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〜田舎のネズミと都会のネズミ〜  作者: 丹羽 カメゾウ
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エピローグ

 ーー数日後、ケイトはスコットランドヤードのロビーで時間を潰していた。対面のソファーに座る男性が広げた紙面の隅には、『大手酒造メーカーのエリート、酒に任せての浮気騒動』という見出しが小さく載っている。ケイトはそれとなく記事に目を通すが、被害者(こちら)の素性に関しては伏せられていた。しかし記事によると、会社は酒造メーカーの人間が酔った挙げ句に起こした問題という醜聞を重く見て、加害者(ラッセル)を懲戒処分、彼が進めていた他工場との提携話も白紙。更に奥さんから離婚を言い渡され、多額の慰謝料請求をされたそうだ。


 やがて対面にいた男性が立ち去ると、カジュアルスーツに身を包んだイズミがこちらに近づいて隣に座った。小柄な体型が相まって、まるで就活中の学生のように見える。

 イズミはそれから、ラッセルを強姦容疑で逮捕・起訴したことを教えてくれた。あの探偵さんたちの調査により証拠は十分揃っていたので、驚くほどスムーズに逮捕に踏み切れたらしい。もっとも檻の中でも、ラッセルは微塵も私への謝罪の意思を示すことはなかったそうだ。

「ところで、あれからレックスさんとはどうなったの?」イズミは少し遠慮がちに尋ねてくる。

 あの後、私はレックスからプロポーズされたのだ。貧乏や田舎者ということを理由に声をかける事を躊躇っていたが、探偵の『自分で選んだ生き方をするのが幸せ』という言葉に後押しされたらしい。だけどーー

「私、フラれちゃった。仕方ないよね、子どもを産むくせに育てない女なんだから」そう言いながら、ケイトは自嘲気味に笑う。

 ビルでの一件の後、私は妊娠した子どもを産む事を決めたが、出産後は里親に出すことも決断した。望まない形とはいえ宿った生命を奪うことはしたくなかったが、自分を強姦した上に反省も謝罪もしなかった男の血を引いているという事実が、どうしてもこの子への愛情を持たせなかったからだ。

 あの探偵さんは『自分で選んだ生き方をするのが幸せ』と言ってくれたけど、自分の子を捨てる決断をした人間が幸せになねるはずがない。そんな酷い(わたし)が幸せになるなんて、許されるわけがない。私がそう言うと、レックスはそれ以上何も言わずに去ってしまったのだ。


 私がその出来事を告げると、イズミはやれやれと肩をすくめる。

「ケイト、確かにあなたは子どもを手放す決断をした。でもそれは自分勝手な理由じゃなくて、その子に幸せになってほしいという優しさからでしょう。なら、あなただって絶対幸せになる権利があるはずよ」

「イズミちゃん……でも…………」

「大丈夫。あなたの優しさを分かってくれる人に、きっと巡り会えるはずだから」

 その時、ロビーのガラス扉が大きな音を立てて開いた。その音に顔を向けると、汗をびっしょりとかいたレックスが立っていた。レックスは私の姿を見つけると、駆け足で近づいて来た。

「ケイトさん……コレ……!」肩で息をしながら、レックスは何かのプリントを差し出す。

 受け取って読んでみると、それは様々な事情のある子どもを引き取り里親募集を行う孤児院の紹介だった。

「俺、あの後ずっとその子を引き取ってくれる場所を探していたんです。君がその子を手放すのは、その子の幸せを願ってのことだって分かってたから。それで、ようやく見つかったんだ。そこならきっと、その子を幸せにしてくれる親が見つかるはずだよ……!」

「レックスさん……!」こちらを慮った彼の行動に、私は思わず目から涙が溢れ出す。

「ほらね、ケイト。言った通りでしょ」

 イズミの話がなんのことかわからずに、レックスは首を傾げる。それから私に顔を向けると、私の肩を抱いて言葉を続けた。

「それで、ケイトさん。その子の里親が見つかって、その子が幸せになったら、俺と、俺と結婚してーー」

 レックスがそう言いかけた時、私は人目も憚らずに彼に抱きついていた。

「レックスさん、ありがとうーー‼︎」




 ガラス越しに見えるロビーの中で抱き合う男女の姿を、ブルースは道路脇に駐車した愛車(モーリス)から見届けてエンジンをかける。匿名でラッセルの情報を新聞社に漏洩(リーク)したり、レックスから相談を受けて、里親探しを手伝った甲斐があったというものだ。

「まぁ結局引き取り先の孤児院を見つけたのはレックスだけどな」助手席に座るウォルフは、ぶっきらぼうにそう言い放つ。

「まぁ細かいことは言いっこなしですよ。なんとかハッピーエンドで終わりそうっすね」レックスとケイトの姿を見て、ブルースは隣に座る相棒を見る。

 しかしウォルフはもう興味を無くしたのか、ミックスナッツの袋を口の上に広げて一気食いしていた。

 そんな相変わらずの素直じゃない姿に肩をすくめて、ブルースは車を走らせる。


「それにしても昨日のあんたの話は目から鱗でしたよ。田舎のネズミと町のネズミが、承認欲求の絡んだ話だったなんて」スイスイと車の合間を縫いながら、ブルースは言葉を漏らす。

「あれはラッセルの自尊心をへし折るために考えた勝手な話だ。俺は探偵であって評論家でも童話作家でもないからな」頭の後ろで手を組みながら、ウォルフはポツリと呟いた。


 それから車で事務所へ戻る道中、ブルースは後部座席に置かれた、レックスからのお礼のビール瓶を見る。レックスの話では、ラッセルの会社との提携話が無くなった後、少量で構わないので、ロンドンに卸さないかと別会社から打診されたそうだ。上手くいけば、品質を落とさないで都内で販売できそうだとのこと。

 レックスとの話をを思い出して、ブルースはふと思った疑問を口にする。

「そういやウォルフさん、なんでレックスがブドウアレルギーだって気がついたんですか?」

「それはコレだよ」ウォルフは先ほどまで食べていたミックスナッツの袋を振って見せる。「金属アレルギーはニッケルによって引き起こされる人間が多いんだ。そしてアーモンドやゴマ、胡桃、落花生とかはそのニッケルを多く含む種実類で、金属アレルギーの奴が一気に大量に食べると症状を引き起こす場合がある。もちろん食べたからって必ず症状が出るわけじゃないし、金属アレルギーの人間でも知らずに食べている場合もあるけどな。だけどお前からの缶詰めを体質的に食べないって言っていた割に大量のピーナッツを食べていたって聞いて、矛盾を感じたんだ。そこから考えて、もしかしたら金属以外のアレルギーじゃないかと思ったってわけだ」

「成る程……」俺はなんとなくで見過ごしていたが、当たり前と思わずに物事を見てみると、ヒントは隠れていたわけだ。

 統合失調症(心の病気)の人間ゆえに、当たり前を当たり前で片付けない考え方が功を奏した結果ということか。

 ……心の病気、か……。

「……ウォルフさん、あんたは統合失調症を抱えて生きてて、辛いと思ったことはないんですか?」

 この質問に、ウォルフは外に顔を向けて数秒()を開けて答えた。

「……そんなこと、数えきれないほどあるぜ」

「それでもあんたは探偵として生きることを選んだわけですよね。あんたは今、幸せなんですか?」

「…………さぁな。だが少なくとも、探偵として生きることに、後悔(リグレット)が無いことは確かだよ」熱のこもらない口調でウォルフはそう言い放つ。しかしブルースには、その横顔が一瞬、少しだけ笑っているように見えた。

 もう一度見ようとした時、後ろからクラクションを鳴らされて、ブルースは慌てて車を発進させるーー。




 完

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