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第五話 会話相手が常識人だと困る時がある

「ここが男子寮か……。いや思ったよりでかいなおい」


 男と女の寮は当然違うということでノア達と分かれて近くの人に聞きつつ男子寮と思われる建物の前に辿り着くことができた。

 男子寮を出入りする人たちは当然今の俺と同じ服を着ている。ただ時たまネクタイの色が違う者もいるのが少し気になるが。


「彼らが気になるか?この学校はネクタイの色が学年別になっておるのだ」


 また爺の仕業でネクタイの色だけ取り換えられたかと思っていたら後ろから声を掛けられた。

 振り向き声のした方向を向けば俺の青いネクタイとは違う、赤いネクタイをした金の髪を逆立てた青年がいた。


「初めましてと言っておこう、新入生。我は『六天』が一柱シェパード家出身にしてこの男子寮の寮長をしているガウル・シェパードだ。盛大に歓迎しよう……と言いたいがパーティーは入学式の後になるから今はただ言葉だけだな」


 ガウル・シェパードと名乗った青年は髪をかき上げながら捲し立てる。

 正直相手するのが苦手なタイプだと思うが、この場所の説明をしてもらうのに寮長だという彼以上の適任者はいないだろう。


「あー、教えてくれてありがと……うございます。えっと、シェパード先輩」


「ああ、タメ口で構わんぞ。この国を治める『六天』の血を引く我だが実際今は無名の身。あの『血塗れの竜童』が敬語を使う必要はない。無論、ゆくゆくは覚えていくべきだがな?」


 言葉遣いで少し警戒していたが、見た目と言動に反して随分と常識的なようだ。

 タメ口でいいと言われたので最低限気をつけつつ会話を続ける。


「すみません。田舎者なのでものを知らないんだが、『六天』って何だ?」


「……………………」


 絶句された。

 だが俺にも俺の言い分があるのだ。幼少期から人里離れた山奥で爺と住んでいたから常識も知らない。

 爺に連れられ街に出た時も基本交渉ごととかは爺がやっていたし、俺一人で街に行ける許可が出た頃にはもう異名が広がっていて聞ける雰囲気など欠片もなかった。


「ふむ……。なんというか、その、過保護な保護者だったのだな?」


「素直に頭おかしいって言っていいっすよ」


 こんな見るからに偉い人でさえ言葉を濁すとか、俺は一体どれだけのことを知らずに今まで生きてきたんだろう。

 会話相手が常識人だと困る時があるが、それは決まってこちらに常識がない場合だ。

 前世の知識が増えても今世の常識がなければ生き辛いっていうのがわからないのかあの爺さんは。


「知識がないのは仕方ないな。大切なのは知らないということを知っておきながら知ろうとしない態度だ。その点で言えばお前は大丈夫だろう『竜童』よ」


「あー、グレンでいいっすよ。物騒な異名は嫌いじゃないけどあんまり広まっても今度は生活しにくくなりそうだし」


「ふむ、ならばグレンよ。お前の問いにこの我が答えてやろう。だがその前にここを離れるぞ。いつまでも寮の目の前ど真ん中で話していては他の者の迷惑になりかねんからな」


 その言葉に気付き周囲を見渡せば遠巻きにこちらを見てくる男子生徒がかなりいた。

 やはり先ほどシェパード先輩の言っていた『六天』とやらが関係しているのだろうか。


「こちらだグレン、ここから先は歩きながら話すとしよう。時間の無駄は出来る限り省くのが賢い者のやり方だ」


 そう言いながらずんずん寮の中に足を踏み入れていくシェパード先輩。その堂々とした歩き姿はまるで王のようでいて、ある種のカリスマを感じさせた。事実周りの何人かは彼のことを目で追いかけてボーっとしている。

 ただまぁその程度で動きを止めていたら死ぬしかない生活を送っていた俺には影響もあまりなく、シェパード先輩の後ろを早歩きで追いかけ、その背中に追いつく。


「『六天』というのはこの国、『魔法統一国家ブリテン』の設立当初から存在する特権階級の頂点のことだ。我らが一族が実質このブリテンの支配者と言って過言ではない」


 そりゃ知らないとか言われたらあんな顔もするわ。日本で「天皇陛下ってなに?」って聞くようなもんじゃないか。不敬にもほどがあらぁ。


「ちなみに『六天』というように合議制でな。六つの家がこの国の行く先を決めている。我はその『六天』の一つ、シェパード家の者だ」


 継承権もあるぞとそのまま誇らしい笑顔で語る先輩。血筋の誇りとか概念なら理解できるが実感とは程遠い。

 今も昔も損なものに縁はないし、これから先もありはしないだろう。

 俺の力に血は関係ないし、それでいいと思っている。

 だからと言ってシェパード先輩の誇りを否定するつもりは欠片もないが。


「はぁ……、だから寮長なんてやってるんですか。面倒そうですけど」


「確かに仕事は多いし面倒も多い。だがそれに見合う権利はあるし便利な立場でもある」


 そう言いながら先輩は動かしていた足を止めこちらを向き、その黄金に光る眼をこちらに向けてきた。

 それは欲しいものを見つけた狩人のような目で、一瞬で臨戦態勢一歩手前に入らされた。


「こうして有望な者をスカウトする機会に恵まれるのだからな」


 そう言いながら口角を持ち上げるその笑みは、やはりどこか獣のようでいて。

 なによりその目の奥にいくつもの命(・・・・・・ )を感じられるようで不気味に思ってしまう。


「……あんまり獲物を見るような目で見られたくはないんすけど。思わず手が出そうになっちまう」


「おっとすまんな。つい癖で気になったモノは喰らいたくなる。と言っても比喩表現だし、何より『竜童』を喰らうのは一筋縄ではいかなそうだ」


 クククと笑いをかみ殺しながら再び歩き始めるシェパード先輩とそれについていく俺。

 俺達は何事もなかったかのように歩き続けているが周りの人はそうもいないのか顔面蒼白にしている者が何人かいた。

 悪いのは俺じゃなくていきなり身の危険を感じるようなことを言ってきたあっちだから文句はシェパード先輩に言ってほしい。

 いや国のトップの家の出身者に文句言えるかと言われたらそれは難しいと言わざるを得んかもしれんが。


「そういや俺の友達が『六天』に会わなきゃいけないとか言ってましたけど先輩の事っすか?だとしたらノアのこと、少しは手加減してほしいんすけど」


「ん?ああ、それは我ではないな。お前たちと同じ一年に『六天』の一族の出が入学したから恐らくそちらの方だろう。キャスルーク家の小娘め。弱い者をいじめるなどと言うくだらんことを」


「あー、昔からの知り合いとかそんな感じで?」


 相手を知っているのか苦虫を嚙み潰したような顔をしながら心底軽蔑する顔をする先輩。

 正直危険度はあんたも相当なもんだけどな、と内心思いつつ情報を少しでも抜き出そうとする。

 ……初めてできた同年代の友人だからな。これくらいならやっても構わないだろう。


「……キャスルーク家、至高の肉体を有するとされている一族だ。『固有』による肉体強化は同系統の全てを上回るとされている。ブリテンの民全員に施されている『聖樹の加護』が存在する限り俺達に魔力消費はない。『固有』を発動しきった状態のキャスルーク家の者は傷を負わせるのも難しい硬さだった」


 えらく実感のこもった言葉だった。もしかしなくてもこの人そのキャスルーク家とやらに喧嘩売ったことあるんじゃないだろうな?

 もしそうだとしたら俺の思った以上に喧嘩ぱやそうだぞこの人。一応王子みたいな立場のくせして。

 ……いやまぁ俺も人のことは言えないことしてきてるんだが。


「確か、ノア・ノイズハートだったか。我も聞いたことがある」


 キャスルーク家の現当主の保護下にある反逆者の娘、シェパード先輩はそのままそう続けた。

 その言葉を口にした時のこの人の声は酷く不機嫌そうだった。


「くだらん。肉体強化の『固有』持ちか、もしくは強い肉体を持っているかだけを重視する娘のことだ。本人の傷にもならん能力上の問題と、親の代で終わったことをネチネチと言い出すだけだろうよ。親の罪を子が背負うなどナンセンスこの上ない」


「シェパード先輩は結構頭柔軟なんすね。俺てっきり「戦えない奴とか存在する価値なくね?」とか言い出すタイプかとばかり思ってましたよ」


「深刻な風評被害の報告をありがとう。できればその評価は改めてほしいものだ」


 いやだってさっきの俺を見る目とか完全に戦闘狂の目だったし。

 それに先ほどの会話の内容的にアンタ同じ『六天』のキャスルーク家に喧嘩売ったことあるだろ。

 その結果がどうあれ、頂点同士が争うのはどうかと思うが。


「言っておくがグレン、貴様も他人事ではないぞ」


「は?いやそりゃノアがいじめられるってなら介入する気満々ですけど」


「そこではない。というか『六天』相手に堂々と暴れる宣言するな。そういう時は我を呼べ我を。何のための寮長だと思っている」


 そうは言われても売ってきた喧嘩は必ず買うのが俺のやり方だし。

 この業界舐められたら終わりである。特に『異名』持ちが簡単に引き下がったらそれこそ名に傷がついてしまう。

 有象無象にたかられない現状に俺は満足しているので出来る限りこの現状が消えないように努力するのは俺の義務である。

 ノアという俺の初めての友人にちょっかいかけるということは俺に対する宣戦布告と考えていいよな?


「だから、ことはそう単純ではない。先ほども言ったが奴らキャスルーク家は何より肉体の強さを重視している。それは『血濡れの竜童』という異名を持っているお前も奴らの観察対象になりうるということだ」


 ???

 別に観察対象にされる程度なら別に構わないが……だが先輩の言い方的にそれだけではないのだろう。

 なんか凄い嫌な予感がしてきた。


「奴らは自身の目にかなった異性を囲い込む性質がある。昔から肉体強度を高めようと血を混ぜてきた影響だろうな。強者、特に貴様ほど肉体的に強いとなると向こうが手元に置きたがる可能性が高い。出来るだけ目に付くのはやめておけ」


 えっ、なにそれ怖い。

 というかなにその一族、どこぞのアマゾネスか何か?強ければなんでもいいとか獣か何かですか?

 例え美人だったとしてもそんな人の相手をするのは嫌だなぁ……。


「関わりたくない気持ちは分かる。もし絡まれたら我の名を出せ。同じ『六天』で、この学園において権力基盤を持っている我の方がまだ発言権はあるだろう」


「せ、先輩……」


 おお……!!戦闘狂化と思ったら頼りになるところもあるじゃないか!!

 シェパード先輩万歳!!バンザーイ!!!


「だからな、今度我と少し手合わせをだな」


 やっぱこの人血の気多いって。

 国のトップの一族、その中の一人がこんなんで大丈夫なのか気になった俺だった。

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