感情が包み込む
「ねえ、クス……」
「どうしたの、ビウ?」
「……僕の家に、帰らない?」
「うん、いいよ。帰ろっか。」
僕とクスはそう言い終えると、ゲームコーナーを後にして二階へと下り、そのままショッピングモールの出口へ向かった。気づけば、モールには少しずつ人が増えてきていた。まあ、もうすぐお昼だから当然か。
……って、僕、こんなに長くモールにいたんだ。結局、本のコーナーには行けなかったな。次の機会にしよう。
そんなことを考えていると、僕の手がクスの手の近くに――。
「別にいいんだよ。……手、つないでも?」
あ、そういえばクス、前にも「つないでいいよ」って言ってたっけ。僕はちょっと恥ずかしさを感じつつも、そっとクスの手を取って、ふたりで家へと歩き出した。
*ビウの視点*
やがて、僕たち二人はショッピングモールを後にし、僕の家へ向かって歩き出した。
うーん……手を繋いでいるのがちょっと照れくさくて、母さんに本当のことを話すのも怖かったけど――でもそれ以上に、嬉しかった。
そう思っていたら、いつの間にか家の前に着いていた。母さんはまだ帰ってきていないようだ。
玄関の扉を開けて中に入ると、キッチンの方から音が聞こえてきた。たぶんパンヤが料理しているんだろう。
「おっ!クス、もう帰ってたんだね。で、ビウはどこに――」
「え、えっと……パンヤ、僕ここにいるよ……」
「へぇえええええ!? マジで!? 君、女の子になっちゃったの!? すごい!マジですごいよ!アニメとか小説だけの話かと思ってたけど、現実にもあるんだね!」
それから、僕はパンヤにこれまでの出来事を全部話した。
パンヤは最初、信じてくれないような表情だったけど、僕の姿をじっと見つめたり……あろうことか、胸に触れてきたりしてきた。
僕、クス、パンヤの三人はリビングで座っていた。クスは以前僕に見せてくれたのと同じように、軽く風の魔法を使ってみせた。
もちろん、パンヤは口をぽかんと開けて、しばらく何も言えなかった。
本当はパンヤに話すつもりはなかったけど……やっぱり話してよかったのかもしれない。
そのあと、パンヤはクスに色々と質問を始めた。今までどんなことがあったのか、細かく聞いていた。どうやら、こういう不思議な話が好きみたいだ。
一時は信じてもらえないかと思って焦ったけど、なんとかなって良かった……。
そんな時だった。パンヤが僕の買ってきた下着の袋に目を向けて言った。
「ねえ、君たち、下着買ってきたの?」
「えっ!? ど、どうして分かったの!?」
「袋見れば分かるよ~。高級ブランドじゃん、"mGo"ってやつ。」
「mGoって……何?」
「有名な下着ブランドだよ。ちょっとしか買ってなくても高いんだよね~。うちのママもこのシリーズ5〜6枚買ったら3、4千バーツ飛んだって言ってたし」
――え、ちょっと待って。僕、そんな高いブランドの下着買っちゃったの!?
まさかとは思ったけど、どうりで値段がやたら高かったわけだ……。
このままだと貯金、あっという間になくなっちゃいそう……。
パンヤはその下着をじっくり見た後、キッチンへ戻って料理の続きを始めた。
そして、僕とクスはまた二人きりになった。
その瞬間、クスが不意に僕を抱きしめてきた。
彼の目にはうっすら涙が浮かんでいて、耳元でそっと囁いた。
「ビウ……あの時、君が抱きしめてくれたの、すごく暖かかったんだ。すっごく、嬉しかった……。
だから、僕、君を守りたいって思った。もう二度と、あんな風に危ない目に遭わせたくない。……あの時、オークに襲われそうになった君を、もし間に合わなかったらって思うと……ゾッとするんだ。
ビウ……気をつけて。僕、君のこと……す、好き……」
「ご飯できたよ〜みんな〜」
クスが僕を抱きしめながら、何かを言っていたその時、ドアの外からパンヤの声が聞こえてきた。ドアが開かれ、パンヤは何も言わずにそこに立っていた。僕も言葉が出ない。その時、クスの涙が僕の首元に落ちてきた。
「いきなりどうしたんだろう…」クスは僕に抱きついてきた。僕はまだ何も準備ができてなかったし、パンヤも入ってきたし、どうすればいいんだろう。あ、そうだ、クスが言ってたことはまだ終わってない。彼が何を言っていたのか、僕はまだわかっていなかったんだ。顔が赤くなって、目を逸らすこともできない。頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない。どうすればいいんだろう。
「ごめん、邪魔しちゃったぁぁぁ!!!!!続きをやるならどうぞ」パンヤはそう言って、ドアをバタンと閉めた。パンヤが出て行った後も、クスは僕を抱きしめたままだった。その瞬間、体が熱くなり、何とも言えない気持ちになった。クスの顔がゆっくりと僕の首元に近づいてきて、次第に顔が近づいてきた。
「ごめん、ビウ、僕、ちょっとやりすぎたかな。早すぎたかもしれない」クスは、僕たちの唇が近づくその時に、謝ってきた。
「それは…」僕は言葉が続かない。頭の中がぐちゃぐちゃで、次に何を言えばいいのかわからなかった。あれ、クスと今、ほとんどキスしそうだったんじゃないか?クスは顔を少し離し、その後、僕を抱きしめていた腕も離した。僕はパンヤを呼んで、部屋に入ってもらった。そして、三人で沈黙を保ちながら、何も言わなかった。
その後、クスが立ち上がり、僕を外に呼び出した。クスは、突然抱きついたことを謝ってきた。そんなこと、僕は気にしていなかったし、むしろあの瞬間がとても良かったように感じていた。そして、クスは家に帰る準備をして、明日の朝、並行世界と学校で会おうと言ってきた。その後、クスは「じゃあね」と言って、パンヤと僕に手を振りながら家を出た。
僕は、クスが出る前に、玄関まで行って声をかけた。
「気をつけてね、クス。僕、いつも心配してるから。明日、シーリン先輩と一緒に廊下で待ってるからね。」
「うん、気をつけるよ。心配してくれてありがとう。明日、待ってるね。」クスはそう言って、家を出て行った。
僕の背後でパンヤが咳払いをしながら、言った。「話があるんだけど。」話?何の話だろう。
パンヤは、もし母が帰ってきたらどうするかと話し始めた。僕はすでに母にはすべて話す準備をしているが、母がまだ帰っていないことを伝えた。そして、パンヤが僕に一番重要なことを聞いた。
「ビウ、クスと付き合ってるの?」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がドキドキして、顔が真っ赤になった。パンヤがそう尋ねたけれど、僕は答えられなかった。だって、僕たちが初めて出会ったのは並行世界で、クスが僕を助けてくれたから…。ちょっと変だと思うけど、恥ずかしくて答えられなかった。
「ビウ、クスって、イケメンの男の子と抱きしめ合ったことあるの?」
「うーん、オークに似たクスの偽物に襲われそうになったとき、クスが助けてくれたんだ。その時、すごく怖かったけど、クスが『ここにいるから、どこにも行かないよ』って言ってくれて、抱きしめられた時、すごく安心して、怖さがなくなったんだ。」
「そうなんだ…すごいね。」
「もう何回も『すごい』って言ってるけど。」
「だって、普通はこんなことないから、すごいに決まってるじゃん!」
パンヤが僕の胸に視線を送って、手でそれを触りながら言った。「ビウ、私のより小さいじゃん。」
「お前、またそんなこと言って…他に話すことないのかよ。」
僕は胸のサイズに対して気にしていなかったけど、パンヤはそれをからかうのが好きだ。しかも、自分の胸の方が大きいって言っている。相変わらず悪ガキだな。
「うん、だって、あんまり話すことないんだもん。その時のことが驚きすぎて、さっきビウたちがあれしようとしてたところに遭遇したからさ。」
「ま、ま、ま、ま、まさか、違うよ!クスがただ…気持ちが悪かっただけなんだ!」
「ほんとに?」
「ほんとだよ!」
「まあ、いいけど、じゃあ僕、部屋に戻って寝るね。」
「おう、デートから帰ってきたばかりだし、休んで。私は家のことを見てるから。」
僕は自分の部屋に行って、扇風機をつけて、ベッドに寝転んで、枕を抱きしめた。あの時、クスが僕を抱きしめたときの体温がまだ残っていて、心が温かくなっていた。そして、ふと、枕をぎゅっと抱きしめる手が強くなり、体内で何かが高まっていった。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
僕の息が荒くなって、まるで何かをするような気分になった。その感情が僕を包み込んで、どうしても抑えられなくなっていく。僕は枕を抱きしめ、下半身をその枕に擦り付けながら、息を切らしていた。どうしてこんなに心地よいのだろう。胸の中が激しく高鳴り、息が止まりそうなほどだった。そのとき、クスとの抱擁のことを思い出し、心が動揺していく。
「ふっ…!」
その瞬間、僕は最後の息を吐きながら、体が強く震えた。まるで足に痙攣が来るように感じたけれど、それ以上に心地よさが体を包み込んでいった。その感覚は、まるで浮いているような、何とも言えない心地よさを与えてくれた。それは、男の人の抱擁を感じるよりも、もっと…深くて、満たされた気持ちだった。