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〜田舎のネズミと都会のネズミ〜  作者: 丹羽 カメゾウ
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田舎のネズミは何故幸せだったのか

 ケイトを強姦した相手はラッセル。ウォルフの推理によって暴かれた真実に、ラッセルは絨毯の敷かれた床に崩れ落ちた。

 そんな姿をまだ信じられないのか、彼の常務はウォルフにしかしと口を開く。

「なぜ(ラッセル)は、その女性に手を出したんだ。彼は大企業(ここ)で出世コースを歩んでいて(かね)には不自由していないはず。私の娘との結婚だって、出世への下心が全くなかったわけでは無いだろうが、結婚後に不倫や浮気の話は聞かなかった。それなのになぜーー」

「俺は病気のせいで他人の気持ちへの共感が難しいらしい。だからこれから言う推測が当たってる保証は無いが、俺の考えが正しければラッセルがケイトに手を出した理由はーー妬み、嫉妬だよ」

「しっ、と……?」ウォルフの言葉を理解できず、常務はただ言葉を繰り返す。「そんな馬鹿な! 弟よりも恵まれた生活をしているラッセルが嫉妬したというのか⁉︎ そんなわけがないだろう!」

 常務の意見にはブルースも内心同意する。自分よりも貧しい人間に嫉妬するなんて、そんな話は童話でも聞いたことがない。

 そんな周囲をよそに、ウォルフは地面に伏せたままのラッセルをチラリと見る。

「……なんで町のネズミは田舎のネズミを町に招待したと思う?」

 ……は? 今度は何の話だ? ブルース同様、イズミやケイトたちはキョトンとする。

「それはな、町に暮らす自分の方が幸せだと、田舎のネズミに認めさせたかったのさ。田舎のネズミは自分と同じネズミなのに、全く違うーー町のネズミからすれば貧しい生き方をしているにも関わらず幸せに生きている。それは町のネズミにとって、逆に屈辱に感じられた。だから自分の暮らしを見せつける事で、自分の方が幸せだと認めさせたかったんだ」

(ラッセル)も、そうだと?」

「そうだ」それまで床に崩れていたラッセルが急に声を発し、全員の視線が集まる。

「……俺はほんの少し先に産まれたというだけで長男として扱われ、自分のことしか頭にないあの親どもに道具として支配された。勉強から学校、就職先、果ては結婚相手に至るまで、俺の意思はお構いなしに決められるという不幸な人生を強いられた。しかしそんな中で、双子であるお前より恵まれている充実感だけが、俺の自尊心を守っていたのさ」ラッセルはそう言うと、弟を妬みのこもった眼で睨みつける。「だというのにレックス(お前)は、勉強もできず友人もろくにおらず、親からも失望からされていたーー俺よりも恵まれていない境遇だったくせに、いつも俺を褒めるばかりで羨もうとはしなかった。俺はそんなお前の、俺の生き方を内心馬鹿にしている態度が気に入らなかった‼︎」

「そんなことーー……」

「だからお前が家を出ていくと言い出した時は心底喜んだよ。遂にお前は負けを認めたんだ、と思った。それからも時々連絡をとっていたのは、お前が惨めに生きている姿を知りたかったからだ。だというのにお前は貧乏なまま何年経っても、自分が惨めだとも気づかずに変わらずに俺に接してきやがった。俺はそれが、どうしようも無く我慢ならなかったんだよ!」

 突然の兄の告白に、レックスは言葉を失う。その姿に優越感を得たのか、ラッセルはキキキと高笑いしながら仰反る。

 ネズミだーー。弟に向かって欺瞞に満ちた笑いを向けるラッセルの本性に、ブルースは寒気を覚えた。奴は歪んだ嫉妬心に塗れた町のネズミだったのだ。


 ラッセルの笑い続ける姿を我慢しきれなくなったイズミは、ラッセルに詰め寄ろうとする。

「じゃあーーじゃあなんでケイトに手を出したのよ! この娘は関係ないじゃないっ!」そのまま襲い掛かりそうなイズミを、ブルースは慌てて後ろから羽交締めにして引き止める。

「レックスのせいさ」ラッセルはイズミとレックスを交互に見ると、キキキと不気味な笑いを続ける。「あの日はコイツに都会の生活を見せつけようと、俺はビールの宣伝をエサに呼びつけた。同じ服を着せたのも、どれだけ似ていても俺の方が優れていると解らせるためだった。しかしそんな状況でもド鈍いコイツは(こた)えなかった。どうやったらコイツより俺が優れていると証明できる? そう考えていた時、コイツは思いがけない事を俺に言ってきた。パーティーで見かけた小娘に一目惚れしたが、声をかける勇気が出ないとな」

「「まさかーー!」」ラッセルのその言葉に、ブルースとイズミの声が重なる。そしてブルースは全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。

「そう、俺は思ったね! レックス(コイツ)が声もかけられない女を蹂躙すれば(犯せば)、俺はコイツに完全に優れてる証明になるってな‼︎ 俺はその小娘を襲った時にかつてないほどの充実感を覚えたよ。俺は遂に、レックスを完全に超えた、これで幸せになれるってなぁ‼︎」

「そんな……そんな下らないことのために、アンタは私の友だちを辱めたって言うの⁉︎」イズミはワナワナと震えながら激情を露わにする。

(うるせ)え! 小娘どもごときに俺の気持ちが分かってたまるか! したくもない努力や我慢を強制されて、自分よりも馬鹿な連中に頭を下げてゴマをすりながら生きることがどれほどの屈辱かお前らに分かるか⁉︎ 俺は自分の方が幸せだと証明したかっただけだ! それの何が悪い‼︎」

「っ! いい加減にーー‼︎」我慢の限界を越えたイズミはこちらの拘束を振り解き、ラッセルに殴りかかろうとする。

 しかし彼女に先んじて、ブルースの右ストレートがラッセンの顔面に命中した。殴られた勢いそのままに吹き飛びそうになるラッセルの襟元を掴むと、ブルースは更に殺しかねない威力の拳を振り上げる。

 しかし拳を振り下ろす寸前、ブルースはウォルフに腕を掴まれて動きを止めた。

「そこまでにしときな、ブルース。コイツにはお前が汚れ役になる価値なんて無えよ」

 ウォルフの言葉に、我に返ったブルースはパッと手を離してラッセルを床に落とす。

 噴き出した鼻血を袖口で拭いたせいで顔にネズミの髭のような跡が付いたラッセルに、ウォルフは熱のない眼差しを向ける。

「ラッセル、童話に出てくる田舎のネズミは、どうして最後に幸せな結末(ラスト)を迎えられたか分かるか?」

「ハァ? いきなり何を言い出しやがるーー⁉︎」

「それは欲のない穏やかな生活に戻ったからじゃない。自分の望む(その)生き方を、()()()()()()()()()()()だ」

 ウォルフの言葉に、ラッセルは目を見開いて恐れ慄く。

「な……にを…………」

「お前は親に生き方を決められたせいで、自分は不幸だと言ったな。しかし人生なんてのは、何もかも自分の思った通りになるわけじゃねぇ。性別、身長、頭の良し悪し、貧富、そして病気。人はそういった思い通りにならないものをいくらでも抱えて生まれるもんだ」そう語るウォルフは、どこか悲しそうに感じられた。「だがな、人より優れているから幸せなわけでも、劣っているから不幸と決まるわけでも無ぇ。幸せの条件ってのは、自分で選んだ生き方をしているか否か(いなか)だ。 お前は親からの支配を理由(言い訳)に自分で何も選択してこなかった。そんなお前より、たとえ貧乏だろうが何だろうが自分の選んだ道を生きているレックスの方が何千倍も幸せな生き方をしているんだよ!」

「……嘘だ……そんなの、嘘だ…………う、そ……だ…………」ラッセルは同じ言葉を繰り返して否定しようとする。しかしやがてウォルフの言葉に敗北感を刻みつけられたのか、ラッセルはまるで解剖に使われた実験ネズミ(モルモット)のように生気をなくして、目を開いたまま動かなくなったーー。

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