考えず、唯ひたすらに彼を求めることができた。

 愛し、愛されることが当たり前のように私は感じていた。


 そんな夢のような日々は、緩やかに終わっていった。

 

 高校からエスカレーター式に上がって、私達の入った大学で、彼は軽音楽サークルに入った。私も、バンドや音楽の好きな彼らしいと思って、「軽音楽サークルに決まったよ」というメールに、「良かったね」と返した記憶がある。


 けれど。

——全然良くなんか無かった。


 あるサークルの飲み会の日。酔っ払った彼は、飲み会に参加していた女の子とキスをして、お持ち帰りしたらしい。

 随分後になって、その飲み会に参加していた私の友達に聞いたことだ。


 その日を境に、私達の関係は腐っていった。

 

 彼が愛を伝えてくれることは、目に見えて減っていって、一方通行な愛だけが存在するようになった。

 何度か彼に、別れを切り出されそうになったこともある。その度に私は、耳を塞いで、声を殺して泣いた。要するに、怖くて逃げていた。

 

 その内、会話もなくなっていって、赤の他人のような態度で接される様になった。こっちはこんなに好きで、大好きなのに、忘れられないのに……と泣き寝入りする日々もしょっちゅうだった。


 多分、私は彼に執着している。自覚はあっても、やめられない。

 執着をやめたら、私は彼の何者でもなくなってしまうから。


 そんな思いで今日も、私は彼にしがみついている。


 *


 「今日の十二時、カフェロイヤルに来れる? 大事な話がある」


 久しぶりに来た彼からのメール。

 彼が私のことを忘れていなかったことに軽く安堵した後、大事な話が多分別れ話なんだろうな、と気づき、泣きたい気持ちになる。


 わかった、とスマホをタップする指が震える。

 別れたくない、と思ってしまう。彼がここまではっきりと言ってくるからには、もう逃げられないことはわかっているのに。


 *


 十二時になった。

 涙が出るのをぐっとこらえて、カフェに入る。

 私の心と真逆な、カランカランと軽やかな音が私を迎える。


 彼の姿を探していると、彼がニコリと他所向きの笑みを浮かべて、こちらに手を振った。


恋華(れんか)!」


 彼が私の名を呼ぶ。昔と変わらない声、抑揚の付け方に懐かしさを覚える。

 それと同時に、私の名前を覚えていてくれた、という事実に嬉しさを覚える。こんなしょうもないことに喜びを覚えるようになったのは、いつからだろう。


 涙をこらえて、私は笑みを浮かべる。

 私は今、上手く笑えているだろうか。


流司(りゅうじ)くん。久しぶりだね」


 向かいの席に座りながら、彼に答える。


 現金なものだ。

 久しぶりの再会になってしまったのは、彼の所為なんだけど、そんなことを許せてしまうくらい、今が幸せに感じた。

——時が止まって、この時間が永遠に続けばいいのに。

 そんな、二次元でしか言えない様な願いが、頭に思い浮かんでしまう。


「恋華は、何頼む? カフェオレでいい?」


 昔に戻ったかのような感じで話しかけられて、今まで悪い夢を見ていた様な気がした。そんな事はありえない、と自分に言い聞かせて、重い現実を受け止める。

 私の好みを覚えていてくれたこととか、そういう小さな積み重ねで、より別れたくなくなっていく。


 いーよ、と答える声は、語尾が掠れて、震えていた。


 *


 砂糖をたっぷりと入れたカフェオレを、一口飲む。

 味覚は、生きていた。

 優しい甘さで、心が落ち着くような気がする。甘党にはたまらない美味しさだ。


 軽く、世間話をする。

——元気?

——元気だよ。そっちも変わりなさそうだね。

——あのバンド、今でも続けてるの?

——もう、やめちゃった。


 何事もなかったかのように軽くて、意味を成さない会話。

 これから別れるとは余りにも思えない口調で彼が世間話をするから、うっかり期待してしまった。

——大事な話というは、別れ話じゃあないのかもしれない。


 そんな淡い希望を打ち砕く様に、彼は突然告げた。


「そろそろ、本題に入っていい?」


 これから何を言われるか、大体の予想はついている。予想があたったらと怖くて、逃げ出したい位だ。

 痛いほどに早鐘を打つ胸を騙しながら、コクリと頷く。


「突然ごめんね。だけど、今日こそは言う。ねえ、恋華。

 俺たち、別れよっか」


 ああ、やっぱりだ。予想はあたった。

 やっぱり、彼は私のことなんて、愛していなかった。

 期待なんて、してはいけなかったんだ。


——だって、私達はもう、別れるのだから。


 そう思った瞬間、心が、頭が、「別れたくない」と叫び始めた。

 嫌だ、嫌だ、イヤだ、いやだ、いやだ、別れたくない……!


「別れたく、ないよ……」


 思わずこぼしてしまった本音に、彼が大きなため息をつく。かなり苛ついているみたいだ。

 ねえ、私の存在って、そんなにストレスだったの?


 今までの親しげな態度とは一変して、彼はマシンガントークを繰り広げる。


「あのさ、はっきり言って、迷惑なんだよね。半年位何にも話して無かったのにさ、まだ彼女面するわけ? これ以上俺にしがみついてると、イタいよ。重いって。

 ていうか、もう冷めたんだけど。おまえに興味なんてないの、わかるでしょ?

 それにさ、俺、真剣に付き合おうと思ってる子がいるの。だから、おまえとはもう、縁切りたいわけ。

 今まで悪かったと思ってるからさ、新しい男早く見つけなよ。早く別れることが、俺にできる、精一杯の優しさだよ」


 彼は一気に言うと、大きく息を吐いた。


 酷い。これは、酷いよ。

 これは、余りに酷すぎる。


 私は、怒りに任せてテーブルをドンと叩いた。

 その音が思いの外大きく響いて、彼がビクリと肩を揺らす。

 他のお客さんは、喋るのを中断して、ジッとこちらを見ている。


「酷いよ、流司くん。私の気持ちも考えてよ。恋人が急に冷たくなったと思ったら、沢山の女の人と浮気しててさ。酷いって。

 私が、どんな想いで流司くんを待ってたか、知ってる?

 毎日毎日、連絡を期待しては、"今日もダメだった"って落胆して死にたくなって。たまに会っても、別れたそうに、つまんなそさそうにしてさ。

 浮気も、一時の感情からだろうから、って自分に言い聞かせて耐えて。きっとまた、優しくて私のことを愛してくれている流司くんに戻ってくれるって信じて。

 流司くんのこと、大好きなんだよ。重いことくらいわかってるから。イタいことだって、執着してることだって、自分でもわかってる。

 だからお願いします。別れないで下さい。流司くんにできる、精一杯の優しさは、早く別れることじゃあない。

 浮気するなとか、本当に何にも言わないから。だから、私を流司くんの彼女で居させて。流司くんのことを、想わせてよ」


 彼は私の告白に、目を少し見開いた。

 私が此処まで嫌がるとは、予想していなかったのかもしれない。


 言いながら、今まで我慢していた代償の様に、涙が止まらなかった。

 わあわあ泣きながら言うから、チラチラと周りのお客さんがこっちを見る。ごめんなさい、皆さん。煩いですよね。


 でも、頭の中がぐちゃぐちゃで、泣き止むとか、黙り込むとか、そういう事ができそうになかった。ただただ、別れない様にしなくちゃと云うことしか考えられなかった。


「無理。悪いけど、絶対にない。

 その子、凄い純粋で、心根の優しい子なんだ。そんな子に浮気なんて……」


 その声を聞いて、私の中で何かが壊れた。

 頭が煮えたぎるように熱くて、グラグラする。目を大きく見開いたまま、絶句する。

 怒り、という感情が湧き出て、湧き出て、止まらなくなる。こんなに負の感情に支配されたのは、初めてだ。


 何が「純粋で心根が優しい」だ。

 私だって最初は流司くんのこと大好きで、純粋に愛していたし、性根もこんなにひん曲がってなかった。

 私が重くてイタくて、心が真っ黒な女になったのは、全部流司くんの所為。

 それなのに、それなのに——


「ふざけないでよ……! ふっざけんなよ!

 何を言ってるのか、全然わかんないよ……」


 叫んで、罵って、自分の思いを全部ぶちまけたい。

 けれど、人間は感情が極限に達すると、泣き出すらしい。叫ぼうとした声は震えて、消えかかっていた。


 啜り泣く私は、完全に注目の的だ。痛いくらいの視線を浴びている。ヒソヒソ声も、開けっ広げになってきた。

 そんな私か、私と一緒にいる自分自身を気遣ってか、彼は急いでお会計をして、逃げるように、私を引きずってお店を出た。

 

 彼の頼んだブラックコーヒーと、私のカフェオレは、一口しか飲まれていなくて、冷めきっていた。


 *


「おまえ、何やってんだよ! あの店、もう行けねえじゃねえか。

 あんなに騒いで、泣き喚いて。周りの人、皆見てたし、みっともないぞ。」


 カフェを出てすぐの公園まで、私達は黙って歩いた。

 そして、公園についての第一声がこれだ。


 アンタのせいで大声出す羽目になったのに、みっともないなんて……。

 ふざけんなよ、アンタの事なんて大嫌いだ、さっさと別れよう——。


 そう言えたら、どんなに楽だろう。

 そう言うのが正しいことくらいわかっているのに、頭の片隅で期待してしまう。


——彼が、また私に向かって愛を囁いてくれるんじゃないかって。


 そう期待してしまうから、私は別れられないんだ。

 だから、ずるずると依存してしまう。


 もう、そんな関係を終わりにしなくちゃ。こんな濁りきった関係、終わりにしなくちゃ。彼から、恋愛から解き放たれなくちゃ。


 だから、私はこう言った。

「最後に一つだけ、お願い聞いて。そしたら、綺麗さっぱり別れます」


 その言葉を聞いた途端、彼の瞳は安心した様に和らぐ。

「良いよ、恋華。ありがとな、俺の言う事聞いてくれて」

 そう言って、また余所行きの笑みを顔に貼り付ける。


「良かった、流司くん。じゃあさ、私の家に来て下さい。ダメ……かな?」

 私も、余所行きの笑みを浮かべて聞く。最後に、昔から彼の弱かった、"小首を傾げて上目遣い"をしてゴリ押しする。


 多分、彼は迷っている。

 元カノ(まだ別れてないけど、彼の気持ち的にはそうだろう)の家に行くというのは、"そういう"事だ、と思っているのだろう。

 そして、今カノ(彼の気持ち的には、そうだろう)を裏切る様な事はしたくない、とでも思っているのだろう。……私の事は、散々裏切った癖にね。


 それでも、私には自信があった。

 これをしたら、もう面倒臭い女と関わらないで済むんだから。勿論、君の答えは「イエス」だよね?


「分かった。良いよ、恋華の家行く」

 ほら、押し負けた。


 これから、どんな事が起こると思っているのかな。

 果たしてあなたは、その綺麗な余所行きの笑みを崩さずに居られるのかな?


 *


 ガチャリ、とドアを開ける。

 彼にとっては久しぶりの、私にとっては何の変哲もないアパートの一室。


……懐かしいな。よく、彼をココに招き入れて、家でゆったり過ごしたっけ。


 そんな穏やかで美しい思い出の地を、これから汚すのだけれどね。


 でも、今だけは擬似でも恋人で居たい。だから、一応客人である彼を、最後にもてなしてあげる。


 キッチンからお茶を取り出し、彼専用のコップに注ぐ。ついでにキッチンに行き、キラリと光る、綺麗な銀色を持ってくる。

「はい、お茶どうぞ」

「あ、ありがとな」

 ちょっと意外そうな瞳で見てくる流司くん。

……まさか、やる事やって終わりだと思ってたんじゃ……。


 やる事はやるけれど、彼が想定しているのとは少し違う。


 だって……。

——殺るって事だから。


 *


 彼の近くまで、軽やかな足取りで歩いていく。勿論、凶器である包丁は忘れずに。


 そして、「りゅーうーじーくーん」とやたら間延びした、甘えた様な声で彼を呼ぶ。

 なあに? と返答した彼は、そのままくるりと私の方を振り向き——。


——固まった。


「んふふ、何をそんなに恐れてるの、流司くん」

 彼の目の前に包丁を当てたまま、そう問うてみるけれど、怯えたような荒い息遣いしか返ってこない。


「私ね、ホントは許してあげようかなって考えてたの」

 そう言うと、彼の緊張した様な、強ばった表情が少し和らぐ。


「でもね。流司くんは、ちーっとも反省してないし、後悔してない。

 それに、私よりも新しい女の子の方が良いんでしょ? そんな事言うし、私怒っちゃった!」

 彼を安心させようと、優しい声音で告げようとしたのに、ついつい怒りで語尾を荒らげてしまった。


「わ、悪かった! 恋華、悪かったよ! なあ、謝ったよな? 反省してるし、後悔もしてる! だから、命だけは……!」


 彼は、慌てた様に何か言っている。声のトーン的に、懺悔だろうか。

 でも、なーんにも分かんない。お猿さんが、キイキイ言ってる様にしか、聞こえない。


 きっと、私の耳と脳が彼の浅ましい命乞いを聞きたくないからだ。誠意ある、甘い声の、優しい愛しか、聞きたくないからだ。


「ごめんね、流司くん。何言ってるか、全然分かんないな!」


 そう言うと同時に、ゆっくりとスマホに伸ばして居た腕に深々と包丁を突き刺した。

 彼の、声にならない絶叫が聞こえる。腕の付け根から、血が、タラタラと零れ落ちている。彼の白い肌に、血の紅い色。そのコントラストが、とっても綺麗だ。


 そんな事を思いながら、ゆっくりと、出来るだけ優しく包丁を引き抜く。嗚呼、でもゆっくりと抜いてしまったから、余計にアチコチ傷付けたみたい。

 そのせいかな、血がぶしゃあと噴き出す。クジラの潮吹きみたいで、ちょっと可愛い。


「嗚呼、痛かった? ごめんねえ。

 でもね! スマホで! 女に! 連絡しようとするのは! 良くないと思うなあ!」

 そう言いながら、逃げようと必死で後退る脚にナイフをグサグサと突き立てていく。それだけでは物足りなくて、お腹にも突き刺していく。


 刺しては優しく引き抜き、刺しては引き抜き……その繰り返しだ。血がドロドロと溢れ出て、噴き出しているが、気持ち浅めに刺しているから、まだ生きている。でも、すっかり床は汚れてしまった。


「あーあ、そんなに怯えた様な顔して……。私が、そんなに怖いの?」

 そう聞いてみるけれど、既にほぼ意識が飛んでるみたいだ。返事の代わりに、小刻みに痙攣した身体が「怖い」と告げている。


「ごめんね、流司くん。怖がらせるつもりも、痛がらせるつもりも無かったんだけど」

 何だか、彼は私が思っていたよりも弱くて、小さな存在だったみたいだ。血塗れの彼が、可哀想に見えてきた。


 だから、私は謝りながら、血に染まった手で彼の頭を優しく撫でてみる。綺麗だった金色の髪の毛が、真っ赤に染まっていく。


 そうしていると、彼が薄らと瞳を開け、言葉を発した。


「ご、めんな、恋華……。そん、なにお前を、苦しめて、いた、なんて……。ごめ、んな……」

 彼が、優しい、甘い声で伝えてくれる。痛みのせいか、大分小さくて、掠れた声だけど。

 でも、きっとこれは彼の本心だ。彼は、心の底から私に謝っている。


——嬉しい……!

 やっと、私の想いが通じたんだ。そう思うと、今までの苦しみから、解放される様な気さえした。


「ねえ、愛してるって言って。流司くん」

 ちょっと調子に乗った私が、優しく促してみる。すると、存外素直で、どことなく幼く感じる彼が、必死に言葉を紡ぐ。その姿が、愛おしくて堪らなかった。


「あ、いして」

 そこまで言って、彼は盛大に咳き込んだ。血反吐を吐き出し、噴き出し、ぐったりと私にもたれかかって……。


——そして。


 瞳から光を消してしまった。

 身体から、力が抜けていく。

 温かった身体が、少しずつ冷えていく。


「え?」

 そう私が声を漏らしても、もうここには誰も反応してくれる人が居ない。


 思わず包丁を手から落としてしまい、カランと音が鳴り響く。

 誰も、それに反応しない。



——彼は、死んでしまった。


「ああああああああああああああぁぁぁ!」

 私は絶叫する。


 そして、完全に血に染っていた脳味噌が、少しだけ覚醒してしまう。冷静な、優しい感情が、私の心を侵してくる。


——全部、私のせいだ。

 私が、彼の浮気や"私を愛してない事"を許していれば。

 私が、彼に変なお願いをしなければ。

 私が、彼に怒らなければ。

 私が、彼を包丁で刺さなければ。



——私が、殺したんだ。


 そう考えると、後悔が襲ってくる。

 彼と、もっと話せば良かった。

 彼の話を、もっと聞けば良かった。

 彼に、愛してると言えば良かった。


——彼の、愛してるを最後まで聞ければ良かった。



 そう思ってしまったら、震えが止まらなかった。涙が、止まらなかった。後悔が、恐怖が、止まらなかった。



——もう、この世に彼は居ないんだ。


 どんなに頑張っても、彼の甘い声はもう聞けないし、彼の笑い声も聞けない。彼の、笑った優しい顔さえ見れない。


 嗚呼、私は何をしているんだろうな。

 もう、生きていく意味さえ無いような気がしてきた。


……彼の後を追おう。

 それが、彼に対する最大限の愛と、優しさだ。

 それに、この後の処理も面倒臭い。このまま生きていれば、絶対警察に捕まるし、この後の人生お先真っ暗だ。


 そう考えると、少しだけ心が安らぐ気がした。震えも、大分落ち着いた。


 そして、彼の手を左手で優しく握り、恋人繋ぎをする。血に塗れた唇に、そっと最期のキスを落とす。


 そして、床に転がった包丁を手に取り、ゆっくりと持ち上げる。腕は、不思議と落ち着いていて、死への恐怖を知らないようだ。


——愛してる。

 そう彼に囁きながら、包丁を横にして、胸に突き立てる。


 嗚呼、痛いなあ。

 肋骨の間に、心臓に上手く刺せたみたいだ。途端に、切り裂く様な痛みが胸を貫く。視界が狭まり、紅く染まっていく様に感じる。


 でも、心の痛みと後悔の気持ちの方が、胸をズタズタに引き裂いているから。そんなに、辛くないんだ。


 感覚と痛覚がどんどん鈍くなっていく。

 そんな中、私はぼんやりと思考を働かせてみる。ふわふわと纏まらない思考回路は、酔った時の様だ。


——私、死んだら何処へ行くんだろう。

 やっぱり、人を殺したんだから、地獄かな。でも、死んでも流司くんと一緒が良いな。

 あれ、私この関係を終わらせようと刺したのに、いつの間にか関係を終わらせない様にしてる。何やってんだろ、私。


 嗚呼、ついつい別の事を考えてしまった。

 流司くんは、天国に行くのかな、それとも地獄行きかな。私を裏切って、浮気沢山したんだから、やっぱり地獄かな。

 君も私も地獄に行くんだったら、何にも怖い事無いや。二人で、ずーっと一緒に居たいなあ。今度こそ、愛してるをきちんと聞きたい。


 嗚呼、ダメだ。

 頭の中に幸せだった記憶とかがドバーッと流れ込んで来た。これが噂の、走馬灯ってヤツなのか。

 もうこれ、死ぬな。


 視界が、完全に暗くなる。頭が働かなくなる。もう、腕をピクリとも動かせない。


——最期に瞼の裏に見えたのは、キミの笑顔だった。


 *


「恋華!」

 誰かの声が聞こえる。聞いた事のある、いや、大好きな声だ。


 その言葉に引っ張られるように、後ろをふりむく。

 すると、そこには彼——流司くん——が居た。


「流司、くん……」

 私が思わず声を漏らすと、彼は優しく微笑んだ。


「さっき言えなかった言葉、今なら言えるよ。

 愛してる。

 地獄で、よろしくね」

 そう言って私にキスをする彼の顔には、一点の曇りも無かった。



 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。とても嬉しいです。

 これからも、頑張っていきます。

 気軽に反応していってください。反応が貰えると、執筆の励みになります。


 *


【報告】

 あまり「GUN・GIRLは呪われた!」のシリーズが伸びないので、私の表現力や語彙力、ストーリー構成能力等が足りてないな、と理解しました。

 そのため、これからは短編作品と並行してシリーズ執筆をし、それらの能力の向上に努めたいと思います。

 少し更新の速度が落ちますが、今後ともよろしくお願いします。

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