第3話 索敵
師範はやはりいなかった。
俺と四季園さん、救出された女性の三人は、道場の板の間でしばらく休息を取っていた。
翔太郎さんは道路に出て、通りかかる人がいないか待機している。
「私、四人姉妹の三女なんです」
座布団の上にちょこんと正座して、四季園さんは言った。
「お姉さまが二人と、妹が一人いるんです。でも連絡が取れないから、どうすればいいのかわからなくて……」
お姉さま、か。
どこかのお嬢様なんだろうな。たたずまいもそんな感じがする。
「家はどこに?」
「市役所の向こうです。家は剣道の道場をやっています」
なるほど、剣道を習っているのか。俺より攻撃や敏捷数値が高かった理由がわかった気がする。……でも古武術は剣道より実戦を意識した鍛錬をしている。それなのに俺の方が弱いなんて。
四季園さんは選ばれた側に立っている。そのうち戦うとか言い出すんじゃないだろうか。俺はそこが心配だ。だって、さっきの光景を見たらさ……。
餓鬼は創作に出てくるゴブリンと大差ない見た目をしていた。あいつらが集まって四季園さんに襲いかかったら。想像するだけでも恐ろしい。
しばらくお互いに黙っていると、翔太郎さんが大学生っぽいメガネ男子を連れて道場に入ってきた。
「この人は長野駅前から来たそうだ。どうもおかしなことになっているようだな」
「どういうことですか?」
「駅前に、いきなり城みたいなものができたんだよ」
メガネさんは震える声で言った。
「城って、あのお城のことですか?」
「ああ。駅舎が黒い霧に飲み込まれたと思ったら、いきなり巨大な城が現れたんだ。戦国時代の城にそっくりで……そこから化け物がうじゃうじゃ出てきた」
翔太郎さんは腕組みして考え込んでいる。
「つまり、長野市を救うためにはその城を潰さなければならないんだろうな」
ゲーム的な発想でいけばそうなる。
「敵が湧いてるんですから、大元を断ち切ればなんとかなりそうですよね」
「だが、普通の城とは思えない」
「同感です。絶対ダンジョンみたいな構造になってますよ」
「……あいつら、攻略にかかっていないだろうな?」
俺は返事ができなかった。
他の兄弟子たちは今どうしているか。城の存在に気づいて、無謀な突撃を試みているのではないか。ありうる。
「あのテンションなら突っ込みかねないですよ……」
「今から追いつくのは難しそうだな」
翔太郎さんは深いため息をついた。
「もうすぐ夕方だ。夜に行動するのはやめた方がいいだろう。休憩して、万全の状態で城に向かう」
「俺と翔太郎さんで、ですね」
「いや、恭一は街中の敵を倒していけ」
「えっ、翔太郎さん一人で行くんですか!?」
「厳しいことを言うが、恭一の能力で城に入るのは危険すぎる」
「う……」
「お前は街をうろつく敵を倒して、まず固有剣能を解放するんだ。そうすれば一緒に戦えるようになるさ」
「……はい」
うなずくしかない。
「しかし、こうやって能力だのなんだのが出てくると和風アクションゲームのようだな」
「ですね。神様は何がやりたいんだか」
「まったくだ」
俺たちは苦笑した。
†
他に人は現れなかった。
俺たちは道場に布団を敷いて雑魚寝した。地震は最初の一回だけで、二度目はなさそうだ。
翌朝、起きてみるとメガネ男子――高山さんが道場の入り口に座っていた。
「高山さん、おはようございます。翔太郎さんはまた外ですか?」
「もう出発したよ」
「なっ!?」
俺になんの言葉もかけずに?
「恭一君は城に近づかず、街にいる敵を倒せってさ。伝言を頼まれた」
「そう、ですか……」
「残念そうだね」
「俺、せっかく武術を習ってるんだからもっとやれるって思ってたんです。でも想像以上に雑魚でした」
「俺は選ばれなかったみたいなんだけど……そういう能力って成長するんじゃないの? まだ諦めるには早いと思うよ」
「そ、そうですね」
翔太郎さんの無言の出発でだいぶ落ち込んでしまっていた。
「俺、少しでも敵を倒してきます」
「だったら朝ごはん食べて行きなさいよ~」
道場の反対側から明るい声が聞こえた。茶髪の女性がエプロンをして縁側に立っていた。
「昨日は助けてくれてありがとね。あたし、新村秋帆。大学二年生」
「伊吹恭一。高三です」
「あたしは戦う力なさそうだから、ここからサポートさせてもらうね。って言ってもご飯作るくらいだけど」
「それだけでもすごく助かります」
「よかった。出かけるんだよね?」
「はい」
「じゃ、食べてって。勝手に冷蔵庫漁っちゃいました」
俺はお言葉に甘えて、師範の家の台所でご飯と味噌汁だけの簡単な朝食を取った。
昨日は家に帰れなかった。父さんや母さんはどうしているだろう。学校の仲間たちも。早く敵を壊滅させてみんなに会いたい。
俺は昨日手に入れた旋風丸を左手に持って、道場を出ようとした。
「伊吹さん!」
制服のままの四季園さんが追いかけてきた。黒のブレザーにピンクのブラウス、赤いリボン。柄のない黒いスカート。よく見たら斉明女学院の制服だ。長野県でも有数のお嬢様高校である。
「私も行きます」
やっぱり来たか。
「四季園さんは武器がないだろ。危ないよ」
「それを探しに行きます。私、能力値としては伊吹さんといい勝負のようなので」
「うぐ」
そこを指摘されると反論できない。
「あと、行きたい場所がありまして」
「どこ?」
「斉明女学院です。妹も同じ高校に通っていて、いつも遅くまで学校に残っているんです。巻き込まれた人がいるなら助けたくて」
「そっか……」
地震が起きたのは昨日の夕方。あの時間帯なら、部活をやっている生徒が学校にいたはずだ。友達や先生たちがどうなったのか、何もわからない。
高山さんと新村さんを道場に残すのは心配だったが、ずっと動かないわけにもいかない。二人には隠れていてもらおう。
「とりあえず、行ってみようか」
「ありがとうございます! 足を引っ張らないよう頑張ります」
四季園さんは拳を見せてきた。ちょっとかわいい。
†
俺と四季園さんは街へ繰り出した。
餓鬼の死体が見当たらない。昨日は兄弟子たちがボコボコにしまくったはずだが。
「時間が経つと死体が消えるようですね」
四季園さんはずっとキョロキョロしていた。
「あっ、餓鬼がいます」
雑居ビルの陰から三匹の餓鬼が出てきた。
――やるか。
俺は旋風丸を抜いて走った。向こうがこちらに気づいた。だがもう遅い。俺は強く踏み込んで、一瞬で三匹の後方に抜けていた。
背後で餓鬼どもの首が宙に舞う。よし、一気に三匹撃破だ。
ポーン。
なんだか味気ない音が聞こえた。ステータス画面を開かないといけないような気がする。
俺は画面を出した。
――――――
伊吹恭一
体力200
攻撃52
防御50
敏捷51
技巧50
――――――
「上がってる!」
ちょっとした変化だが、確かに能力が上昇した。これで全部平均とはおさらばだ。いい傾向だぞ。
四季園さんががれきを越えてやってくる。
「この通りは昨日、皆さんが制圧しましたよね。敵は他の通りにいるのかもしれません」
「確かに。行ってみよう」
俺たちは、昨日逃げ込んだ雑居ビルの方向へ歩いた。こっちでは兄弟子たちに会っていない。つまり能力者は誰も来ていないはずだ。
「お……」
自販機の上に奇妙な生き物がいた。
見た目は小さくなった街路樹。頭に葉を茂らせ、枝の部分が両手のようになっている。その先端は鋭く、槍に等しい。ちゃんと両足もあって、自販機をぐしゃぐしゃ踏んでいる。
「並木坊、ですね。弱点の情報はまだ解放されていません……」
四季園さんがデータ画面を開いていた。
おおおお……。
ナミキボウが呻き声を上げた。口がないのにどこから音を出している?
相手はわずかに足を曲げると、ものすごい跳躍力を見せてきた。一瞬で左側面を取られた。
「ちっ!」
突き出された右手を、俺は刀身で強引に受け流す。
ナミキボウは連続で突きを繰り出してくる。斬撃より遙かに受けづらい。俺はどんどん後退し、ビルの壁際まで追い詰められた。
おおお!
相手が叫んで右手を突いてきた。俺は上半身をひねって回避する。右の槍がビル壁に突き刺さった。その隙に、俺は横へ走った。
「伊吹さん、こちらへ!」
街灯のうしろで四季園さんが手招きしている。俺がそこまで走ると、彼女は「えいっ」と何かを投げた。
くぐもった悲鳴が聞こえた。
ナミキボウの体が炎に包まれていた。
「ど、どうなったんだ?」
「炎の属性珠というものを拾ったので、木には火かな……と思って」
「なるほど」
属性相性みたいなものが存在するようだ。
ともかく相手は炎に焼かれてのたうちまわっている。今こそ好機!
「うおおおお! 一刀両断ッ!」
俺は大上段から旋風丸を振り下ろした。
全力の一撃はナミキボウの細い胴体を真っ二つに切り裂いた。
餓鬼が大量に湧く雑魚敵だとしたら、俺は初めて名のある敵を倒したことになる。
四季園さんとの協力プレーだ。
ボン、とナミキボウの体から煙が噴き出した。死体が消えて、そこには一振りの刀が残されていた。
モンスターから武器をドロップ。ますますゲームだな……。
「四季園さん、それ使って」
「い、いいんですか? 私ほとんど仕事してないのに……」
「いやいや、四季園さんがあいつを焼いてくれなかったらきつかったよ」
「そ、そうですか。では……」
四季園さんは恐る恐るといった様子で刀を掴んだ。緑色の、蔦のレリーフが入った鞘。おしゃれだ。
――――――
〈長緑〉
・武器攻撃力7
・保有属性〈植物〉
・固有剣能〈絡み蔦〉
攻撃を当てた際、相手の動きをわずかに鈍らせる。
――――――
「最初から剣能が解放されてる……。いいなあ」
「や、やはり伊吹さんが使うべきものです! 私にはもったいないです!」
「わっ!」
四季園さんがむりやり刀を押しつけてきた。
「ぐわあああ!?」
だが、それに触れた瞬間、俺は激痛で倒れ込んでいた。
『持ち主が確定した武器の譲渡は許可されておりません』
あの、こもった女の声が頭に響く。
どうやら、最初に武器に触れた人間が所有者となるようだ。
「い、伊吹さぁん……私、伊吹さんにひどいことを……うう……」
「な、泣かないで。知らなかったんだから」
俺はなんとか立ち上がった。体力が200から181まで減っている。つまりこれってプレイヤーキル的なことも起こせるんですかね?
「せっかくいい刀を手に入れたんだ。四季園さんにも活躍してもらうよ。それで今のことはチャラにする」
こういう時は下手に慰めない方がいい。
「は、はいっ。頑張ります……!」
「とりあえず、二人とも武器は手に入れたな。これから斉明女学院へ向かおう」
「少し距離があるんですよね。どうしましょう」
四季園さんは周囲を見回した。
「あっ、あそこに自転車があります。ちゃんと返すということで拝借できないでしょうか?」
意外に大胆なのね。
「よし、俺が漕ぐよ。うしろに乗って」
「お、お願いします!」
俺は道端に転がっていた自転車を起こして乗った。四季園さんがうしろに座ったのを確認すると、ゆっくり漕ぎ出した。
――やっぱり、身体能力が上がってる。
いくら武術を習っていても、自転車の二人乗りで漕ぎ始める時なんかは重さを感じるものだ。それがなく、スッと動き出すことができる。戦うための体ってわけだ。
がれきはあちこちにあったが、自転車はパンクすることなく走った。
長野市役所のある通りに出て、少し西に走る。次は北上して、観光名所でもある善光寺の方へ進んだ。逆方向へ走ると、問題の長野駅にぶつかる。市民の数はまばらだ。
「あっ……!」
四季園さんが声を上げた。その意味が俺にもわかった。
正面に赤黒い霧をまとった城がそびえていたのだ。位置的に、斉明女学院の建っている場所で間違いない。
「そんな、学校が飲み込まれた……?」
「四季園さん、スピード上げるよ。しっかり掴まってて」
「わ、わかりました」
俺はグイグイ漕いで、一気に校門の前までやってきた。
校門だけが残っていて、その向こうには黒々とした入り口が待っていた。門番はいない。
三階まであり、建物全体が赤黒い霧に包まれている。
もう、明らかに魔物の巣窟といった印象だ。
「四季園さん、どうする?」
彼女は、覚悟を決めた顔をしていた。
「逃げ遅れた人がいるかもしれません。――入ってみます」