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〜田舎のネズミと都会のネズミ〜  作者: 丹羽 カメゾウ
6/11

都会のRAT

 日が沈みだした夕刻、ロンドンに戻ってきたブルースたちはイズミの道案内で兄ラッセルの働く会社へと到着した。

 大手酒造メーカーと聞いていたので、ブルースはてっきりレックスのいた工場の様な建物をイメージしていた。しかしこちらの眼前には、それとは真逆の近代的なガラス張りのビルがそびえ立っている。

「でも、どうやってラッセルに会うつもりなんですか? 弟と違って、兄はこの会社の次長として立場のある人間たちですよ。会う予約も入れていないのにーー」

「ま、なんとかなるって」ブルースはシートベルトを外してビルの入り口へと向かう。


「お引き取り下さい」レックスに会いたいと伝えると、受付嬢はこちらにキッパリとそう言い放つ。「予約(アポ)無しで来られた方をお通しするわけにはいきません。お引き取り下さい」

 当然ながら全く取り合わない受付嬢に、ブルースはやれやれと肩をすくめる。女性(レディ)を困らせるのは趣味じゃないが、仕方がない。

「それじゃーレックスさんに伝えて下さい! 8月の試飲会の夜にアンタが強姦した女性が会いに来たって‼︎」

 わざと張り上げたブルースの大声に、ロビーにいた会社員や他の来客の目が一気に集まる。

「あーあーこっちは穏便に済ませたかったんだけどなー‼︎ でも会えないんじゃー仕方がないっすね! 2人共、新聞社に行きましょー」そう言うと、ブルースはイズミたちに手を添えて出口へと向かう。

「しょ、少々お待ちくださいーー!」新聞社という単語を流石にまずいと思ったのか、受付嬢は慌ててこちらを呼び止めてどこかへ連絡をとる。


 それから程なく、ブルースたちはビルに入っている高級レストランへと通された。ふかふかの椅子に座って大きな窓ガラスを見やると、先ほどまで建物の影に隠れていた夕陽がまだ見える。普段着のまま訪れたので周りの客たちは冷ややかな目でイズミたちをチラチラと見てくる。

 そんな状態が30分ほど経った時、腕時計から目を上げたブルースはレストランの入り口に1人の男を見つけた。その姿にブルースたちは一瞬驚きを露わにする。その顔は、3時間前に田舎町で見たレックスと全く同じだったからだ。

「お待たせしました。このビルの会社で次長を勤めています、ラッセル(Russell)アルフ(Alf)テイラー(Taylor)です」礼儀正しくお辞儀をすると、ラッセルは椅子に姿勢正しく腰を下ろした。全身をブランドもののストライプスーツで整え、立ち振る舞いにも品がある。顔がそっくりでなければ、レックスと兄弟とはとても思えなかった。

「会社内ではアレコレ余計な噂が立ちかねないのでね、高級レストラン(こちら)でお話を伺わせていただきます。お代は全て私がお支払いしますので、お好きなものをどうぞ」

 買収するつもりか? ブルースは警戒しながらも、メニュー表に目を通す。

 しかし値段の書かれていないことに驚いたのか、イズミとケイトは選ぶのに迷い、結局ラッセルのおすすめというフルコースを頼むことになった。

「さて、なんでもそちらのお嬢さんを私が強姦したとフロントで嘘を吐かれたとか」食事が運ばれてくるまでの間に、ラッセルは右手でケイトを指し示す。「まぁ大きな会社ですから、ゴシップや強請りは珍しくもないが」

 ラッセルの言葉にイズミは思わず椅子から立ち上がりかけるが、こちらが手で制してなんとか押し止める。

「急に押しかけたことはお詫びします」ブルースは柄でもない敬語で謝罪の言葉を述べる。長年の経験から、人は自分と同じ口調の方が警戒しにくいと学んでいるからだ。「しかしこちらも事情がありましてーー」

「お話があれば伺いますよ。しかしまだ仕事が控えているので、手短にお願いします」そう言ってラッセルは入り口側の壁にかけられた大きな丸時計に目を向ける。

 それから言い淀むケイトに代わり、ブルースたちがかいつまんで事情を説明する。


「ーー成る程。それで私と弟のどちらかがその問題の男に違いないと、あなた方はそう仰るわけだ」食事を進めながら、話を聞いたラッセルは指を弄ぶ。その癖は、弟とそっくりだった。「お話は分かりました。しかし私には心当たりが全く無いのですよ。そのお嬢さんにも見覚えはない。確かにその日、私もそのホテルのパーティーにはいましたがね。しかしその日も仕事が残っていたので、パーティーの途中で抜けさせてもらいました」

「それを証明する人はいますか?」

不在証明(アリバイ)ですか?」イズミの質問に、ラッセルは肩をすくめる。「残念ながら、1人で帰りました。腕時計はつけない主義なので、時間も具体的には覚えていません。つまり弟同様、私の容疑は晴れないというわけだ」

「その弟さんから聞きましたよ、自分と比べて、兄は社交的で友人知人が多く、自分とは違い両親の期待に応える凄い人だと」口調を合わせて警戒心を解くというこちらの狙いが当たったのか、ラッセルは先程より緊張感が緩んでいた。

「まぁ双子とはいえ長男ですからね。貧乏なワイン農家を営む両親からの期待はすごかったですよ。両親は豊かな生活をするために、僕を都会のお金になる仕事を就かせたんです。正直この仕事は辛いですよ。したくもない人付き合いをしご機嫌をとり、やりたくもない仕事を引き受けて、時には利益のために人を切り捨てることもあります」ワインを飲んだせいか、ラッセルの口が饒舌になる。「時にはプライベートを犠牲にすることもあります。出世のために常務のお嬢さんと結婚しました。お互い結婚はビジネスだと割り切ってはいますが、時々虚しくなります。そういう意味では、自由な時間が多い弟の方が幸せかもしれませんね」

 結婚というフレーズとラッセルの左手薬指に嵌っている指輪に、ケイトは思わず手にしていたナイフを落としてしまった。彼女からすれば、自分を身籠らせたかもしれない相手の結婚話は気持ちの良いものではないだろう。

「そのストレスから、良からぬことをしてしまったのではないですか? 或いは夫婦生活に不満があったとか」料理に一切手をつけず、イズミはレックスに疑惑の目を向ける。動機から探るつもりなのだろう。

 しかし自分に疑いをかけるイズミに、ラッセルは頬を緩ませて笑顔を見せる。

「生憎ですが、妻も私も、お互い法に触れない範囲で恋人を作ることは合意しています。だから女性に飢えてはいませんよ」

 ラッセルの言葉に、イズミは何か言いたげな顔を見せる。真面目で警官の彼女としては、そういう関係は許し難いのだろう。しかし今はそれについて言及するつもりはない。

「それに女性への欲望が動機なら、むしろ弟のレックスの方が怪しいと思いますよ。あいつは私に比べて奥手で、好きな女性ができても告白に踏み切れないことが多かったですからね。そういうことで不満が溜まっていたのかもしれません」そう言うと、ラッセルはグラスに注がれた白ワインを上品に口に含む。本人曰く、このレストランで提供される酒は全て自分の会社の商品らしい。グラスを置くと、ラッセルはそういえばと前置きして口を開く。「あの日のパーティーで私がワインを飲んでいると、赤ら顔の弟がポニーテールの可愛らしい女の子を見かけたと言っていましたね」

 ラッセルのその言葉に、ブルースたちは目を見合わせる。ケイトがその夜ポニーテールだったという話は、兄弟のどちらにも話していなかったはずだ。気になる程の相手だったのなら、流石に全く見覚えがないということはあり得ないだろう。なぜレックスはそのことを俺たちに言わなかったのか……?

「気になるならアプローチしてみろと私は言ったんですが、田舎者の自分じゃどうせ失望されると、声をかけるのをためらっていました。もしも自分(レックス)(ラッセル)になれたら、自信を持って告白できるのにとも」そのままラッセルはグラスを持ち上げると、黄金色の液体に映る自分の顔をぼんやりと眺めるのだったーー。


 やがて他の雑談を聞き出しながら食事は終わり、ラッセルはナプキンで口元を拭う。

「それでは、私は会社に戻らせてもらいますよ。中々刺激的な時間でした」

「どうも、ご馳走様でした」ブルースは急いでラッセルに近づくと、紙袋ごと差し出した。「これ、つまらない物ですがお持ちください。今日突然押しかけたお詫びも兼ねて」

 袋の中のブドウの缶詰めを見ると、ラッセルは空笑いをする。

「食べられませんが、頂いておきます。残念ながら金属アレルギーなのでね」そのままクルリと向きを変えて、ラッセルは席を離れていった。


「ブルースさん、これで容疑者の2人に会いましたが、何か分かりましたか?」イズミは不安そうな顔でこちらを覗き込む。

「……正直、分からないね」

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