第十一話 綱渡りの連続
クロネ・キャスルークが視界から消えた瞬間、反射的にブリッジするように背を曲げる。
それと同時にクロネの脚が俺の身体のあった部分を通り過ぎる。
「まだまだぁ!!!」
脚が通り過ぎたと認識すると同時にそのまま体全体に力を籠めその場を離れる。
と、同時にクロネの声と共に大地が砕ける音が鳴り響く。割れる地、破片が飛ぶことにより俺の身体に擦り傷が増えるがそれで済んで御の字と思うことにする。
動かなかったら死んでいたと確信できる。避けられたと知った瞬間脚を振り下ろし、ギロチンのように俺の身体を断ちに来ていた。
「授業だって忘れてんじゃねぇよ!!!!」
指に魔力を圧縮し放つ。クロネの『固有』を貫ける密度にして構成した『魔弾』を連続して撃ちだす。
先程までのように拳で弾けると思い、そのようにすれば必ず少なくない傷を負わせることが出来ただろう。
だがやはりそううまくは行かない。その圧縮度を見抜いたのか、はたまたただの直感か、今まで受けに回っていたクロネは初めて回避に動いた。
「忘れてませんとも!!同時にこの勝負の賭けの内容もッ!!!!」
『固有』によって動体視力さえも強化されているのか、俺の撃ちだす『魔弾』の全てを掻い潜りつつ超速度で追いかけてくる。
あの速度でぶつかっただけで普通の人間ならば死んでいるのだろう。それを分かっているのか身体を弾丸にしてぶつかってきた。
避けようにも体勢は崩れ、『魔弾』を撃ちだすことに集中しすぎてたせいで反応が遅れる。
「くそがっ!!!」
悪態をつきつつ腕を交差させクロネの突撃の衝撃を少しでも下げる。それでもぶつかった衝撃は強化している肉体に激しい衝撃を与え、一瞬意識さえとんだ気がした。
だがその暴力に逆らい受け止めるのは無理と判断し、可能な限り力を込めて後ろに飛んだおかげで致命傷を避けることは出来た。
「ハハァ!!!これさえ受け止めますか!!やはり貴方はいいですね!!!!」
「真面目な性格とは裏腹に好戦的だなオイ!!!」
先程までの冷静さなどかなぐり捨てて一気に畳みかけに来るクロネに思わずそんなことを叫ぶ。
振り上げられた拳は一度でも当たれば致命傷になりかねない威力を持っている。
そんな暴力という言葉を体現した少女との戦いは綱渡りの連続なのだろう。
「だが望むところォ!!!!」
そんなものは今まで幾度も乗り越えてきた。もちろん今度も乗り越えられるという保証はない。
だがそんなのはいつだって同じだった。どんな戦いだって死ぬ可能性はあった。乗り越えられるという保証などいつもなかった。
そんな窮地を、俺はいつも恐れながらも笑って楽しんでいた。
「ふんっ!!!」
幸い彼女は人間だ。あくまで振るわれる武器は人間の肢体、そして技術。
ならばある程度先を読むことも出来るはずだと、俺なら出来ると言い聞かせ備える。
繰り出される拳は、ドラゴンの一撃をも上回るほど。
しかもそれを小さな拳に圧縮されているのだから、瞬間的な破壊力は恐らく全て破壊できる程だろう。
だからこそそれを利用する。
「ッ!!」
「同じ手に引っかかるなよなぁ!!!」
再びその腕をとり一本背負いの形に入る。
完璧な形で決まるそれは受け身など許さぬ速さで大地に叩きつける。
力が及ばなくとも小さい肉体であれば、重さもまた相応だ。ならば投げることも難しくはあっても不可能ではない。
「そちらこそ同じ手が通用するとは思わないことですね!!!」
だがやはりそう簡単にはいかない。
またもや大地が割れる音が響くが、クロネの身体が叩きつけられたわけではない。
彼女は恐ろしい反応速度で掴まれた腕とは逆の腕で自身の肉体を支えている。クロネの力を利用した投げ技だというのに、それがどうしたと言わんばかりに完全に大地を受け止めていた。
「いつまでも淑女の腕を掴むものではありませんよ!!!」
あまりにあまりな光景に一瞬反応が遅れたところを狙われ逆さまの状態のまま蹴りを飛ばしてくる。
頭を狙われたそれを首を傾けることで避けるが、掠った部分から血が飛ぶ。
それを気にする暇もなく続けて繰り出される蹴りを避けるため掴んだ腕を離して後方に飛ぶ。
後方に飛びつつ、圧縮した『魔弾』を撃ちだす。連射力は下がるが威力を高めたそれはクロネも避けざるを得ないのか後方に飛び距離をあけた。
「素晴らしい肉体。素晴らしい経験値。貴方の戦闘は私より遥かに上手いですね」
「その上手さをスペック差で叩き潰されかけてるけどな」
「いえ、貴方は誇るべきです。私が『六天』候補者足りうるこの固有、『神体』を前に大した手傷さえなく、戦い続けれるその事実を」
大した手傷がないとは言うが俺の身体は結構ボロボロだ。
身体中泥だらけだし、蹴りや拳が掠った部分からは血が滲んでいる。制服など先ほど掠った際にその部分だけ消し飛んで肌が見えている。
ただそれだけで住んでいるというのは彼女にとっては驚嘆すべきことなのだろう。構えつつ満面の笑みを浮かべながら戦意を漲らせている。
「『神体』ねぇ……。神様の身体とは大きく出るじゃねぇか」
「相対し、その力を体験している貴方であればそれが誇張ではないことは分かると思いますが。この『神体』は聖樹様がもたらした奇跡。他の『六天』とは違い、己が肉体のみで完結しているが故に使い手の資質が最も求められる『固有』」
素の肉体が強ければ強いほど出せる出力が上がっていく、ってところか。
そりゃ代々強い相手を求めるわけだ。
「私達キャスルーク家の者は男女問わず、求める異性の条件は強い者一択です。だからこそ目を付けたのなら決して逃がしません」
「同じ『六天』を狙ったらどうだよ。シェパード先輩とか、俺から見ても強そうだぞ」
「そうですね。確かにガウル・シェパードは強いでしょう。今の私と同等くらいはある。ですが私達『六天』は『六天』同士をそういう目で見ることはありませんし、血を交えたことも歴史上一度もありません」
本能的に避ける何かがあるのでしょう。
クロネは最後にそう付け加えるが、それを聞いた俺は少々研究欲に駆られてしまう。
なるほど、『六天』同士でそういうことはしないというのならそこには必ず理由があるはずだ。長い歴史上で一度もないなんてことは何かしらの原因があるはずだ。でなければそんなことありえないだろう。
こういった知識欲は俺の中でも大きいものだ。もし知ることが出来るのならそれこそノアに協力を頼みこむこともやぶさかではないくらいに。
「さて、色々と語りましたが結論を言いましょう。私は強い貴方を好ましいと思いました、一目ぼれと言ってもいいでしょう。なので私が勝ったら貴方の身柄をもらいます。誰にも文句は言わせません」
「そうかよ。それなら俺が勝ったらその血を貰うぞ。俺も色々と気になったからな」
血を採取できれば実験や調査にも進展がかなりあるだろう。
ここまで付き合わせたのだから献血くらいは許してもらいたいものだ。
だがそれは嫌だったのかクロネはその白い肌を赤く染めながら動揺しているようだ。
「グレン、貴様女誑しか?」
「グレン、一度殴られて」
遠くからシェパード先輩とノアの声が聞こえる。何故そんな解釈になるのか、何故俺に死を望むのか聞きたいところだがそんな暇はないだろう。
目の前のクロネの魔力が今まで以上に跳ね上がり、その体にみなぎる力は最高潮に達していると見れた。
「い、いいでしょう。そこまで言うのならば是非もありません。ですが、そう簡単にいくとは思わないことですっ!!!!」
クロネはそんなことを言いながらこれまで以上の速度で向かってくる。
もはや先程のように投げることなど不可能だろう。それでも俺のやることは変わらない。
生半可な攻撃ではダメージを与えられないのならば、とことん相手の力を利用してぶち込むのみ。
つまり命を懸けたカウンター勝負だ。
「おおぉぉぉぉぉッ!!」
「――――ッ!?」
同時に繰り出される拳同士。
リーチの差があるが、速度自体はあちらが上。よって当たるタイミングはほぼ同じ。
だからクロネの拳めがけて展開し続けた『魔弾』をぶち込み当たるタイミングを少しでもずらした。
その結果当たったのは俺の拳のみ。『固有』を使い、威力を解放することで『神体』を発動しているクロネを思いきり殴り飛ばす。
「っ!!!なりふり構わない方がよさそうですね!!!!」
だがやはり勝負を決めるには遠いダメージで済まされた。
『神体』で一番驚異的なのは触れれば何人たりとも破壊してしまう攻撃力ではなく、何をされようと傷つくこともなく耐えきるその防御力だろう。
「あまり使いたくない手ではありますが貴方なら死なないと信じましょうかっ!!!!」
そう言いつつクロネは地面を手で掬うように抉る。
まさか、と思った瞬間に彼女は強化された肉体全体で掬った土をこちらに向けて投げ飛ばす。
『神体』によって投げられたそれは音速を超えているのか目でとらえることは出来ない。
だから反射的に全力で『魔弾』を撃ち続ける。
「ぐっ、ぎっ!!!」
投げられた土は散弾のように迫りその全てを撃ち落とすことはかなわない。
俺も顔を腕で隠し防御態勢を取らねばならなくなった。
そしてその瞬間を見逃してくれるほど、目の前の相手は甘くはないし勝負所が分からないほど愚鈍ではない。
「こぉおおおおおれぇえええでえええええ!!!!!!!」
真正面から、土の散弾を撃ち落とすために放った『魔弾』の群れを全て体一つで受け止めつつ向かってくる。
最速で最短、彼女の癖なのだろう。その行動は非常に防ぎづらく、だからこそ読みやすい。
「狙い通りだよ!!!!」
先程クロネが言っていた通り、彼女は俺がこれで倒せるとは思っていないだろう。
だから最後は自分の手で決着をつけると思っていた。
それが俺の最後の正気だと判断し、彼女が真正面から向かってくることを信じて耐えた。
そして俺はその賭けに勝った。
「終わりィ!!!!」
「チェックメイトぉ!!!!」
クロネが右拳を振り下ろし、俺の指先から『魔弾』が放たれた。




