推理
ウォルフの指示で、ラッセルに連絡が行かないよう受付嬢を引きつけていたブルースは、遅まきながら到着して2日前の出来事を思い出していた。
ーー2日前、ウォルフは電話でレックスにあることを尋ねた後、明後日の会合に自分たちを手引きするよう指示をしていた。そして今日レックスの従業員という名目で受付を通り過ぎ、このビルに忍び込んだのだ。そして現在、お前のことだから事前に教えると先走るからと今まで教えてくれなかった犯人を、ウォルフは名指しする。
「ラッセル・アルフ・テイラー、アンタだよ」
仮面の相棒がラッセルを指差す姿に、ブルースは目を瞬かせる。兄弟どちらも否定してDNA鑑定でも判別不可能。なのにこの男はどうやって犯人を特定したのだろう。
「ウォルフさん、ケイトちゃんの相手の男は、ラッセルなんですか?」
「そうだ」周囲が動揺する中、ウォルフはこともなげに言う。
「デーーデタラメだっ‼︎」ラッセルはソファーから立ち上がると、逆にウォルフを指差し返す。「いい加減なことを言うな、精神疾患の狂人が! 名誉毀損で訴えるぞ‼︎ だいたいその小娘とは数日前にレストランで初めて会ったんだぞ」
「ああ。その話は相棒から聞いたよ。でもそこで、アンタは分かりやすく嘘を吐いてたじゃねえか」
「嘘だと?」
「そうか!」ブルースはグッと拳を握ってウォルフの言わんとすることを理解する。「ラッセル、アンタは自分を金属アレルギーだと言っていた。しかーし、金属アレルギーなら指輪を嵌めていられるハズが無い! 言い逃れはできねぇぞ、アンタは間抜けにも今も指輪を嵌めているんだからな! ウォルフさん、そう言うことですね?」
「全然違う」自信満々なこちらを、ウォルフはバッサリと切り捨てる。「それは単にあの指輪が、金属アレルギーを起こしにくいチタンとかジルコニウムで作られてるってだけだろ。仮に金属アレルギーじゃなかったとしても、それはこの事件になんら影響は無ぇ」
ウォルフの推理に、ブルースはスッテーンとカーペットにひっくり返った。
そんなこちらを無視して、ウォルフは何事もなかったかのように話を戻す。
「ラッセル、アンタレストランに着いた時、ケイトを指して『そちらのお嬢さんを私が強姦したとフロントで嘘を吐いた』って言ったそうだな。でも俺の相棒は『アンタに強姦された女性がが会いに来た』としか言ってないんだぜ? ケイトの横には同い年のイズミもいた。なのにどうしてケイトが強姦された女だと判断できるんだよ」
ウォルフの推理に、ブルースは確かにと声を漏らす。言われてみればなんてことは無い。ラッセルは最初から、自分が犯人だと明かしていたのだ。
しかしウォルフの話に、ラッセルは歯軋りして馬鹿馬鹿しいと言い放つ。
「そんなの偶然に過ぎないだろう。たかが確率2分の1で当てただけの話じゃないか! そんなもの証拠にはならんっ‼︎」そうしてキーキーとネズミのように喚き立てるラッセルの姿は、数日前に見た落ち着きのある姿とはかけ離れていた。
「そうかまだ認めてくれねぇのか。ならしょうがない。お望み通り明確な証拠を見せてやろうじゃねえか」
ウォルフが手を差しだので、ブルースは自分が預かっていた書類を手渡す。
「これはケイトが性交渉をされた部屋に残っていた証拠品と、先日お前ら兄弟からくすね盗った物品のDNAを鑑定、比較したもんだ。結果はビール瓶、ワイン瓶の注ぎ口、及びグラスに付着したDNAは、お前ら兄弟のそれと一致した」
「私たち兄弟と一致したからなんだ! それなら相手の男は私ではなく、一卵性双生児である弟が犯人ということだろう!」
「兄さん……」兄に指差されてレックスは狼狽える。
しかし狼仮面の探偵は一切狼狽する事なく続ける。
「問題は、ワインの注ぎ口からお前らと同じDNAが検出されたことだよ」ウォルフはそう言うと、レックスに顔を向ける。「レックス、アンタこの前うちのブルースが土産に持ってきた缶詰めを食べなかったらしいけど、それは何でか教えてくれるか?」
「それはーー」全員の視線が集まる中、レックスはゆっくりと口を開く。「僕が、ブドウアレルギーだからです」
「ブドウアレルギー? 金属アレルギーじゃなくて?」こちらの素っ頓狂な声に、レックスは無言で頷く。
「ブルースの話の中で、レックスが実家のワイン農家を離れたのは『食べ物が口に合わなかったから』って答えてただろ。それが気になってな、電話で本人に訊いてみたんだ。そうしたら自分はブドウアレルギーだから、ブドウから作られるワイン農家で暮らすのは辛かったと教えてくれたよ。それから、責任を感じるといけないからと、家族にはずっと秘密にしていたこともな」
「ば、馬鹿なーー……」ウォルフの話に、ラッセルは空いた口が塞がらなくなっていた。
「でもウォルフさん、その2人は一卵性双生児なんすよね? なのに違うアレルギーを持つなんてことがあるんですか?」
「一卵性双生児だとしても、必ずしも同じアレルギーを発症するとは限らねえんだよ。2人ともアレルギーを発症する確率は、50〜60%程度と言われている。実際レックスに昨日血液検査を受けてもらった所、金属は陰性だったが、ブドウに対しては強いアレルギー陽性だったよ。ワイン一口程度で蕁麻疹や吐き気、頭痛が起こる程にな。そうだろ?」
狼の仮面に見られて、レックスはそうですと頷き、ケイトに目を向ける。
「あのホテルでの夜、僕は彼女に一目惚れしました。でも田舎者の自分なんかに好かれても、彼女の迷惑になると思って話しかける勇気が出ませんでした。でも諦めきれなくて、お酒を飲んで声をかけようと思ったんです。でもうっかりワインを飲んだことで気分が悪くなり、その後の記憶はありません」
「つまり、問題の部屋に残っていたワイン瓶の瓶口からお前たち双子のDNAが検出されたなら、それはブドウアレルギーを持たない兄ラッセル、お前しか有り得ないってわけだ!」
ウォルフの推理に、ラッセルは膝から崩れかける。
「……いや、いや! 例え私があの部屋にいたと立証されても、それは私がその小娘を犯した証拠にはならないだろう! そうとも! 私が犯ったという証拠など、どこにも無いんだ‼︎」ネズミのように顔をひきつらせて、ラッセルは見苦しく言い訳をする。
「テメエいい加減にーー!」
「証拠ならありますよ」驚く全員が見つめる先で、ケイトは少し怯えながらもラッセルに目線を向ける。「1週間ほど前に分かったけど、私、妊娠してるんです。その子のDNAを調べたら、間違いなくあなたのDNAと一致するはずですよ」
「そ……そんな…………!」ケイトの告白に、ラッセルは今度こそ膝から床に崩れ落ちたーー。