第十四話 繋ぐ手
「昔はクロネ様……クロネとも仲良かったんだ。名前で呼び合って、姉妹みたいに」
ウェイトレスが持ってきたサンドイッチを食べながら昔話をする。
きっとこんな風に語ることなど一度もなかったのだろう。
話す内容を考えて、少しずつ少しずつその想いを吐き出すように口にする。
「でも途中から変わった。私は犯罪者の娘でただの庇護下にいるだけの存在。でもクロネは違う」
クロネは『六天』の中でも個人の戦闘における能力ならば最強と言われているキャスルーク家の出身。しかもその素質は歴代の中でも特に高く、最高傑作とまで言われている。
対してノアはどうだろう。『六天』が庇護したとはいえその父親は反逆者という罪人の中でもトップクラス。しかも母親はそれを黙認していた可能性があった。
それならば周囲の反応は考えるまでもない。
「何度も言ったけど私の味方は一人だけ。周囲は世話もしないけど、自分で自分のことをやるのも禁じられてたからいつも本ばかり読んでた」
「読書が好きなのはそれでか」
読書が好き、というかそれ以外をすることを許されていなかったのだろう。
むしろそれだけでも許されていただけましなのかもしれない。
そんな扱いだったのなら本を与えられることだって難しかっただろうに、クロネの母というのは凄い上に深いのだと思う。
「昔、お母様から読んでもらってた本とかそれ以外にもいっぱい読んだ。私が読むのを許されてたのは物語ばっかりだったから世間知らずに育っちゃったけど」
それに関しては少し共感する。
俺も人のいないところで生活してきて、その上で情報を仕入れることが出来なかったからかなりの世間知らずだ。むしろノア以上の箱入りと言っていい。
なにせこの国の政治体制どころか『六天』という存在すら知らなかったのだから。
これが常識なのだと認識すれば自分がどれほど何も知らなかったかというのも自然と理解できる。
「実話を元にした物語とかはあったし、他にもクロエが魔法の本持ってきたから色々できるようになったけど。治癒とかそれくらいできなければ生存価値はないのでは?とか言われたけど」
「アイツらしいな。どこまでも真面目というかなんというか」
あるいはかつては姉妹同然に過ごした頃の影響だろうか。
距離が変わってもかつての思い出は決して変わらない。そこから情があるのならば最低限自分で生きていけるだけの力を与えようとしたとも考えられる。
実際ノアの治癒の腕前は一流だ。普通程度ならこなせる俺よりも遥かにその腕は上なのだから。
才能もあるだろうが、きっと努力をしたんだろうと感じられた。
「10歳頃にはもう今みたいになってた。多分『六天』の教育の影響」
「国の頂点の家ってのも色々と不便だな。ストレスがたまりそうで仕方なさそうだ」
俺ならきっと耐えられないだろう生活。
それを子供の頃から続けていたというクロエには改めて尊敬の念が湧く。
きっと苦労も大量にあっただろうに、あれだけ真面目で真っすぐに生きてこれるその強さを凄いと素直にそう思った。
「そういえば、グレンはどんな感じの生活してた?ドラゴン退治とか、色々と聞いたことはあるけど」
「『読心』の応用で俺の過去見たんじゃねぇの?」
「流石にプライベートくらいは大切にする。私が見たのは本とか物語関係だけ」
失礼と言いたげに頬を膨らませるが、許可を取っているからと言って人の記憶を覗くのはどのみち失礼だと思う。
別に気にしない相手ならいいと思うが大体の人はそういう所を気にするだろうから注意した方がいいんじゃねぇかな。
「ま、面白くも何ともねぇよ。さっきも言ったけど俺は物心つく前には捨てられてたらしい」
よくある話、ではないが全くない話でもないそうだ。
俺が覚えている今世の一番古い記憶は雪の降る冬の日に、爺さんに手を差し伸べられたことだ。
その後食べた塩と野菜くずのスープの味はまずいと言っていいはずなのに、とてもうまかったことを覚えている。
「なんでこんなガキ助けたんだって聞いたら。爺さんは老後の世話してくれる奴が欲しいだけとか言ってたけどな。子供心にありゃ間違いなく照れ隠しだと思ったね」
「いい人。グレンの育ての親らしい」
実際嘘をつくのが大分苦手な人だった。根が善良というか、悪ぶっててやり過ぎて後で後悔するタイプというか。
いろんなことをやらされてきたけど、それら全て俺の中に蓄積されて何一つ無駄になっていないと断言できる。
そんな育て親を褒められてるのは悪くない気分だが一つだけその発言に聞きたいことがある。
「いや待て。スルーしたけど何故そこで俺の育ての親だって確信するんだ」
「口は悪いけど内心が顔に出て分かりやすい。悪ぶってるけど自分が許せない範囲以外だと凄く寛容。これだけでグレンが大分甘いのが分かる。つまりお爺さんの影響を多大に受けてると思う」
真顔で当たり前のようにそんなことを言われて何も言えなくなる。
確かに俺自身そういう所はあると自覚しているが、そんなに分かりやすかったのか?
今度鏡で自分の表情筋の確認をしようと決意した。
「はぁ……。まぁそんなわけで拾われたわけだけど、役に立てないってのが嫌でな。ガキの頃から爺さんの手伝いを無理に言ってやってきた」
はじめの頃は物凄く渋っていたのを覚えている。
子供にやらせることではないとかって思ってたのだろう。
それでも結局最後には俺の熱意に圧し負けて手伝いを許してしまうところが甘いというのだが。
「ただ教えるとなったら徹底的に叩き込まれてなぁ。最終的には色んなモンスターの所に送り込まれたもんだ。多分死なないように陰でフォローしようとかしてくれてたとは思うが、必死にならないと死にかねないのは間違いなかったし」
ドラゴンだとかメドゥーサだとか危険なモンスターを相手にさせられた。
始めはもっと楽なホーンラビットとかそこらへんだったのに。
街の連中に舐められることも多かったのでその分力を見せつける機会もあったし、俺が荒れたのは間違いなくああいう経験のせいだと思う。
「人と関わる機会少ない癖に、関わる奴は大体ああいう奴らだったからなぁ。魔法使いは全員クズって教えられたのを信じてたのもそこらへんが理由だな」
「あんまりいい教えじゃないと思うけど」
「それでも食い物にされるよりはマシって思ったんじゃねぇかな。爺さんがどういう風に生きてきたかは知らないけどかなり修羅場はくぐってたみたいだし」
でなければ実戦を修行に含めたりはしないと思う。
ギリギリ乗り越えられる戦力差を見抜いて俺を送り込んだり、そういうことに慣れてなければ絶対に無理だろう。
そしてそれがあったから俺は強くなれたわけで。
「そう考えたらうちの爺さんはノアの命の恩人でもあるのか?遠回りに助けたと言えば助けたことになるし」
「それじゃあ、いつか会えた時にはお礼を言わなくちゃいけない。お土産もちゃんと持って行かないと」
まぁ帰ろうにもどこに家があるかが分からないのだが。
移動はもっぱら空間転移で爺さんが運んでいたので、俺自身家の詳細な場所が分からない。
その上ここに来るのも空間転移で途中まで送り出されたから来た道を戻ればいいという理屈も通用しない。
割と帰るのが絶望的だったりするが……そこらへんは何とかなるだろうと考えている。
家族を放っておくのは目覚めが悪いから必ず見つけ出すとも思っているが。
「いざとなったら私も手伝うから大丈夫」
「その時は助けてもらおうかね」
後は取り留めのない雑談を続けていた。
やれあの本が好きだ、やれあの本のあの描写はどうなんだとか。
実験に使う器具が思った以上に高かったり、いろんな視点で見ないと結局失敗するとか。
そんな、お互いの趣味を交互に話し続ける。互いにこんなことを話す機会はないからか、話題は尽きず喫茶店に居座り色々と注文しつつ会話する。
それがどれだけ貴重な時間なのかを知っているからこそ、その時間をこうして使う。
きっと俺もノアもいい時間を過ごせたんだと思った。
「……グレンは、いつか私が間違えた時止めてくれる?」
「なんだよ、急に」
「私はあの両親の子供だから、いつか間違えるかもしれないから。だから止めてくれる人がいないと不安になる」
それをなんで俺に言うかとか、他に誰かいないのか。そんなことは聞けなかった。
きっとそれは言い出すだけで彼女の中で必死に勇気を絞り出した言葉だから。
出会って数日だけど、間違いなく俺は彼女に情を持っている。助けたいと思うくらいには。
ノアもそう思ってくれていればいいなとすら思うのだから大概俺もチョロいと認識していた。
だから、その言葉に対する返答は俺の中でスッと自然に出ていた。
「当たり前だ。間違えたとしても俺がその手掴んで引き戻してやる。約束だ」
言葉だけではきっと全部伝わらないからノアの手を握る。気持ち悪いかもしれないとか少し思ったがそれ以上に俺の本気を知ってほしかったから。
ノアは触れた俺の手から『読心』したのだろう。
顔を赤くしながらも、少しうれしそうに笑った。
「それじゃあ、その時は頑張ってね?」
「お前こそ俺の手を離すなよ?」
思い返せば恥ずかしくて頭を抱えて枕を叩きつけるだろう言葉を吐く。
でもその言葉に嘘はないと断言できる。
―――――これから起きることも知らずに、この国の真実も知らずに、俺はそう言いながら笑った。




