63話 32歳鉄仮面、悪役からヒロインになる
どうしよう。
めちゃくちゃイケメンにヤバいこと言われちゃったんですけどお!!
で、でも私もう32歳よ!
若い子がからかってるだけよ、きっとそう!
仕事に真面目に取り組んで飲み会だって殆ど参加せずに、家に帰っても今後の自分のためにいろんな資格取ろうと勉強勉強勉強、たまに薄い本を嗜み……鉄仮面なんていうあだ名があるくらいのこの私がまさかそんな男性にナンパされるなんてあり得ないのよ!
そんな漫画みたいに若い子と私みたいなのが恋愛って……ファンタジーでしかないんだから!
落ち着きなさい私! 石田由佳理!
確かに今回の仕事はかなり異例。
美味しいご飯を出してくれるのであれば黙認、ではなくて問答無用で公認だなんていう普通ありえない件。
今後似たような状況、上の判断になったときは今回の私が行うこの監査が参考になる。
若い男の子にいいように言われたからってそれが甘くなっては駄目。
そもそも、この条件を持ち出した私もそれをよしとした上層部も甘々すぎるんだけど……。
この件については何か違和感が凄い。凄いけど、深く疑うことができない。
なんで私はあの時あんなことを言い始めたのかしら?
ともあれ、これが美味しくなければ身分証目をしようとしない、しかもその情報がどこからも出てこないこのイセっていう外国の子? が不当に働いているとして規模の大きな捜査が始まって……この甘々な頭も上司たちもきっと正常に戻る。
イレギュラーは嫌い。型にはまった仕事こそが正しい。
このお店には悪いけど、私の生き方がこれ以上ブレないためにこのチャーハンはまずい方がいい。
あくまで厳しく、辛口で、揚げ足をとるつもりで……。
「いただきます」
運ばれてきた海鮮チャーハンをレンゲで掬う。
できるだけ難癖がつけられるように、あら探しのために具材多めで。
「……。……。……。く、悔しい……。なんでこんな……。いえ、こっちのイカリングなら……。駄目! じゃあこっちの貝柱は……。なんで、なんでなの?」
「あ、あのお客様大丈夫ですか」
「……あなた、イセさん? って言うのよね? それはフルネーム?」
「えっと……水獣鳥イセって言います。年齢は20歳で……」
「ふ、ふふふ。何よそれ。そんな苗字あるわけないし、その見た目で20歳……。ありえない。ありえないけど……」
駄目。このチャーハンに欠点はない。
お出汁なのか旨味が強くて、だけど絶妙にパラパラで……。
海鮮だけじゃなくて野菜も豊富でとにかく具材が多いからお米の味が霞むんじゃないかと思ったけど、むしろ逆。
相乗効果でメインであるお米の、その甘味さえ感じられる。
強いて言えば見た目が真っ白というのがマイナスになる人がいるのかもしれないけど、それこそお店の戦略。
インパクトの強い見た目で、完全に他店のチャーハンとは別物。
比較対象を想起させないという強い意志がこの見た目から感じられる。
そういった差別化、さらには売れるという観点からもこの1皿は完成されている。
「くやしい……! でも……美味しいのおぉおっ!」
手が止まらない。
私そんなにいっぱい食べる方じゃないのにこれじゃ足りないくらいよ!
しかもなに? これ一皿で600円? こんなに具材一杯で? そんなのもう慈善活動じゃないの!
「やった……。やった、やったよ!!」
「あ、はは……。そうみたいだな」
いつの間にか厨房から姿を現していた店主。
そんな店主は胸に飛び込んできたイセちゃんを軽く抱きとめて微笑む。
なんていい光景なの……。
なんかこれじゃあ私が悪役みたいな……。
「あの。美味しいという言葉。ありがとうございます。私もそう言ってくださるお客様のことが好きですよ」
「……。何から何まで……。完璧すぎないかしら、このお店。……。その、あなたみたいな人は普通に、性格的にも好き、だから……。また来ます。今度は普通にお客さんとして。営業頑張ってください。……。あれ、頭が……。……。……。……。また今回の結果は正式に書面としてお渡しさせていただき、イセさんの年齢、出生等々の情報を役所にて登録させていただきますので別途送付される書類への記入をお願いします。また他の従業員の方たちに関しましても同様のことが可能ですから、お求めの場合はその書類をコピーし記載。役所に提出に来てください。それでは私は――」
「もう行ってしまうのですか? まだ物足りなそうな顔ですが……。マスター、彰さん常連さんにおかわりの中華そば、それと……食べますよね、おかわりの海鮮チャーハン」
「……はい」
また独断でありえない判断をしてしまった。
これ上に通らなかったら……いえ、絶対に通る。無理矢理通す。
……恋ってこうやって生まれるものなのね。
この人のお店は何がなんでも私が守るから。
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