第四話 学園都市へようこそと言われた。早速だが帰りたい
地平線の先に見えた塔のような高さを誇る『エンディミオン魔法学園』、そしてその周りに乱立している都市ともいえる街が見え始めてからさらに数時間後。俺達は都市全体を囲む巨大な壁と唯一の出入り口である門の前に辿りついた。
あの爺のおかげで必死に走らなければいけなくなったが、ノア達と出会えたことでかなり余裕をもって辿りつけたのは幸運のおかげだろう。少なくても日ごろの行いがいいから、などとは口には出来ないししない。俺はそんなにいい奴ではないのだから。
「グレンはいい人だよ?」
「心読んでまで慰めなくてもいいから。とりあえず今はそれオフにしておけよ」
分かったと言いながら魔力を操作するノア。この手の自動発動型の『固有』は制御が難しいと聞くが彼女は鍛錬したのか、それとも元々の才覚のおかげなのか全く問題なく完璧にコントロール下に置いている。
それでもいつも聞こえたり、場合によっては見えていたはずの光景が感じられなくなることには不安になるのか俺の服の裾を握る。別にそれ自体はいい、役得だと思うし見上げてくる美少女というのは幸福をくれると思うから。ただ壁の門の前にいるのは俺達だけではなく、当然他にも同じように門を通るために集まった人々がいる。
貴族しか持てぬ高級馬車の近くに立っていたからか元々注目を集めていたが、ノアの行動からさらに視線を集める。恐怖などの視線には慣れているが、こういう視線は専門外なので俺としては戸惑うしかない。
「あの、ノアさん?俺の服の裾を掴むのは、ちょっと……」
「……駄目、なの?」
いつも一緒にいるメイド(筋肉)が門の受付に向かっていないせいか不安そうな顔をしてくるノア。その目には涙がたまってきている。
だが俺は見逃してない。その涙が目薬で咄嗟に作った者だということを。
……こいつ、俺の前世の記憶のライトノベルから色んな知識を手に入れやがったな?趣味嗜好自体は前世とあまり変わってないこともあってこういうシチュエーションはドストライクと言ってもいい。
「はぁ……好きにしろよ」
「ん。……ありがと」
結局嘘だと分かっていてもしょうがないと自分を納得させる。
俺は俺に優しい美少女には優しいのだ。
あまり頼れる人もいなかったのだろう。馬車の中でも言っていたが助けてくれるのはあのメイド(筋肉)くらいだけ。だからさっき助けに入った俺にすぐに懐いてしまった。
あまりこう言うことを言える人間じゃないが、ノアの近くにいる大人共はもう少し反省した方がいい。どこの誰とも知れない馬の骨に推定貴族の娘がすぐさま懐くとか会っちゃいけないだろうに。
「見世物じゃないからこっちみんなボケ共」
手を繋いだ相手に伝わらないように気を付けながら軽く魔力を放出する。モンスター退治の時に本命を相手する際にいる邪魔な取り巻きを排除する際使う技術。
本来使用する時と比較すれば十分の一程度の威圧感しか与えてないが、それでも普通の人間に対しては非常に有効だったらしい。
ほぼ全員が焦ってこちらから目を逸らした。
今度から邪魔な奴らに囲まれたらこれを使うことにしよう。不躾な視線を向けてくる輩は大嫌いだし。
「こちらまで魔力が届いてきたぞ。あまり騒ぎを起こすようなことをするな」
受付から戻ってきたメイド(筋肉)からそんな苦情を入れられる。
だがそれはあの奇妙なものを見る視線を向けてくる連中が悪く、俺は悪くないので反論させてもらう。
「この程度で騒ぎになるならこの都市の程度も知れるからむしろいいことだろ。俺は無駄に時間をかけるのは嫌いだ。無駄って言うのは趣味の時間だけで十分だ」
人を待つのも待たせるのも嫌いだし、待ってる間何もできないのも嫌いだ。
しかも遠慮なくこちらに視線を向けてくる連中がいる中でとかどんな拷問だ。
言っちゃなんだが俺はそんなものに耐えられるほど我慢強くない。隣にいる奴が微かに震えたことも伝わってきた。
「知ってるだろ。俺は『竜童』って言われてること。どんなことしてきたかくらいは軽く調べるだけですぐにわかるくらいには有名らしいしな」
基本的に人里など近くにない山奥に住んでいるのでそこら辺の実感はないが、『竜童』だと知られた瞬間に向けられる視線には敏感になった。
そんなに邪魔する連中を半殺しにしてモンスターの巣の中に放置してきたのが悪いのか。
無理すりゃ何とか帰ってこれる程度の傷だったのに誰一人戻ってこれないその軟弱さが悪いと断言できる。
……こういう考えも倫理観がないと言われるゆえんなんだろうなと、前世の知識を得た今なら理解できる。
理解できることと納得できることはイコールではないのが悲しいところだが。
「……噂の『竜童』にしては大人しい、と言っておく。だがご主人を傷つけることは許さんぞ。破ったら殺してやる」
「はいはい約束しますよ。受付に俺の分の手続きまでして来てくれたんだ。それくらいは守ってやるよ。ほれ、泣き虫で怖がりなお前のご主人をちゃんと守っておけよ」
「……私、怖がってないんだけど」
嘘つきめ。涙は嘘でも怖がってたのは手の震えから分かってるっての。
そこを指摘すると余計騒がしくなるのでスルーするが。
繋いだ手を離しポケットの中に手を突っ込みこの街の唯一の出入り口の門に向かう。
少し不満そうな顔をしたノアがついてきて、メイド(筋肉)がその後ろを守るように陣取り一緒についてきた。
「ノア・ノイズハート様とそのお付き様。それとグレン・ブラッドフィールド様ですね。ようこそ、『エンディミオン魔法学園』へ!!」
受付が大げさに手を開き歓迎する気持ちを表すがそれに付き合う気はない。
こういうテンションにどう付き合えばいいのか昔から全く分からない。こっちも一緒に手を広げハグでもしろってか。アホくさいったらありゃしない。
学園都市へようこそと言われた。早速だが帰りたい。それは俺だけじゃなくノアもそうなのか見慣れた無表情に面倒さが浮き出てた。
そんな俺達の白けた空気も、その街の光景を見た瞬間に吹き飛んだ。
「なんじゃこりゃ……」
「凄い。これが、魔法の最先端を行く場所……」
外からは高い門のせいで見えなかったが、中に入った俺達の目の前にあるのはその門を超える大きさの建物。前世で言えばビルのようなものが建っていた。
もちろん日本にあるような高層ビルはさすがにない。それでも他の街で見たような常識的な高さの建物と比べれば二倍、もしくは三倍はありそうな高さだ。
重機とかないこの世界でどうやって作ったのか、想像もつかないな……。
それにだ、驚きなのはビルだけじゃなかった。
「飛行技術も発達してるのか……。こりゃ追い掛け回されたら面倒そうだな」
俺達の目の前を地面に接することなく通り過ぎていくマシン。
恐らくはこの街の治安部隊なのだろう。独特な制服を着ている彼らは下にいる俺達全体を見ているようだった。
思わず俺はこいつらから逃げる場合どうすればいいかを反射的に考える。
「そこで追い掛け回される想定をするからグレンは危険人物扱いされるんだと思う」
「いやいや、こういうの意外と大切だぜ?」
ノアの注意に思わず反論してしまう。問題点を洗い出すのはいついかなる時でも大切だと俺は叩き込まれて生活してきた。
俺自身、魔法を使えば工夫次第で空を移動することは出来るが、目の前にある空飛ぶバイクみたいなのに追いかけられたら面倒だって分かる。
俺が面倒だと思うということは他の危険人物共は俺以上に警戒し、これの穴を探すだろう。
その穴を把握してないといつか巻き込まれて酷い目にあう可能性がある。
「考えすぎ。でもあれ、どうやって飛んでいるんだろう」
「……アレの正式名称は『フライボディ』というらしい。機体の下と後ろに噴出孔があり、そこから空気中の魔力を吸引、排出して飛んでいるとのことだ」
「空気中の魔力?そんな僅かに存在するような奴であんなに自由自在に移動できるもんか?というかどういう制御装置であんだけのもん動かしてるんだか」
「機体内に存在している魔力増幅器兼制御装置のおかげらしい。それを作ったのもこの学園の生徒らしいぞ」
後ろでノアの護衛をしつつついてくるメイド(筋肉)が手に持ったパンフレットのような資料に目を通しながら俺の疑問に答える。
例の『フライボディ』はこの都市の建物の間を飛び交っているが、ぶつかるような様子は欠片もない。
どうやら本当にその制御装置というのは高性能らしい。
「後は数が少ないみたいだな。確かに凄いっちゃ凄いけど数が少ないなら対処法はある」
「グレンの思考は物騒すぎる。もう少し技術面に興味を持っていいと思う。少なくても私はああいう魔道具がどんな構造してるか凄い気になる」
「俺だって構造は気になるぞ。どこを壊せば効率的に行動不能になるかとか人間もモンスターも機械見ても同じように考えてるからな。最早呼吸と同じように」
「私、グレンの育て親に会ったらどんな教育してるのか聞きながら一回ビンタするね」
なんでお前が俺の育て親に会う可能性があるんだよ……。
あの爺を殴ってくれるなら俺の胸もスカッとするから大歓迎なんだが。
いやダメだ。ノアみたいな美少女に殴られてもあのクソ爺は絶対喜ぶだけだ。
本当に魔法技術と、戦闘能力以外は尊敬できないいたずら爺だな。
「ご主人、『竜童』。話をするのはいいが足を止めるのはやめろ。今から学園の寮に向かい、明日の準備をしなければならない。それにご主人は『六天』の次期当主に挨拶する予定になっているだろう?」
「……私、あの人嫌いだから。あの人も私のこと嫌いだしスルーしてもいいと思う」
「それをすれば後で余計に面倒なことになるのは分かっているだろう。今我慢すれば後で楽出来るのだからいいだろうに」
「エリートエリートうるさいし、落ちこぼれには構わないでほしいのに」
中々に面倒そうな状況になってるらしい。お貴族様というのも大変だねぇ。
こっちは何の柵もない気楽な一般人。あの爺を殴るのに必要になりそうなことを中心に学んで、あとは遊んでいきたいと思う。あの爺は人里に遊びに行くこと絶対許可しなかったしな。
どうせここでの数年が終わったら元の生活に戻るのだ。今のうちに楽しんでおかねば。
「グレン。嫌なこと、私頑張るから今度一緒に買い食いして」
「んあ?それくらいなら別にいいけど。どうせモンスター討伐の賞金とかあまりに余ってて多少使わないといけないし」
あの爺、今まで俺が貯めてきた金を全部荷物の中にぶち込んできやがった。
金貨だのが大量に入ってるせいで重くて重くてしょうがないし邪魔にならない程度に消費しておかないと。
だけどさ、買い食いの約束ってさ。もしかしなくても買い食いデートとかって言わない?
気にしてるの俺だけ?普通に青春してる人はこういうのも普通にこなせるの?
俺は前世も今も普通とは程遠いから全く分からないんだが、失敗したら普通以下になるってことだよな?
「ちょっと予習しておくか」
「こういう時しっかり女性をエスコートするのが男性の役目」
……ノアさんや。そうやってプレッシャーかけるのやめてくれませんかね。
仕方ない。知識を豊富に蓄えているという噂の図書館で色々と調べてみるか。
例えば、女の機嫌を損ねたときの対処法、とかをな。