緑のフード団
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「君たちもこっちの世界に来たんだよね? だって、俺たちもこの異世界に来たんだからさ」
「安心して。別に悪いことをするつもりはないよ」
「そうそう、俺たちも元は同じ世界の人間だからね」
フードの集団の言葉が終わると、クスが問い返した。
「それで、わざわざ待ち伏せなんてして、何の用だ?」
「ごめんごめん、理由を言い忘れてたな。俺たちさ、“異世界から来た人間だけのギルド”を作ろうと思ってるんだ。現実世界でも異世界でも、何かあったときに協力できるようにってさ。それと、君の腕輪…」
フードの男たちは俺の手首を見つめ、続けた。
「それ、“ミシカル・アイテム”だよ。特別にレアなアイテムで、魔法使いだけが持てるとされているものなんだ」
「魔法使い……って今言ったか?」
クスがそう言って、こちらを振り返る。
「ビウ……お前、やっぱりすげぇな。魔法使いなんだな!」
クスが喜んでくれたその瞬間、再びフードの連中が口を開いた。
「でも、本当に危ないのは“ミシカル・アイテム”そのものなんだよ。それは魔族や魔獣、霊たちが喉から手が出るほど欲しがるアイテムだから。最近、君の周りに変なの現れたりしてない? 特に“闇属性”の魔法を使う悪魔が、ミシカル・アイテムの所持者を狙ったって話を聞いたばかりでさ」
「……」
「えーっと、それって俺のことなんだ」
クスがそう告げたとき、フードの集団は明らかに驚いた顔をした。まさか、あの悪魔から生き延びたなんて信じられないというような表情だ。
あいつ──俺とこの腕輪を狙ってきた悪魔──は、実は“召喚”された存在だった。つまり、現実世界で誰かが俺を狙って悪魔を呼び出したってことか。
恐ろしい……。最初のオークもそうだったけど、俺もちゃんと自分の力を鍛えないと、本気でやられるかもしれないな……。
話し合いのあと、俺たちはフードの集団と協力することにした。
ただし条件が一つ。
俺は彼らの本拠地には戻らず、クスと一緒に行動する。何かあったら“ミニキューブ”を使って連絡してくれ。
“ミニキューブ”は魔石で作られたサイコロサイズのキューブ型アイテムで、使用時には黄色く光る。
俺とクスはそのアイテムをフードの連中から受け取った。
合意を終えたあと、俺とクスは次の旅路へと歩き出した。
今回、俺は“魔法の杖”を手に入れようと思ってるけど……この国で見つけられるかなぁ。
まあ、品質と値段のバランスは重要だしな。
それに、俺のこの腕輪──これは魔法使いにとっての証みたいなものでもある。
そして、性別が変わって女性になったこと……そのことは、フードの集団にはまだ話していない。
いずれ男に戻るつもりだから、今は秘密にしておきたい。
「なあ、ビウ……」
「ん? どうかした?」
俺が答えると、クスはふと足を止めた。
「明日さ……君が“女になった”こと、お母さんに話すの?」
「うっ……そ、それまだ心の準備が……。でも、そうなると思う。明日の朝には話すつもり。ずっと隠してたら、言い訳もできなくなるだろうし。……本当は逃げたくないんだけど、ちょっと急すぎたんだよな」
「そうか……」
「うん……」
俺がそう返事したとき、ふと思い出した。
「あ、あのさ……クス……ちょっとお願いがあるんだけど……」
「ん? どうした?」
「明日、俺の家に一緒に来てくれないかなって……。えっと、無理ならいいんだけど、もし迷惑だったら断ってくれても……!」
俺は顔を真っ赤にして言った。
「もちろん、いいよ」
クスは迷いもなく答えてくれた。
俺は何度も「本当にいいの?」って聞いたけど、クスは笑って「いいってば」と言ってくれた。
だから俺は彼に伝えた。
「明日の朝、学校の前で待ち合わせして、それから一緒に家に行こう」って。
……明日がどうなるか、全く予想がつかない。
考えただけで、心臓がバクバクしてくる――。
*クスの視点*
ビウが俺を家に誘ってくれた理由──それは、なんとなく分かってるつもりだ。
ビウはきっと、自分が女の子になってしまった原因が“特別な力”や“何かの影響”だって思ってる。そして、それを証明するために、俺を連れて行こうとしてる……そういうことなんじゃないかって。もちろん、全部俺の推測だけどな。
言葉だけじゃ、誰も信じてくれない──それも分かる。
だからこそ、ビウも不安でいっぱいなんだろうな。今日一日を振り返ってみても、いろいろありすぎた。
朝、ビウの性別が変わったこと。
昼には、悪魔が教師になりすまして現れて、ビウを保健室に運ばなきゃいけなかったこと。
そして──ビウがあのオークに襲われかけたこと……いや、もう倒したんだった。思い出すだけで、胸がざわつく。
俺は横を見た。
ビウは眉間にシワを寄せて、どこか思いつめた顔をしていた。
きっとまた、いろいろ考えてるんだろう。そう思った俺は、そっと肩に手を回した。
「ひゃっ……!?」
ビウがビクッと大きく反応して、思わず叫んだ。
「あ……ご、ごめん。驚いた?」
「そりゃ驚くよ! いきなり肩なんて抱くからさっ」
「ご、ごめん。そこまで驚くとは思わなかった……」
「うん、大丈夫。気にしないで」
──ふわっ。
そのとき、ビウが俺に抱きついてきた。
「なんでだろう……クスを抱きしめてると、すごくあったかくて安心するんだ……」
「そ、そっか……よかった……」
……
華奢で小さな身体が、俺の体にそっと寄り添ってくる。
両腕でぎゅっと俺を抱きしめてくるその感触は、本当に軽くて、片手で包み込めそうなくらい。
その温もりが、ビウの言葉どおり、どこか心を和ませてくれた。
俺も、そっとその体を抱き返した。
すると、ビウが顔を上げてきて──目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして、俺を見上げてきた。
その姿に胸が締めつけられて、俺はそっとビウの額に自分の額を寄せた。
ふわりと香ってきたのは、ビウの髪からするシャンプーの匂い。
──あれ? 俺が使ってるやつと同じ香りだ。
額と額がくっつくほど近づいても、どちらも何も言葉を発さなかった。
ただ、その沈黙がやけに心地よくて、どこか切なくて。
……そのとき、ふと俺は思い出した。
もうすぐ、“あの時間”が来る。
「ビウ……」
「な、なに……クス?」
「そろそろ……起きる時間だ。準備、できてるか?」
「うん……大丈夫。言ったこと、忘れないでね、クス」
「……忘れるわけないだろ]
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*ビウの視点*
俺は、目を覚ました。
現実世界に戻ってきたんだ。
クスの目覚まし時計の音が聞こえて、それで目を覚ましたんだけど──
目が覚める寸前まで、あの“クスの温もり”をはっきり覚えてた。
あの抱擁の感触。
あったかくて、安心できて……。
ドクン、ドクン、ドクン──
思い出すたびに、胸が高鳴る。
けど、今はその気持ちに浸ってる暇なんてない。
今日は──ちゃんと母さんに話さなきゃいけない。
体を起こしてベッドから降り、寝室を出た。
バスルームからはシャワーの音が聞こえる。クスが先に入ってるみたいだ。
俺はそのまま着替え部屋へ向かった。
服を脱ぎ、今回は上下ともにタオルでしっかり巻いた。
……一応、女の姿になってるわけだし、油断は禁物だからな。
着替え部屋を出て、リビングのテーブルの上に置いてあったスマホを手に取った。
昨日、母さんに送ったメッセージを確認する。
……まだ未読のままだ。
「なんでだろ……読んでない。忙しいのかな? 仕事中……?」
不安が胸をよぎる。
ちゃんと伝わるだろうか、母さんに──
「ビウ、もう起きてたんだ。おはよう」
そのとき、クスがバスルームから出てきて、爽やかに挨拶してきた。
「おはよう、クス」
俺も、いつも通りの挨拶を返す。
……けど、心の中では全然“いつも通り”じゃない。
今日という日は、俺の人生にとって大きな転機になる気がする──
クスに「おはよう」と返したあと、俺はバスルームへ向かった。
女の子の体でシャワーを浴びるのは、これで二度目になるけど……やっぱり、まだ慣れない。
鏡に映る自分の姿を見るだけで、顔が熱くなる。
シャワーの水を浴びながら、自分の体に触れるたびに変な感じがして、胸の奥がざわつく。
――早く慣れたいような、慣れたくないような。
シャワーを終えて、タオルで体を拭きながらも顔の赤みが引かないまま。
クスが用意してくれた服に袖を通す。サイズはちょっと大きめだったけど、それが逆に落ち着く。
準備がすべて整ったところで、俺たちは家を出た。
途中、コンビニに立ち寄って朝ごはんを買うことにした。
俺はパンとミルクを選び、クスもまったく同じものを買っていた。
「ビウって、ほんと俺と好みが似てるよな。朝はいつもこれ買ってるんだ、俺」
「そ、そうなんだ……」
そう答えた俺の顔を、クスがじっと見てきた。
「大丈夫だって、ビウ。信じてよ。絶対に、お母さんは君のことをわかってくれるさ」
「うん……ありがとう、クス」
ドクン、ドクン、ドクン……
まただ……。
クスの言葉や笑顔が、俺の胸を強く打つ。
なんでだろうな、この気持ち。クスの優しさに触れるたびに、胸が熱くなる。
「ありがとうございましたー!」
店員さんの声を背に、俺たちはコンビニを出た。
それからバス停に向かい、学校前まで行くバスに乗り込んだ。
まだ乗客は少なく、発車までしばらく待つことになった。
座席に座りながら、買ったパンをかじり、スマホを開いて母さんとのメッセージを確認する。
……既読がついてる。
でも、返信はない。
「なんでだろ……読んでるのに、返事ないなんて……。やっぱり忙しいのかな」
不安が少しだけ、心に影を落とす。
そんなときだった。
「ねぇ……ビウ。ちょっと聞いてもいい?」
「うん? どうしたの、クス?」
クスがなぜか顔を赤くしながら、言いにくそうに口を開いた。
「べ、別に変な意味じゃないし……あの……変態とか思わないで欲しいんだけど……」
「な、なに?」
「……君、下着、つけてないよね?」
「っ!? あ……っ、ほんとだ……!」
俺は驚いて、クスの方を振り向いた。顔が一気に真っ赤になるのを感じる。
しまった……完全に忘れてた……!
頭の中が、今日のことでいっぱいで……下着のことなんて、まったく気にしてなかった……!
しかも今着てるのは、クスが貸してくれた大きめのシャツ。
首元が少し広くて、ちょっとかがんだりしたら、胸の谷間が見えそうになってた……。
しかも……なにより……胸、張ってる……。
うぅ、なんでこんな恥ずかしいことに……!
「~~~っ! は、恥ずかしすぎる……!!」
「……やっぱり、買わなきゃダメかもな」
「うん、そうなるかもね」
俺たちがそんな話をしているうちに、バスは学校前の停留所に到着した。
そこから学校の裏道を抜けて、並んだビルの脇を通り抜け、細い路地へと入っていく。
そう、もうすぐ俺の家だ。あと数歩で玄関にたどり着く。
なのに――
頭が真っ白で、何も考えられない。
ただ、家まで歩くことだけを意識していたそのとき。
俺のブレスレットが再び紫色の光を放った。
紫の光がブレスレットから溢れ出し、ゆっくりと俺の身体を包み込んでいく。
――この光だ。俺が女の子に変わったときに出てきた、あの色だ。
その瞬間、身体が熱くなり、重さを感じはじめた。
骨格が引き伸ばされるような感覚とともに、胸元の重みがふっと軽くなる。
次の瞬間――
俺は、元の男の姿に戻っていた。
───チリンチリン、チリンチリン、チリンチリン!
「は〜い! 今出まーす……
あ〜もう誰よ朝っぱらから……昨日こっち来たばかりで寝不足なのに……。
ボウおばさんがビウは家にいないって言ってたけど……」
「ただいま戻りました」
「……ビ、ビウ?」
家のインターホンを押すと、母さんの車はなかったけど、玄関に見慣れない靴があったから誰かいると思った。
案の定、そこにいたのは――
「パンヤ……あんた、あれ? 随分大きくなって……」
「ビウ、それって彼氏? 一緒に来たの?」
やれやれ……まさか帰ってきた瞬間にこの“爆弾娘”、
いとこの娘――ヤちゃんに出迎えられるとは。
そして、クスと一緒にいるだけでこの反応……。
「ちょ、ちょっと待って、ヤ。落ち着いて聞いてくれ」
「えっ、マジで? なになに~、つまりビウってBL系だったの?
全然知らなかった~! ねぇねぇ、どっちなの!? 攻め? 受け? 教えてよ~!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて話を聞いてくれってば、ヤ!」
「あ、ごめんごめん~。頭の中で勝手に盛り上がっちゃって……
で、どうしたの? なんか用?」
「とりあえず……俺と友達、家に上がってもいい?」
「うん、ようこそ~♪」
「え、なにそれ? そんなちゃんとした挨拶できる子だったっけ?」
「できるに決まってるでしょ!」
家に入ると、俺とクスはソファに腰を下ろした。
一方、ヤは俺たちにどうしてここにいるのかを話し始めた。
昨日、俺が家にいなかった間に、母さんの妹――つまりヤの母さんが訪ねてきて、
「海外赴任が決まったから、その間ヤをここで預かってほしい」と頼んできたらしい。
それで、ヤはもう転校の手続きも終えてこの家に住むことになったんだそうだ。
……なるほど、それで昨日、母さんが俺のメッセージに返信しなかった理由も分かった。
母さん、きっとそのとき義妹と一緒に飲みに出かけてたんだな。酔いつぶれてなければいいけど。
まぁ、それはともかく――俺は今、なんの前触れもなくまた男に戻っていた。
女になっていたことは……どう考えても、まだ秘密にしておいた方がいいだろう。
クスがあんなに励ましてくれたのに、なんだか申し訳なく感じる。
「ねえ、そのブレスレット、綺麗だね。どこで買ったの?」
ヤが俺の手元を見て、興味津々に聞いてきた。
「えっ、あー、それは……」
「まさかぁ、ビウのイケメン彼氏からのプレゼントだったりして?」
ニヤニヤしながらからかってくるヤ。
「違うってば……!」
「はいはい、分かってるって。自分で買ったんでしょ?
でも本当に綺麗だよ、紫色なんて、ビウっぽいね。私は赤が好きだけど」
そう言ってヤは今度はクスの方を見て話しかけた。
「それで、君は? ビウの友達なの?」
「えっと、遅れてごめんね。ちょうど話してたところだったから、自己紹介するタイミング逃してて。
俺はクス、ビウの友人です」
「クスくんね~、名前カッコいいじゃん。私はパンヤ、でも“ヤ”って呼んでくれていいよ」
「よろしくね、ヤさん」
「こちらこそ。で、君たち、もうご飯食べた?
冷蔵庫にママが昨日買ってきたものあるから、自由に食べていいよ。
私はちょっと仮眠するから、よろしくね~」
「おやすみ」
俺はちょっと皮肉混じりに言ってみた。
「言われなくても、ちゃんとグッスリ寝るもん!」
そう言ってヤは自分の部屋へと引っ込んでいった。
……そして、家の鍵と家の空気を俺に任せていった。
「ビウの家族、なんだかにぎやかだね」
「まぁ、ちょっとね。ヤは俺の従妹で、年は一つ下なんだけど、なぜか友達みたいなノリで接してくるんだ」
「そうなんだ」
「ハハ、まあ、そんなところ。ところでクス、俺さ、また男に戻っちゃったわけだけど……
今日、学校行けてないんだよね」
「でも、今日は新学期の二日目だから、大丈夫じゃないかな?」
「そう言われてみれば、そうだな……。
じゃあ、どうしようか? ご飯食べる? それともどっか行く?」
「俺は、さっき食べたパンでまだお腹いっぱいだから、ビウが先に食べてもいいよ?」
「クスが食べないなら、俺もいいかな。じゃあ、ちょっと近所を歩いてみない?
この辺にショッピングモールがあったはずなんだ」
「いいね、先に外で待ってるよ」
俺は家の鍵をヤに預けて、少しだけ現金を準備した。
まだクスから借りたTシャツを着たままだけど、まぁいいか。
準備が整って、俺もクスの待つ外へと向かった。
「行こう、クス」
俺はクスと一緒に、家をあとにした。
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