第9話 沼田大王-ヌマタノオオキミ-
避難所に学生たちを引き渡すと、俺たちはまた移動した。
県庁方面に城が一つできているようだったので、そこへ向かった。
見えてきたのは三階建ての城だった。斉明女学院と同じ階数、似たような見た目。城郭階級は同じくらいのはずだ。
「今度は三人だから心強いな」
門の前に立って俺は言う。
「紅葉姉って戦力になってる? きょーいちの足とか引っ張ってない?」
「大丈夫、めちゃくちゃ助けてもらってるから」
「だったらいいんだけどね」
紅葉さんは何も言わず、
「解放」
静かに刀を出現させた。俺も同じようにする。椿姫の刀は金色の刀身を持っていた。
「敵を倒して手に入れたのか?」
「そうだよ。最初はその辺に刺さってたのを使ってたんだけど、こっちの方が性能いいから乗り換えた」
「乗り換えできるんだ」
「できなきゃやばいでしょ。最初に何を拾うかの運ゲーになっちゃうじゃん」
「確かに。でも、スキルとかついてたら捨てるのもったいなくないか?」
「スキルは引き継ぎできるよ」
「マジで?」
紅葉さんも「そうなの?」と同時に反応する。
「武器を持ち替える時に固有剣能を引き継ぐか聞かれるから「はい」って答えればいい」
椿姫はわかっている情報をまとめてくれた。
固有剣能は、同時に三つまでつけていることができる。
三つを超えた場合でも保有状態となり、城の中にいるとき以外は常時入れ替え可能らしい。
「すると、武器が弱くても固有剣能の数でカバーできるってことか」
「やれるだろうね。でも、できればモンスター倒した時に出た刀の方が能力高いよ。きょーいちも早めに持ち替えるべきかもね」
「そうか……」
せっかく、この旋風丸に愛着が湧いてきたところだったんだけどな。
「よし、行こう」
新しい情報をもらったところで、城の攻略にかかろう。
俺たちは正門へ向かって進んだ。
「門番はいないな」
「でも、侵入は察知されているはずです。気をつけましょう」
何事もなく門をくぐったが、すぐに足が止まった。
廊下は回廊になっていて、その真ん中に池ができているのだ。階段は回廊の奥。回り込んでいく必要があった。
「なーんか、嫌な予感がするよねえ」
椿姫がつぶやく。
「念のため、二手に分かれましょうか」
「そうだな。俺が一人で行くよ」
「あたし、きょーいちと話してみたいな」
「ちょっと椿姫っ、ふざけてる場合じゃないのよ!?」
「まだお互いのことよく知らないし、戦いの時に息を合わせたいじゃん?」
「駄目っ。私についてきなさい」
「あーもう、紅葉姉はお堅すぎ!」
紅葉さんに椿姫が引っ張られていく。
二人が左手へ進んだので、俺は右から回り込もう。
回廊の足元は板張りになっている。池とのあいだに柵などがないので、何かが突っ込んできたら遮るものがない。
俺は正面と池に意識を向かわせる。
こぽっ、と水の音がした。
激しい水しぶきが上がった。
巨大なサンショウウオみたいな異形が飛び上がり、俺に向かって突っ込んできた。とっさにジャンプして突撃を交わす。ぐしゃっ、と壁に穴が開いた。敵の左側面に着地してすぐに斬りかかる。
皮膚はぶよぶよしていたが刃が通った。切り裂いたところからどろどろと黒い液体が漏れる。
きゅあっ、と妙にかわいい声を上げて異形が反撃してきた。振ってきた尻尾を、俺は刀で受け流す。軌道のそれた尻尾が壁にぶつかってまた穴が開いた。
「伊吹さん、大丈夫ですか!」
紅葉さんたちが加勢に来てくれる。
「沼田大王ねえ……。変な名前」
椿姫はデータ画面を見ながら歩いてきた。
「椿姫、のんびりしない! あなたも戦うのよ!」
「へいへい」
椿姫が金色の刀を構え、突っ込んだ。ヌマタノオオキミは尻尾を合わせてくる。
椿姫は刀身で受けてはじいた。相手の脇腹に迫ると、下から切り上げる。俺の傷口に重ねる形になった。
さらに紅葉さんも同じ場所を攻撃する。三連撃で傷口が広がり、黒い液体がどぼどぼ溢れ出す。
ヌマタノオオキミはこちらを向いた。ぐっと体勢を下げて飛びかかってくる。
「うおおおおっ!?」
廊下が狭すぎて避けられない。
俺は相手の顔面に刀身を当てた。接触したまま一気に押し込まれていく。そのまま廊下の隅まで押されていって、
「ぐはっ!」
壁に激突させられた。
「伊吹さんっ!」
紅葉さんが側面から斬撃を浴びせた。ヌマタノオオキミは叫んで体をぐねぐね動かした。泥が飛び散る。
「うっ、痛っ……!」
紅葉さんは泥の当たった左腕を押さえた。制服が溶けて黒い煙が出ている。
「紅葉姉、下がって!」
椿姫がその横から前に出た。体勢を立て直したヌマタノオオキミが前足を振って攻撃してくる。椿姫は華麗に回避し、相手の右前足を切り裂いた。
きゅあああああ!
ヌマタノオオキミが口から泥のブレスを吐き出した。
椿姫は大きくうしろにジャンプしてかわした。そのまま、動けなくなっている紅葉さんの襟を掴んで引っ張る。
「紅葉姉、止まってると死ぬよ?」
「わ、わかってる……」
ヌマタノオオキミは四季園姉妹に突進していった。二人とも回避に専念している。
――チャンスだな。
俺は旋風丸を握り直してそっと近づいた。
固有剣能を発動させるにはここしかない。
俺は低い姿勢から突っ込んだ。ヌマタノオオキミの右の下腹。そこには俺たちが与えた斬撃の痕がまだ残っている。
旋風丸についた固有剣能〈傷口に塩〉は傷つけた部位へのダメージが増加する。狙うなら腹しかない!
ヌマタノオオキミが俺の接近に気づいた。だがもう遅い。俺は下段に旋風丸を構えていた。
「おらああああああッ!!!」
渾身の切り上げが腹に入った。
初撃とは比較にならなかった。
傷口が大きく裂けて中身が一気にこぼれだしてきた。
ヌマタノオオキミは絶叫してのたうちまわる。刀身より長い傷口ができて、臓物がこぼれだそうとしている。
「紅葉姉、いくよ!」
「ええ!」
ひっくり返ったヌマタノオオキミの頭に姉妹が迫る。
「せーのっ!」
二人の斬撃が左右の目を割るように入っていった。
紅葉さんの〈長緑〉からは蔦が飛び出し、椿姫の刀からは雷撃がほとばしった。
それぞれの属性が発動している。
衝撃でヌマタノオオキミの巨体が跳ね上がり、そして動かなくなった。
全員、刀を構えたままでじっと様子を窺う。ヌマタノオオキミが復活する気配はなかった。
「……倒したな」
「きょーいち、かっこよかった! 好きになっていい?」
「えええ!?」
「こらっ、椿姫! ふざけないで!」
「紅葉姉は今のきょーいちを見て何も思わなかったの?」
冷静に問いかけられて、紅葉さんが固まる。
「……かっこよかった、です」
ものすごく恥ずかしそうに言う。かわいいな……。
「あ、きょーいち赤くなってる。どっちの言葉に照れたんでしょうねえ」
「て、照れてねえし」
「わかりやすいんだよな~」
にしし、と椿姫は笑った。小悪魔め。
「と、とにかく一階のボスは倒しましたし、上を目指しましょう」
「そ、そうだな。行こう行こう」
「二人で話を逸らそうとする。息が合ってますね~」
『合ってない!』
俺と紅葉さんは同時に叫んだ。そして、お互いの顔を見合わせた。椿姫はずーっと笑っている。
「息、マジでぴったりじゃん」