37話 アンチ完封油淋鶏
「いらっしゃいませ! お一人様ですか? って卵スープの……。あ、あの、こちらへどうぞ」
最近混み合い過ぎてなかなか昼に来るのは難しくなっていたが、今日は奇跡的に空いているようだ。
いくらアイドルがたまに見れるとはいえ……やっぱりこの騒がしい雰囲気は苦手だ。
なんだかんだ昔はよかったな、ってコメして逆張り厄介客として若い人に叩かれたのも気分が悪かったし。
俺みたいなおっさん常連にはもうこの店は向いていないのかもしれな――
「ってあれ? お店、内装というか、こっち側なんてありましたっけ?」
「それが休みの間に店主がお客さんが増えてきたから、こっち側も解放したって……。私も急なことで驚いたんですけど、とにかくお客様みたいないつも一人でいらしてくれる常連のお客様はこっちに通すといいって……。あ、別に他のお席でもいいんです――」
「いや、こっちでいいです」
俺が卵スープを諦めて来店しなかったのは数日。
それに定休日が2日あったとはいえ……なんで別の通路ができてるんだ?
店の構造上、こんなところに通路があるのはおかしいぞ。
とはいえ、通路の先にあったこっちは向こうの声も聞こえないし、静かだな。
他人がラーメンをすする音も新聞を捲る音も食器と箸がぶつかる音も話声や笑い声にかき消されていない。
まるで別の店に来たみたいな、ここはただ黙々と飯を食うための場所。
広さは向こうと同じくらいあるし……増築したとはいえ、一体どんな魔法を?
「それではこちらへどうぞ。一応呼び出しボタンも用意しているんですけど、もうお決まりでしたらお伺いします」
「じゃ、じゃあ卵スープセット、それと唐揚げ、じゃなくて油淋鶏を単品で」
「かしこまりました。お水はセルフサービスになっておりますのでご自由にどうぞ」
「はい」
そうしていつもの注文をすると俺は席に着いた。
正直こういった場所を用意してくれたのは嬉しい、嬉しいけど……なんか弱点がなくなったみたいでちょっと悔しさが。店の良化は元アンチ心をくすぐる。
そうして揚げ足取りたい欲求が湧きだし、ついついあんまり美味しくないあの唐揚げから察するに、それ以上に難易度が高くてまずいだろう油淋鶏を頼んでしまったよ。
ボロクソに言う準備は整った。
はてさて、それといくら店が広くなって居心地がよくなっても、結局提供スピードが遅いようじゃ意味はなくて、それも批判の種になるが……。
「――お待たせしました卵スープセットと油淋鶏になります」
早いな。
新しくパートとバイトを雇ったようだが、それだけではここまで改善されるとは思えない。
もしかして、料理人を増やしたか?
となれば味に変化があるかもしれない。
これは上げ足取りチャン――
「相変わらず美味いな。このスープ。変わらぬ味だ。で、でも油淋鶏は……。な、なんで……」
美味い。
前食べたときのものよりも鶏肉が遙かに美味い。
何だこのジューシーさ。肉汁の溢れ方がおかしいぞ。
しかも大きいのが5個乗って200円。1個当たり40円……その値段で提供していいクオリティじゃない。
ああ。口の中で混ざる甘酸っぱいたれと肉汁が米を、米を食べずにはいられない。
なんだ、なんでなんだよ! 美味すぎるんだよちくしょーめっ!
こんなのまた来ちゃうじゃないか!
店主は……男性客を見限ったわけじゃ、なかった。
「それに、棒棒鶏と同じ作用もあるのか体が熱いし……ふふ、完敗だよ。これは俺の、アンチアカウントとは別の、フォロワー10万人、鬼嫁との付き合い方講座の投稿アカウントで拡散してあげ――」
「ごが」
「あ、水ありがとうございます。セルフサービスだって言ってたのに、気が利きま……。う、うわあっ!」
鳥頭の奇抜料理人と男性ウケ抜群の油淋鶏の投稿は案の定バズって、このもの静かな部屋は若手サラリーマンの熱気で包まれることとなったのだった。
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