第十三話 デートって何すりゃいいの?
デートって何すりゃいいの?
頭を抱えながら悩みに悩んでいる俺は現在、『エンディミオン魔法学園』が存在している街のど真ん中に位置する噴水の前に設置されている椅子の前でノアを待っていた。
事の発端は初めてこの学園に来た日のこと、ノアがクロネに会いに行くことになった時にまで遡る。
あの時のノアは『六天』次期後継者候補に会いに行くのを嫌がっていた。
だから俺は約束してしまったのだ。「一緒に買い物に行く」と。
「人生初のデート……。いや、デートでいいのかこれ?いやだが男女だぞ?」
デートの定義から考えていくと最早時間がいくらあっても足りないので途中で区切ることにする。
重要なのはこの買い物を無難に済ませる方法が俺の知識には存在しないことだ。
「爺さんもこういうことはほとんど教えてくれなかったからな……」
何度も言うが俺は田舎暮らしを超えて山奥暮らしだ。
異性と話したことなどほとんどないと断言してもいいレベルでない。もっと言えば異性どころか爺さん以外の他人と会話したことさえ両手の指の数で足りると思う。
もはや重度のコミュ障と言ってもいいだろう。
「そんな俺が、美少女をエスコート……?」
曲がりなりにも俺が現在他人と会話で来てるのは前世の知識を得ることが出来たからだ。
前世の知識と倫理観を手に入れてなければ俺は恐らくここでも孤立していただろう。
そう思えば俺のダメージは黒歴史を認識しただけ、それ以外はほぼメリットしかないと言っていいだろう。
「どうしよう……今から憂鬱だ……」
「グレン、調子が悪いなら帰る?」
「ひょうっ!?」
椅子の上で頭を抱えていたら後ろから肩を叩かれつつ名前を呼ばれ思わず飛び上がる。
考え事に没頭していると集中しすぎて周りに気を配れなくなる悪い癖だ。
直さなければと思ってはいるのだがその機会が中々訪れない。
「び、びっくりした」
「お、おう……驚かして悪いな」
ノア、とそう彼女の名前を呼ぼうと振り返り、その声は言葉にならなかった。
今まで、あった時から彼女は制服姿だった。
俺もそうだが私服で会うという事はなかったし、そういう話題にもならなかった。
第一俺も彼女も服に気を配るタイプではなかったので、出会って学園に通い始めて一週間以上になるが制服姿以外で会う機会など存在しなかったのだ。
だからこそ、今の彼女の姿に驚いた。
「……似合ってない?」
「い、いや。そんなことない、ぞ?」
しどろもどろになりながら答えるが、人間関係の希薄な俺にそれ以上の言葉は生み出せなかった。
今のノアはいつもの制服姿と違い、清楚な白いワンピースだった。所々に飾り付けられた白いリボンもまたその雰囲気を増やしている。
今日の雲一つない青空と同じ髪は動きやすいように後ろで一つにまとめられおさげになっており、日差しを遮るための大きめの帽子をかぶっている。
深窓の令嬢といっていい姿はいつものそれとはまったく違う印象を抱かせ、俺を驚かした。
「そう、だな。うん。月並みだが、似合ってるし、その……可愛い、と思う、ぞ?」
「そっか……。それなら、うん。よかった」
互いに視線を合わせることの出来ないまま時間が経つ。
こんな経験など欠片もなく、事前に心構えをすることも出来ないので仕方ないと誰とも知れず言い訳するが、当然答えなど帰ってくるわけもなく。
お互い、数秒ほどしながらおどおどと話を進めることにした。
「と、とりあえず本屋にでも行くか」
「う、うん。そうする」
互いに読書は好きだと知っているので隣り合いながら本屋に向かう。
街中では住人達が笑っていたり、屋台で買ったものを食べたりと各々が好きに生活していた。
空を『フライボディ』が飛び回り、監視しているせいもあるだろうが、それでもこの街は平和なのだと思わせる光景だ。
「……いい街だね」
「そうだな。平和だし、何よりみんな笑ってる」
この世界はかなり厳しい。前世を知れば知るほどそう思う。
街の外では常にモンスターに襲われる危険性があり、力のある者以外は街を出ることだって難しい。
それでもこうして城壁を作り上げ人々は生活している。それはとてもすごいことなのだと思う。
これも聖樹様の力が元になっているというのなら、崇め奉りたくなる気持ちもわからないでもない。
笑って生活できる、それがどれだけ難しいのかを今の俺は知っている。
そうやって二人して街を歩きながら、街の様子を観察していればあっという間に目当ての本屋に辿りついてしまった。
「それじゃあ私、新刊を見てくるから」
「お目当ての奴見つかったら戻って来いよー」
一応目を離さないように気配を感じられる範囲にいてもらうが、常に一緒というのもストレスがたまるだろう。
何せあっちは女の子だ。常に異性に居場所を知られてるというのも嫌な気分になると思う。
こういう気遣いが出来るかどうかがいい男かそうでないかの分水嶺だろう。
「ん?この本……」
俺の読みたい本は大体が学園の図書館にあるのでここで買いたい物はほとんどない。
だがただ待っているだけというのも性に合わないのでタイトルだけでも流し見ていく。
その中にあった一冊、それが俺の目を引いた。
「『宝珠を狙った怪盗団』……」
そんなタイトルの本。なぜか気になったそれを手に取り、目を通す。
その中にあった物語は、実際にあったことらしい。
過去に存在する、『六天』の秘宝を狙った大罪人たちと、それと戦った正義の『天遣い』たち。
その結末は『六天』を始めとする人々の勝利で、『怪盗団』は消え去ったという。
軽く読めばそれだけの話なのに、俺はどうしてもその本を手放せずにそのまま会計へ向かい買った。
「グレン、この本」
「お、おお。もう決まったのか。そんじゃ一緒に払うわ」
約束通りノアが持ってきた数冊の分厚い本を買いこみそのまま袋に入れてもらった。
本屋を出た後、朝食がまだだったため腹の音がどちらからも鳴る。
俺は気にしないがノアの方はそうもいかず赤面していたので、それを見て笑いつつ近くの喫茶店へと入ることになった。
「何名様ですかー?」
「二人で。席はどこでも」
「それではお外の席にご案内させていただきまーす」
そう言って元気なウェイトレスは下着が見えそうなほどのミニスカートで走っていく。
ついつい目で追いそうなり、そこをノアにきつく抓られ正気に戻る。
俺だって男なのだ。そういう目で異性を見ることだってある。
だがそんな理屈は女性であるノアには関係なく、その青い目にジト目で見られ凄く居心地が悪くなり頭を下げることになった。
案内された先はこの街の広場を見渡せるテラス席。風が心地よく、これだけで来たかいが思わせる作りだった。
「それではご注文をどうぞー」
「聞くのが早い気もするけど……私はサンドイッチで」
「俺も同じのと、あとフライドチキンを」
「かしこまりましたー」
席に着くと同時に注文を聞かれ、とりあえずメニューを見て適当に答える。
朝から重いモノをと思っている目線を正面から感じるが、この程度は序の口だ。
今日はまだ動く予定がないしノアの前だから遠慮しているが本来ならもっと食ってる。今日の俺は大分大人しくしている。
「……そういえば、グレンも本、買ったんだ」
「ん?ああ、ちょっと気になったのをな。そういやノアはどんなのを買ったんだ」
注文を終え、空いた時間に声を掛けられそれに返事をする。
ただそれだけのことに安堵感を覚えるのは目の前の少女と過ごす時間が居心地がいいからなのだろう。
出会って一ヵ月も経っていないが、纏う雰囲気は俺にとって大分好ましいモノだった。
「私が選んだのは、昔読んでいた本。お母様が呼んでくれた絵本の元になった物」
「思い出の品、ってことか」
母親。俺とは縁のない存在だ。
前世とは俺にとって他人の人生を見ているようなものだ。それが自分のものである認識など持たない。
ただ人の振り見て我が振り直せと言うように、俺はその一生を見て自分を振り返り反省した。
だから俺にとっての母親と父親とは今世の物になるが、物心つく前に捨てられ爺さんに育てられた俺には縁のない存在だった。
だが知識では知っている。それが子供にとってどれほど大きい存在かくらいは。
「お母様は、犯罪者だったお父様を愛していた。ううん、きっとお母様はお父様の手伝いをしていたんだと思う。それが犯罪だと分かっていても、それこそが正しいことだと信じて」
「…………」
「私がこうして生きてられるのは、お母様が『六天』のシロネ・キャスルーク様と友人だったから。その庇護下に入っていたから私は無事だった」
それでも決して楽な人生ではなかっただろう。
キャスルーク家で過ごしていて、その当主が庇護しているのにかかわらず。彼女の従者はただ一人だけなのだから。
その力のこともあるかもしれないが、それ以上にその立場は人との関係を奪うのに十分だった。
「私は何も知らないからお母様がやったことが正しいかはわからない。お母様を信じたいと思っても、今まで辛かったことを思い出してしまうから。間違っているってそう言えた方がずっとずっと楽なんだと思う」
それでも信じたいと思うのはノアが母親を愛しているから。それ以上に母親がノアを愛していたからなんだとなんとなく理解できた。
彼女はずっと想われていたことを分かっているからこそ、その思い出を捨てないしずっと抱えているのだと。
「こうやって、街を男の子と歩くことなんて絶対にないと思っていた。こんな風に、誰かに私の好きな者について話すなんて絶対ないんだって」
「絶対なんてねぇし、これからだって何度だって一緒に歩いてやるよ。俺も楽しいしな」
心からの本音だ。俺だってこんな風に誰かと一緒に歩くなんて想像してなかったし、爺さん以外と食事するなんてあり得るとも思ってなかった。
この機会を作ってくれたのは間違いなく目の前にいるノアだ。
「お前の母親がどうでも、俺は知らない。だから悪口も何にも言えるわけじゃない。だから俺の前では好きなだけ思い出話すりゃいいさ。デート代としちゃ安い方だ」
「……グレンは本当に、口は悪く見えて優しいね」
俺なんかよりお前の方が優しいだろと、その言葉はノアの笑顔に見惚れたせいで言い損ねた。




