第4話 突入
「約束事を決めておこう」
四季園さんを落ち着けるべく、俺は言った。
「勝手に突っ走らない。進む時は、お互いが無事であることを確かめてから行動」
「そうですね。無茶はしません」
四季園さんはスカートのポケットから、日本刀のキーホルダーみたいなものを出した。
「解放」
彼女がつぶやくと、刀が一瞬で大きくなった。さっき手に入れた〈長緑〉だ。そういえば見かけないと思ったが……。
「そうやって収納できるのか」
「ご存じなかったんですか?」
「神様の説明が少なすぎるんだよ」
「能力画面の横に色々な説明が載っていますよ」
「マジ? そんなヘルプ機能ついてんの?」
「ええ」
情報弱者が戦場で取り残されるのは必然だなあ。やられる前に気づけてよかった。
「収納」
四季園さんが左手を掲げてつぶやくと、鞘だけが小さくなった。
「これで場所を取られません」
俺もさっそく「収納」とつぶやいて鞘をしまった。
「よし、突入!」
俺が先頭に立ち、うしろから四季園さんがついてくる。
入り口の門は開きっぱなし。そこを抜けると、正面に長い廊下が見えていた。が、どう考えても長すぎる。空間が歪んでいるとしか思えない。
廊下には途中に左右へ進む分岐ルートがある。
「どうする?」
「勘ですが、右へ行ってみましょう」
まずは四季園さんの感覚を信じよう。
俺は右に折れた。壁は白く、床は木の板でできている。角を曲がった。
――制服姿の女の子が立っていた。
「山川さん!」
四季園さんが駆け寄ろうとして硬直した。
女の子は、よく見ると首を巨大な手に掴まれていた。
ドス、ドス、と足音がして、餓鬼が大きくなったような異形が姿を現す。女の子の体が床から離れる。体がだらりと垂れた。あれは、もう……。
俺はすばやくデータ画面を開き、敵の情報を照会した。
「餓鬼王……。ランクとしては昨日のハゼカイナより一つ下か」
上位種というものが存在するようだ。
「許さない……」
四季園さんの声が震えていた。
「山川さんを離せええええええッ!!!」
四季園さんが刀を構えて突っ込んだ。
「おい、無茶は駄目だって!」
俺もすぐに追いかけた。
餓鬼王は女の子をその場に落とし、太い両腕を振るってきた。手首に腕輪がついていて、四季園さんの刀はそれではじかれた。廊下はあまり広くない。刀は不利だ。
「壁にぶつけるなよ!」
「わかってます!」
四季園さんは連続で斬撃を繰り出し、餓鬼王と打ち合った。相手は腕輪でしっかり受けてくる。
グアアアアアア!
餓鬼王の咆哮で四季園さんがよろけた。相手の右ストレートが襲いかかってくる。
「させるか!」
俺は割り込み、刀身で拳をそらした。相手の攻撃を受け流すのは、俺の習っている月山流の基本戦術だ。
今度は俺が反撃していく。斬撃は受けられるが、相手を後退させている。
ふわっと、餓鬼王の背後に影が踊った。四季園さんが相手の頭上を飛び越えて背後を取ったのだ。
「消えてもらいます」
そんな声が聞こえ、餓鬼王の胸から刀身が突き出てきた。
ぐおおおおお……。
餓鬼王の動きが鈍った。これは〈長緑〉の固有剣能、〈絡み蔦〉の効果だ。斬った相手の動きを鈍らせる。仕留めるなら今しかない!
「おらああああああ!!!」
俺は跳躍し、脳天に刀を振り下ろした。
餓鬼王の頭が真っ二つに裂けて、血ではなく黒い瘴気が大量に噴き出した。
相手の巨体が倒れ、動かなくなった。
「……やりましたね」
「ああ、しっかり勝った」
俺は深く息を吐いた。四季園さんはハッとした顔になり、倒れている女の子に駆け寄った。
「山川さん、山川さん」
倒れたままの女の子に、四季園さんは声をかけ続けた。だが、返事はない。四季園さんは首筋に指を当てた。その瞬間、すべてを悟ったようだ。
「う、うううっ……!」
四季園さんが女の子の横にうずくまって、床を拳で叩いた。
「絶対に許さない……。許さないから……」
四季園さんは刀を手に立ち上がった。涙をぬぐい、決意に満ちた顔を俺に向けてくる。
「みんな殺されたと決まったわけではありません。生きている人がいるかもしれませんし、探すのを手伝っていただけますか」
「ああ、やろう。そのために来たんだ」
ポーン、とあの冴えない音が聞こえた。あらためてステータスを確認する。
――――――
伊吹恭一
体力175
攻撃56
防御50
敏捷52
技巧50
――――――
体力は減り続けているが、攻撃が確実に上がっている。いつになったら固有剣能は解放されるんだ?
「進みましょう」
今度は四季園さんが先頭になって、廊下を歩き出した。俺は後方を警戒する。
廊下の突き当たりに階段があった。俺たちはアイコンタクトを交わし、階段を上っていく。
二階に出ると、すぐ左手に畳の敷かれた広間があった。
「うあ……」
四季園さんが呻いた。
広間には学生たちが五人も倒れていたのだ。近くに金管楽器があるところから見るに、ここはかつて吹奏楽部の部室だったのだろう。
「敵は……いませんね」
四季園さんが内部を確認してから走り出した。一番手前の女子の首筋に指を当てる。
「い、生きてるっ……!」
四季園さんが嬉しそうな声を上げた。
俺も若干の背徳感を覚えつつ女子生徒の首筋に指を当ててみたが、ちゃんと脈打っているのが伝わってきた。大丈夫だ。
「気を失っているだけらしいな」
「よかったぁ……」
女子五人、全員の生存を確認した。運ぶのは難しいので、ひとまず仰向けで並べて横にさせてやる。
四季園さんがステータス画面からデータ画面に飛んだ。
「最下層を突破するとお城の情報が解放されるみたいですね」
「どんな感じなんだ」
「城郭階級〈1〉と表示されています」
「じゃあ、一番しょぼい城ってことか?」
「そのようですね。階級は10が上限、と」
「1でこれなのか……」
「一人で突破するのは無理ですね。助けなきゃいけない人もいますし、手が回らない」
その通り。二人でもきついくらいだ。
「〈配置戦力・小〉とも書いてあります」
「確かに少ない。今のところ餓鬼王とぶつかっただけだしな」
「三階にボスがいる可能性は高いですね。あまり詳しくないのですが、大将は最上階にいるものなのですよね?」
「まあ、基本的にはそうじゃないかな」
ゲームでも、ボスはダンジョンの一番奥にいると相場が決まっている。
「大将を倒せば、学校は元に戻るでしょうか」
「俺はそうなると思うな」
ネガティブなことは言わない方がいいだろう。
「踏破ボーナスで一気に能力上がらないかな」
「それは期待しすぎない方がいいかと。お城のレベルも低いようですし」
「ま、期待すると裏切られた時ダメージでかいか」
「そうですよ」
ははは、と二人で笑い合う。ただ俺には、四季園さんが無理して笑っているように見えた。友達の死を見せつけられたのだ。いつも通りでいられるはずがない。少しでも力になってやりたいな、と思った。