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特別になりたいと思っていた。

社会人になってしばらく経ち、人生の価値について考えることが多くなった。

学生時代の、あの内側から自身を破壊せんとするような熱に突き動かされた日々を、どこか遠くに感じるようになっていた。

詩を書くことは、そんな熱が少し冷めて、数字を追う日々の隙間を埋めるには丁度良い時間で創作ができたため、妙に生活になじんだのを、不思議に思った記憶がある。

初めて書いた「首を痛める」から地続きのように書いたこの「非劇的」は、自身の特別性への憧れと、劣等感から始まった。

例えば、もしこの胸に赤い花が咲くように、鉛玉一つでドラマのようにこの世を去れたら、なんてことを考えていた。そうしたら、ただ一人ワンルームで床と一体化しながら、特殊清掃員のお世話になるような最後よりも、ずっと自分の望む物語の締めに近いんじゃないかと思っていた。

油絵に閉じ込めた自分の最後が、そんな劇的な瞬間なら、物語の主人公のような一枚なら、どれほど美しいだろうと思う。

終わりこそがすべてで、死ぬときに自分は完成すると思っていた。

最近、あまりそういうことを想わなくなっている自分がいる。

それらの考えもけして間違いじゃない。何なら今も正しいとすら思う。

だが、もし自分が本当の「作品」なのであれば、自分が死んで、この世から肉の器がなくなったのだとしても、残した文章が、救った、傷つけた誰かが、自分という物語の線の先にいるのではないかと思うようになった。

仕事に向き合うようになったのもきっと大きいし、ぐるぐるとくだらないことを考えながら、思いついたことを詩におこしてきたことで、思考がまた別方向に整理されたのかもしれない。

だから、この詩集「非劇的」の結末は『誰かの世界の一部になること』で、英雄になれない自分を肯定するという、陳腐な邦画のラストのような形で終わらせることにした。

首が痛くなるほど、頭上を見ることは減って、手の中にある数字を一つ一つ削りながら、

僕は今日も、アカシアの木の机で、命に依存しない自分の証明を書き続ける。

それはきっと、私にとってはただの日常で、誰かの舞台を彩る『劇的な一枚』である。


2025/12/02 東京某所より、作品たちと僕を作るすべてに感謝を込めて

酒月沢杏

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