第三話 恥って言うのはいつまで経ってもかきなれない
あの黒い人影の魔法によって引き起こされた『闇』。その影響を幸い馬車は受けていなかった。車体は俺が蹴破った場所の補修をすることで動けるようになったし、馬はそもそも動揺してなかった。
恐らくモンスターに属するであろう馬をここまで大人しくするとは、こいつの調教師はきっと凄腕なのだろう。
助けたお礼ということで馬車に乗った俺はそのまま助けた少女ノアと共に『エンディミオン魔法学園』に向かっている。御者はメイド(筋肉)がしている。時たまこちらを警戒する気配が漂ってくるのは気のせいではないだろう。
気持ちは分かる。だって今も大切なご主人様がどこの誰とも知れぬ得体のしれない男の隣に座り、その手を強く握っているのだから。
「得体の知れない男じゃない。グレンは『血濡れの竜童』という異名でかなり有名だから」
「それ同時に悪名だってこと知って言ってる?」
どうしよう。前からの圧がさらに強まった。まるで何かしようものならすぐにでも殺しに行くぞと警告してるかのように。
「まるでじゃないから大丈夫」
「大丈夫な要素がどこにもないんだが???」
というか心を読むな。いや読んでもいいからせめてそれで会話の糸口を作るのはやめてくれ。心の準備ができないから本当。
あとこの距離なら御者席にいるメイド(筋肉)の心も読めるのか。なるほど、範囲はそこそこありそうだな。
「それよりグレン、もう少し思考を落ち着かせて。落ち着いて読書できない」
勘弁してほしい。別に血だらけの戦場にいるだけなら何も気にすることはないが、今ここは戦場ではなく馬車の中で。一緒にいるのは討伐するべきモンスターじゃなくて可愛い女の子なんだぞ。
俺だって男なんだしそこら辺の欲求は当然あるのだ。表に出す機会はほとんどないが。
あと思考うるさかったらごめん。
「……他の人よりグレンの中は静かだよ。前世を覚えてるからかな。他の人はもっと色々と渦巻いてるから」
「あー……。そりゃあなんというか、大変なんだろうな。貴族だとしたら周りに色んな奴がいるだろうし」
俺の思考に合わせてそんな言葉を呟くノア。だがそれも納得は出来る。
何度も言うが基本魔法使いは利己的で、自分の欲求に素直、というよりそれ以外に思考を回すことを無駄と思っている節がある。
俺とて無理矢理引き出してしまった前世の記憶の影響でこんなことになってるが少し前なら絶対に助けに来なかったし、繋がれたノアの手を振り解くことに躊躇いを覚えなかっただろう。
「……ごめんなさい。本が好きで、知らない物語があると分かったらもう止められなくて」
「他の魔法使いと違って謝れるなら上等だよ。それに前世と今の俺はもう別人だし好きにすりゃ良いさ」
「そんなに割り切れるもの、なの?」
なんだ、心が読めてもそこら辺はわからないのか?
いや、いかにも箱入り娘って感じだし人生経験が足りてないのか。そういう俺も爺の扱きやモンスター討伐で腕を磨いたりばっかだったから足りてると断言は出来ないが。
「実感はないしな。確かに前世の記憶を蘇らせる魔法を試しはしたけど、結果として俺は俺のままだし。なんというか出来の良い夢を見た感覚に近い」
思い出す、というよりあったことを見直す感じだった。確かに影響されて今までが黒歴史化したり、今回ノアを助けたりもしたが俺の本質は変わってない。どこまでも自分本位な魔法使い、そして返り血に塗れたモンスターハンターだ。
「カッコつけてるけどカッコ悪いと思う」
「本当のことを言うのだけが美徳とは限らないんだぜ?」
「でもいいや。そういうのがグレンなんだね」
「中二臭いのが俺だって断定やめてくれません??」
そういう風に言われるのは非常に不本意なんだが?それじゃあノアは無口そうな見た目なのに意外と喋ると評価してもいいだろうか。
口には出さずに聞いてみる。どうせ触っている間は思考も読まれるし口に出せないことも簡単に伝わるだろう。というかなんでこの子俺に対してこんなに好感度高いの?
「助けてくれたから。私を助けてくれるのは今までホムラだけだったし」
「ふーん、人望ないんだな」
まぁ人望のある魔法使いの方が少ないが。有名であればその素行の悪さも伝わってくる。街の中に侵入したモンスターを駆除するために街全体に毒を流し込んで住人まとめて殺した奴もいる。それに対して文句をいう奴はいない。なにせこの国のトップに立つ六つの家系の出身なのだから。
どんな蛮行であれトップに立つ『六天』はその全てが許されるとされてる。この国が出来てからずっと続いている真の尊き血筋とやらにはそれだけの価値があるのだろう。今の俺がそんなもん見たらぶんなぐりに行きたくなるだろうが。
「私は心が読めるから。それだけじゃない。心を読むことの応用で過去も見える」
「それで俺の前世の記憶からライトノベル読んでるんだもんな。力の無駄遣い過ぎるわ」
ま、気にする奴は気にするんだろう。俺はそんなもん気にすることは欠片もないから別にどうでもいいが。
「……グレンは、優しいんだね」
「俺が優しかったらこの世の殆どの人は優しいぞ」
少なくても優しい奴は誰かが襲われた時助けるかどうかを迷ったりはしないだろうから。
だから俺は優しくない。それを寂しく思わないことは、少しだけ辛いかもしれないけど。
「優しいよ。だってグレンが決め台詞集を書き溜めてる記憶見てるのに何も言わないもん」
「ちょっと待って???なんでそんなもの見てるの????」
ふふって感じで口元に手を添えて笑うのやめてくれる?つい許しちゃいそうになるくらいにはかわいいから。
ああもう、恥って言うのはいつまで経ってもかきなれないもんだ。
背中越しに聞こえる会話の一つ一つ、それら全てを聞き漏らさないように聞き耳を立てる。普段であれば絶対にしない行動をノアの従者であるホムラは続けていた。
万が一にでもノアに対してグレンが敵意を持った場合、すぐに排除することを心に決めながら。
「だから前世はどうでもいいしいくらでも辱めていいけど俺だけはやめて?」
「凄い自己中な発言だね」
今のところ、自身の主も『竜童』に対して好意的に接している。だが油断はしない。自身の役目は今は亡き友であり主人だった女性の忘れ形見であるこの少女を守ることなのだから。
例え害するかもしれない相手がこの国に名だたる『異名持ち』であろうと。ただ一人ですべてを殲滅する天才であろうと。神童と言われるのにふさわしい年齢と実力でありながらそう呼ぶにはあまりに荒々しいから、災害と同様の意味を持つ『竜』の子のようだという意味で名付けられた少年であろうとだ。
「だーかーらー、前の人はどちらかと言えばラ〇ウだってば。世紀末覇者っぽいだろ」
「ううん、見た目で言えばゼ〇ラに近いはず。適応できなければ死ねって言いそうなところとかそっくり」
……仲良くなるのは悪くないことだが、その話題は何なのだと聞きたくなる。どうせいい思いはしないだろうから無視をするが。
この国の人間は大多数がこんな感じで他人に対して気を掛けない。それが当然だと昔から教育されているからだろうか。それとも他国の人間を劣っていると心底信じ『人堕ち』などと言う文化からだろうか、判断はつかないがそれが健全だと思えないのは自分が他国の出だからだろうと当たりをつける。
この感覚を理解してくれる人はもうどこにもいない。なので自分も表に出すことはやめている。もしも異端者と判断されたら主の唯一の味方である自分がどうなるか分からないから。
「……レイネ、私は弱いですね」
自分の弱さを覆い隠した一人称ではなく本来の「私」と共に少し息を吐きだす。
願わくば親友の忘れ形見が健やかに成長できることを願う。『読心』などという力に振り回されることもなく、普通の少女のように、彼女の母のように誰かと恋愛をして過ごしてほしい。
この国を変えるということをあきらめた自分が望めるのはもうそれだけなのだから。
「ご主人、そして客よ。姦しいのも対外にしておくがいい。そろそろ見えてくるぞ」
高速馬車に乗って半日の移動。人が走るよりもはるかに速い疲れ知らずの馬の速度を持ってもこれだけかかって地平線の向こうに大きな建物とそれを中心に広がる街並みが見えてきた。
モンスターに襲われないように巨大な結界が張られた都市。首都と比べてもその規模は遜色ない。
「アレがこの国の。魔法統一国家ブリテンの誇る最大学園都市、『エンディミオン魔法学園』だぞ」