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〜田舎のネズミと都会のネズミ〜  作者: 丹羽 カメゾウ
8/11

いざネズミ退治へ

 2日後、ブルースの運転するモーリーがラッセルの勤めるビルの前に到着した。車の後部座席にイズミちゃんとケイトちゃんが、そして自分の左隣には、狼の仮面を付けた探偵が座っている。ケイトは初見のウォルフに少しおっかな吃驚(びっくり)なようだが、当の本人は腕を組んで目を閉じている。

 この2日間自分なりに考えてみたが、ラッセルとレックスのどちらが犯人なのか答えは出せなかった。近代的なDNA調査でも結論が出なかったのに、この男はどうするつもりだ?

 ブルースはチラリと隣の男を見るが、ウォルフは薄目を開けてマイペースで伸びをする。

「そんじゃ、行きますか。ケイトちゃんが幸せになるために!」ビルに乗り込もうと、ブルースはドアノブに手をかける。その時ーー

「童話の」ウォルフが突然声を発し、一同の動きが止まる。「"田舎のネズミと町のネズミ"は、教訓話としてよく使われるよな。幸せは人それぞれだとか、贅沢な生活と引き換えに危険を伴うよりも質素でも安全な生活の方が良いとか。そこで訊くが、お前たちにとって幸せとは何だ?」

 ……は? いきなり何を言ってるんだこの男は? 統合失調症の人間は話があちこちに飛ぶことがよくあると聞くが、それのせいなのか? ブルースの脳内に、大量の?マークがネズミの大群のように押し寄せる。

 それでも懸命に考え、ブルースが口火を切る。

「やっぱり、好きな女の子と一緒に暮らすことですかね。まぁ俺の場合、出会った娘全員好きなんですが」

「好きな人との結婚は確かに幸せの1つの形でしょうね」それからイズミは真面目に答えようと、う〜んと唸って考える。「他にはお金に余裕があるとか、健康に生きる、後は友だちが多いこと、とかですか?」

「成る程。アンタは?」ウォルフはバックミラー越しに、ケイトに視線を送る。

「私、私は…………わかりません」腹部をさすりながら、ケイトは俯いてボソボソと答える。

「ふぅん」そのままドアを開けると、ウォルフはビルへとザッザッと歩を進めていく。「そんじゃ、歪な物語に幕を引くか」




 周りの建物が眼下に見える景色、広い部屋に明るい照明、ふっかふかのソファー、天然木のローテーブル。いつも田舎で生きる自分には縁のない景色に気遅れしながらも、レックスは渡された書類に目を通す。学が無い自分にはよく分からないが、それでも後で迷惑をかけないようにしっかりと目を通す。

「ーー兄さん、これは」レックスは机の向かいに座るラッセルと隣に座る彼の上司ーー挨拶では常務とかいう、自分には聴き馴染みのない役職を言われたーーを交互に見る。「毎月の出荷数、今の3倍って書いてあるんだけど……」

「何か問題でも? お前は儲かる、ここ(ロンドン)の人もお前のビールを飲める、、我が社(うち)も儲かる。みんなが幸せになれる。心配しなくても、契約したらこっちの資金提供であの工場を拡大するから大丈夫だよ」

 確かにそうかもしれない。しかし生産量を3倍にして今の品質が保てるのか……。でも儲けが増えれば従業員も豊かな生活をさせてあげられるだろう。いやでも……。

「〜〜〜〜〜〜‼︎」中々踏ん切りがつかないレックスは、すいません、と頭を下げて持参したビールの栓を開けてラッパ飲みする。どうしても決心がつかない時、レックスはよくお酒の力を借りていた。あの夏の夜、ポニーテールの女子に声をかけようと思った時のようにーー。瓶を4分の1ほど飲み干して少し顔を赤らめると、レックスはペンを手に掴みサイン欄に腕を近づける。その時ーー

「ちょっと失礼っ!」

 不意に聞こえた大声と共に、扉がバンッと蹴破られる。部屋にいる全員の視線が集まる中、左顔を狼の仮面で覆った男がずかずかと現れた。

「な、なんだ君は⁉︎」ラッセルの上司は驚きながらも、毅然とした態度で男を牽制する。

 しかし男は何も言わずズカズカとこちらに近づく。そしてこちらとラッセルに視線を走らせて、書類を取り上げる。

「ーーオイオイ、これぼったくりじゃねえか?」仮面の男はこちらを見ると、淡々とそう告げる。「工場側(レックス)からの買い値は今の売り値に少し足した程度で書いてるが、会社側(ラッセル)はそうやって買い占めたビールを今の倍以上の値段で売り捌くハラだぞ。レックス、売り値をもっと釣り上げないとお前だけ損することになるぞ」

 男の言葉に、レックスは兄に怪訝な目を向ける。

「兄さん、そうなのかーー?」

「し、失礼な! レックス、こんな男のデマカセを信じるな」

「デマカセとは心外だな。俺の相棒がさっき仲良くなった女社員から聞き出したばかりホヤホヤの事実だぜ。ま、無責任に女と寝る男が損しようが儲けようが、正直興味無いから良いけどよ」

「さっきから何を言っている! 君は誰だ⁉︎」

 常務に尋ねられて、男は仮面に手を当ててニヤリと笑う。

「気にすんな、ただの探偵さ。いや統合失調症だから、ただのって言うのは違うか?」

「探偵? 探偵がここに何のようだ?」

「ネズミに会いに来ただけさ。都会に来たら幸せになれると思い込んでいる間抜けなネズミに、な」

「何の話だ? いやそれ以前にどうやってここに入り込んだ!」上司は事態が飲み込めず、探偵に食ってかかる。

「事情がややこしいんでな。この部屋にいる男に手引きしてもらったんだ。受付嬢は俺の相棒と仲良くお喋りしてるよ」男はそう言うと後ろをクイッと指差す。よく見ると扉の先の廊下で、無精髭の男がここまで付いて来た受付嬢に名残惜しそうに手を振っていた。

 その無精髭の男に続いて、2日前に出会った女子たちが部屋に入って来た。そのうちのショートカットの女子を見た瞬間、レックスの心臓はドキリと鐘を打つ。

「この女、ケイトは今年の8月にあるホテルで男に抱かれて子どもを身籠った。しかしその相手がすっとぼけてやがるので、観念してもらおうと参上したわけさ」

 男の言葉に、レックスの心臓の鼓動は更に早まる。

「その相手はーー」男はまるで童話を読み聞かせるように、ゆっくりとした口調で続ける。

 嫌だ。やめてくれ、聴きたくないーー!

 目を背けたいレックスの前で、仮面の男はスッと人差し指を前に向ける。

「ラッセル・アルフ・テイラー、アンタだよ」

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