第二話 人の心を読むのって普通にきつい気がする
「そらさっさと立ち上がれぇ!!!!貴様ら全員の処刑にかける時間など本来ないのだ!!!わざわざ時間をかけてやることをありがたいと思えッ!!!!」
見事なメイド服を着たクリーチャーはそう叫びながら、恐らく襲い掛かってきたであろう山賊の残党に対してそう啖呵を切り追い掛け回す。山賊たちは捕まったらおしまいだと分かっているのか必死になって逃げている。
……分かっているというか多分実際に見せつけられたんだろうな。あのメイド(狩り※仮の誤字ではない)のメイド服、所々に返り血がついている。まさかとは思うが本当に素手で殺したのか?見た目と中身が一致しすぎてやしないか?
「ぎゃああああああああ!!!助けて!!助けてぇ!!!俺らが悪かったぁ!!!」
「悪いと思っているなら大人しく罰を受けろ。罪には罰がつきものなのだ」
どうしよう。ここまで来ておいてなんだが俺のすることがない。俺がここに来たのは悲鳴が聞こえたからで、その悲鳴が山賊共のものなら助ける理由も意味も価値もない。人から財産や、ましてや命を奪おうとしてるのに奪われるのは嫌とかそんなものは通らないだろう。
もう関わるのも嫌だしさっさと立ち去ろう。多少道草を食ってしまったが街道に出た以上ある程度時間も短縮できる。少しは時間を浪費してしまったとしても十分間に合う。
「うん、そうだな、そうしよう。俺には元々関係なかったことだし」
全ては自業自得、あいつらが何をしてどうなろうとそれらは全て己の行いが返ってきただけなのだから。
そう思い、殺戮現場から背を向けようとした時ふと視界の中に入った影。メイド(狩り)の視界の外から静かに馬車に向かっている一人の黒い影。
というかあのメイド(狩り)は馬車を守っていたのか。それも豪奢な馬車を。ただその豪奢な外見とは不釣り合いに護衛の数が少ない。爺の手伝いでああいう貴族の護衛をさせられたこともあるが、もっと大勢の人数を雇っていた覚えがある。
「山賊の方は囮……。どうせ狙いやすい獲物がいるとか言われてきたんだろうな」
別にそれ自体には何の感情も湧かない。どういう理由で人から奪うことを生業にしたのかも知らない。奪わなければ生きていけないということもあるのだろう。ただし、抵抗する権利が奪われる側にも当然あるというだけで。
メイド(狩り)の方は人影に気付かない。気配の消し方が上手いのと、山賊たちの排除に躍起になっているからか。このままでは中にいる誰かはほぼ確実にあの黒い影に消されるだろう。顔も認識できない体全体を塗りつぶしたような姿は魔法でしかありえない。魔法使いの暗殺者が狙ったのなら推定貴族ではどうにもならない。彼らは戦う存在ではなく戦わせる存在なのだから。
そう、このまま放っておけばあの馬車に乗っている者はほぼ間違いなく死ぬだろう。
そう考えた瞬間頭が決断を下す前に俺は体を動かしていた。
「死んどけ」
そう呟きながら黒い影めがけて一気に足元を爆破させ飛び込む。メイド(狩り)は上から飛んでくる俺に気付き、次いで馬車に向かっている黒い影に気付き焦った顔を見せる。
それに気づきながら俺はそれに何の反応も見せずに黒い影に対して右手を伸ばす。超速度で飛んできた俺に即座に反応する黒い影だったが、それでも僅かに遅く俺の強化された右手に持った小刀がそのわき腹を抉る。
「っ!!!」
「悲鳴も出さないか。プロだな、お前」
わき腹を抉られれば致命傷、そうでなくても出血多量で動けないはず。だがそんな状態でも黒い影は迷いなく逃げの体勢に入る。俺の魔法による加速は使用条件があり連続で発動できない。それでも大怪我している奴に撒かれる程遅くもない。
どんなことをしようと即座に反応できるとこちらも体勢を整えた瞬間、俺の目の前に『闇』が発生し俺自身を包み込もうと迫ってくる。俺は前に向かおうとしていた力を咄嗟に反転させすぐ後方にある馬車に突っ込み、中で座っていた小柄な少女を抱きかかえさらに『闇』が迫ってくる方向の反対に飛び出す。
「痛い」
「そりゃよかったな!!痛いのは生きてる証拠だバーカ!!!」
この期に及んでそんなことを呟いてる少女に対してそう返しつつ先ほどまでいた黒い人影のいた方向に視線を向けるも、そこには血痕だけが残っており、それ以外の痕跡はどこにもなく消えていた。
後に残ったのは俺とメイド(狩り)、そして俺が抱き抱えた少女の三人のみ。山賊たちの残党は今の騒動の合間にメイド(狩り)から逃げ切ることに成功したようだ。
「----で、貴様はなんだ。奴らの仲間にしては随分と腕がたつようだが」
「……見ての通り、通りすがりの善人だよ。あの黒い影が馬車に近付いてたから助けただけだ」
そう言った俺に対し警戒心を解くどころか強めるメイド(狩り)。先ほど俺が魔法を使っているのをしっかり見たのだろう。『魔法使いは利己的である』、これは原則でその魔力が強ければ強いほど当てはまる。あの動きをほんの少し見ただけで俺がそこそこやるということに気付いた以上警戒するなと言われても納得できないだろうな。俺が同じ立場でも納得しないし警戒するので別に気分を害したりはしない。
さて、どう説得したものか……そう悩んでいると俺の抱き抱えた少女が腕の中から抜け出てメイド(狩り)を止めるように両腕を広げ立った。
「この人、嘘ついてない。それよりホムラは早く馬車の点検して。大丈夫だったらこの人も乗せて一緒に行く」
「…………ご主人がそういうのなら間違いないのだろう。了解した」
おい、それでいいのか。こんな見知らぬ他人、それも魔法使いの近くに主人置いていくとかお前本当に従者か。さすがにそれは忠誠心がどうのこうのいう問題じゃないぞ。
「問題ない、あなたのことは大体分かったから。ホムラは私の力のことを知っていて、それを信用しているだけ」
「……力、 『固有』か。過去視か何か知らねぇけど確実とは言えないだろ」
「確実。私の『固有』は読心、その応用で過去を読み取ることが出来る。あなたがどういう理由で助けに入ったかもわかった。気まぐれであってもそれで私は命を救ってもらった。だから問題ない」
『固有』、それはこの国住民に与えられた祝福。その力の大半は普通の魔法と変わらない効果のものが多いが、中には系統づけられた魔法学とは全く違う法則外の強力な力も存在する。俺もそのうちの一人なのだが、この力は本当に千差万別なので見たり聞いたりしない限り予想できないという強みがある。
つまりこの少女のように自分の情報をペラペラ喋るのは非常に常識外れだ。というか利己的であるはずの魔法使いなのに頭下げるとか色々とおかしいぞコイツ。
「…………『固有』の情報を簡単に喋るなよ、常識だろ。『固有』持ちの」
「助けてくれたお礼。私に出来るのは助けてもらったお礼に情報を渡すだけだから。あとはあなたの目的地に連れていくことだけ」
「後者だけでもかなり助かるんだがな。というか俺の目的地が分かるのか?」
「その服装を見ればすぐにわかる。『エンディミオン魔法学園』の新入生、つまり私と同じ」
そう言われて初めてマジマジと少女の姿を見る。
俺が今着ている制服と同じ白が基調の制服。動きやすさを意識してかスカートは短いが、その分膝上まである黒いニーハイソックスを履いている。スカートと靴下の間にある絶対領域の白い肌は目に毒だった。この制服を考えた人とはぜひ語りたいと思う。
そんなことを思ったからか、目の前の少女……よく見れば顔が良く整っており、美少女と言える。青い空のような、それでいてふわりと軽そうな腰辺りまで伸ばした髪を揺らしながらこちらを見ている。
「……見たいんだ」
「見たいです」
チラッとスカートを持ち上げるな、つい本音を出してしまっただろうが。見ろ、お前の従者の筋肉メイドが俺の方を睨みつけてきてて物凄い怖い。あの牙で齧られたら普通に死ぬ。
というか本当に読心出来るのか。『固有』をばらす奴など前代未聞で嘘かと思っていたが。
「『読心』は本当。でも今のはあなたの視線が分かりやすすぎただけ」
「マジか。でも人の心を読むのって普通にきつい気がするぞ」
「オンオフは出来る。それに一度触れたことがある人で、一定以上距離が近くないと心は読めない。過去を覗こうとすればそれこそ触れないと駄目」
なるほど、そりゃそんな強い能力だ。制限も当然あるか。
俺の『固有』も似たような制限があるのでそれを嘘とは思わない。爺のような制限がないような化物能力も時たまあるがそんなものはレア中のレアだ。
「私はノア・ノイズハート。あなたの名前は?」
「読心すりゃ簡単にわかるだろ」
「あなたの口から聞きたい。私を助けてくれるのはホムラ以外だと初めてだから。……ダメ?」
小首を傾げるな、美少女がやると破壊力高いんだぞそれ。
言わない理由もないし、言わない限りいつの間にか握っていた手を離すことはないだろう。流石に照れ臭いのでさっさと離してもらうに限る。馬車の方からの視線が物凄く怖いし。
「グレン。グレン・ブラッドフィールド。『血濡れの竜童』なんて呼ばれ方もしてる」
この異名を聞いた奴の反応は基本二つ。すぐに逃げるか怯えるかのどちらかだ。
あの爺に色んな所に送り込まれ暴れに暴れた結果着いた異名。別に愛着があるわけでもないが言わないと後で「なんで先に言わないの!?」とか言われかねないので先に言っておく。というか実際一度言われたことがあった。
「『血濡れの竜童』……同い年だったんだ……」
「気にするのそこかよ。いやまぁ読心で分かってたんだろうけどよ」
なにせ過去まで覗けるなんて代物だ。使い勝手は悪いだろうが情報収集では最上だろうな。
知りたくもないことも知ってしまうこともあるだろうから、そこは大変だと思うが。
というかいい加減繋いだ手を放してくれ。あのメイド(狩り)がいつ襲い掛かってくるか分からないから。
「なぁ、もういい加減離してくれ。馬車の点検も終わったみたいだからよ」
「……………………」
「なぁ、おいってば」
呼びかけてもノアは上の空、俺の手を握ったままで動かない。
本当やめてほしい。俺は前世でも今世でもこんな長く同年代の、それも小柄な美少女と接したことがないのだ。照れてしまうだろうが
「ねぇ」
「あ?ようやく離す気になった」
「ライトノベルって、なに?」
…………コイツ、俺の前世の記憶まで読み解けるのかよ。