プロローグ すべての始まり
「ああぁぁあああああああああああぁあああぁああああああぁあああああ!?!?!!!!?!??」
山奥、誰も来ないようなった辺鄙な土地にある素朴な家から少年の叫び声がする。その声は遠くの村にまで届くようなデカい声でその声の持ち主は地面を転がり回って悶えていた。その声の正体は俺である。
「忘れろ忘れろ忘れろぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
血が出るのも構わず頭を何度も地面に叩きつける。それはまるで過去に対する懺悔か、それとも今の己の行動に対する羞恥心からなのか。あるいはそのどちらでもあるのか頭の冷静な部分で考えるが答えは出ない。
ただ確かなのはこのままこれを続けていたら死ぬだろうということだけ。
「うるっっっっっっさいわ!!!!!!今何時だと思ってぎゃあああああああああああ!?!!??床が血みどろにぃ!?!?!!!!!!このカーペット高かったのにぃ!!!!!!!!」
先ほどの叫び声と頭を叩きつけた連続打撃音によって起きたのか寝巻き姿で部屋の扉を蹴破ってきたのは一人の老人だった。その老人こそが今の俺の保護者であり、魔法使いとしての師でもある『ヘルメス・トリスメギストス』、控えめに言って天才だった生きた伝説である。
ただし今の彼の姿は高かったカーペットを汚されたことに嘆いてるただの老人のそれだったが。
「忘れたぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
その弟子は額から血を流しながら土下座の形で泣き叫ぶ俺。師弟揃って情けないことこの上なかった
閑話休題
とりあえず流れた血を拭き取り、カーペットを洗濯する。この時魔法を使い空中で水を回転させその中に洗濯物をぶち込むのが俺のやり方である。
一方嘆き終わった顎髭を無駄に蓄えた老人、つまるところ俺の師は紅茶を淹れて優雅な寝起きのティータイムと洒落込んでいた。一体何様のつもりなのだろうか。
「で、わしのカーペットを血で汚したことによる謝罪はまだかの?」
「すみませんでした」
初手土下座、全面降伏し謝罪をするのならばこれ以上の行為はないであろうことを躊躇いもなくする。
今回のことに関して悪いのは完全にこちらである上に言い訳の余地もない。ならば少しでもこの師の怒りを買わないようにこうする以外ないのだ。
「…………どうした、ついに頭がいかれたのかグレン。常に傲岸不遜で無駄に自信の塊である生意気なクソガキのお前が随分とまぁ大人しいではないか」
「アンタも大概失礼だよ爺。俺の性格が悪い理由の3割くらいはアンタの影響だよ」
「7割素ではないか」
馬鹿野郎、3割といえば野球でも結構打てる奴の打率だぞ、確か。あんまり見てなかったのでよく知らないが。あとこの世界に野球はないのでこの例えで分かるのは俺だけだ。
「それで7割自分のせいで性格が終わってる我が弟子。何があってもこんな夜更けにあんなデカい声出して叫んでおった?おかげでこっちは寝不足じゃい」
「……この前言ってた魔法、出来たから試したんだよ」
この前言った?と顎髭を手で撫でながらクエスチョンマークを頭に浮かべる爺さん。生憎これ以上は俺の恥になるので言いたくない。爺さんが思い出すまでの間の意味のない抵抗だが今の俺にはこれしか出来ない。
やがて顎髭を触っていた手を下ろした爺さんは得心のいった顔で俺を眺めてきた。
「ああ、確か前世の記憶を復活させるとかだったかの?えっ、マジで試したのお前?」
その疑問に対する答えは首肯だけで十分だろう。信じられないとばかりに凝視してきた爺は老人とは思えない速度で立ち上がりつつこちらを指差し、ニンマリといやらしい笑みを浮かべやがった。
いつもの俺に対する意趣返しなのだろうその顔は復讐を誓わせるには十分な苛立ちを俺に提供してくれた。その腰いわしたるぞテメェ。
「ヒャハハハハハハ!!どうせ前世虫とかじゃったんだな!!「俺の前世だぜ?英雄か伝説の竜とかに決まってるだろ」とか言っておったのに!!それでショック受けたんじゃな!!!!!」
こ、この爺……!!ご丁寧に俺のセリフを魔法で映像再現して煽るとかやってくれるじゃねぇか……!!アンタのその腰、明日までもってるといいなぁおい!!!!
「で、前世なんじゃった?カメムシ?それとも蛾か?シロアリでも面白いの。大穴でカミキリムシ」
「なんでアンタはそんなに俺を虫けらにしたいんだよ。普通に人だよ人。ただし異世界の、がつくけど」
『異世界』、その単語が出た瞬間先ほどまで笑い飛ばしていた爺の顔つきが変わる。
だがそれも理解できる。なにせその存在はずっと考えられ、研究されてきたが実在していると確認できたことは一切ないのだから。古くは『勇者召喚』によって異世界人を呼び出したという記録もあるらしいが真偽は不確かである。
そんな長年研究され続けてきたテーマのヒントになりうる情報が出てきたのだ。魔法使い=研究者、この情報に飛びつかない奴は大成しないと断言しても過言ではない。
「信憑性は?その前世確認魔法は確かなんじゃろうな?」
「俺の術式が間違ってなければな。そのまま床に書いたままだから調べてみれば簡単にわかるだろ、アンタなら」
紅茶のはいったカップを口元に近づけながらカーペットの敷いてあった場所に目線を向ける。その目は先ほどまで弟子を小ばかにしていたクソ爺のそれではなく、純然たる大魔法使いのそれだった。こういうところだけは素直に尊敬できる。普段はただのスケベな口の悪い爺だが。
「確かに……、この魔方陣を起動させれば発動できそうじゃな。どこでこんなもん知ったかは後で聞くが」
やべ、この前のお使いの時に紅茶のランク下げて胡散臭い魔法書買ったのバレそう。でも味音痴で何飲んでも同じ反応なのに無駄に紅茶にこだわる爺さんも悪いと思う。俺の月の小遣いも物凄い少ないし。
「で、その異世界はどのような世界だった?こちらに来る可能性は?どのような文明を築いておった」
「あー、惑星の名前は地球。世界の国の数は多すぎて分からねぇ。俺の前世が生まれ住んでいたのは日本って国で滅茶苦茶豊かだった。あと魔法文明がなくて代わりに科学文明が発展してたな」
「科学……錬金術の分野がさらに特化した、と考えていいのか?」
「錬金術とはまた違うなぁ……。なんていうか、色々と広がりすぎてて広く浅くならともかく深く理解するには専門家になるしかない感じだった」
飛行機とか船、主に戦艦とかもウィキで調べたことがあったなー程度しか覚えてない。そして今の俺は歴史に残りうる大天才だが前世の俺はただの一般人。
それもブラック企業で体をぶっ壊して死んだ憐れな存在。我が前世ながらそんなに辛いならやめればいいのにと思わんでもないが、色々としがらみとか大人のモラルとかあってやめたくてもやめられなかったのだろうなと思わず同情してしまった。
「…………で、なんでその前世の内容でお前叫んどるのじゃ?そんな前世なら普通なら狂喜乱舞して調べ始めるじゃろお前」
「………………………………しなんだよ」
いつ来るか身構えていた質問がついに来た。答えたくない、答えたくないがこの爺は必ず問い詰めてくる。そして抵抗すればするほどそれを知った時に爆笑して馬鹿にしてくるのだこのハゲは。俺は性格がよく悪いと言われるがこの爺の影響を多大に受けてるせいだと断言していいと思っている。
「は?」
「だから!!!今までやってきたことと言ってきた言葉が全部黒歴史になって恥ずかしいんだよ!!!!日本の常識を知って今までの自分を見直して!!なんか物凄い咬ませ犬みたいだなって思ってもう忘れたいんだよ全部!!!!!!」
そう、そこなのだ。俺にとって今重要なのはそこだけなのだ。日本人であった前世を思い出し、その常識を思い出し、そして今世で何をしてきたかを思い出せばそこには後悔しかなかった。
「なーにが「ドラゴンの巣?はんっ、そんなの俺一人で充分だぜ」だよ!!死亡フラグの塊そのまんまじゃねぇか!!!!「お前が魔法剣士?桑でも握って農地に戻った方が将来の為になるんじゃねぇの?」だよ!!!嫌な奴そのまんまじゃんか!!!!」
「無駄に多い魔力でバカスカ魔法撃ち込むのも馬鹿丸出しの。戦闘技術も叩き込んだのに宝の持ち腐れじゃ」
「反省してるよ!!!もう少し何とかならななかったのかって嘆いてるよ!!正直今すぐ過去に戻って自分をぶん殴ってあの言動を抑えたいよ本当にぃ!!!!!」
「失礼な言動して現地の人と諍いを起こすのも一度や二度じゃなかったしのぅ。まぁそれでこれからの人生を上手く生きれるようになったなら上々な結果じゃな」
髭をなでながらほっほっほっと好々爺のように笑っているが俺は忘れていない。目の前の爺が俺をドラゴンの巣に蹴り落としたことがあることを。マンゴティアの生息地に転移魔法で無理矢理送り付けたことも。
日本の氏より育ちという言葉を思い出したが、間違いなく俺の性格があそこまで自信満々になったのは目の前で笑ってる爺の扱きという名の拷問をくぐり抜けた経験からだ。この爺に拾われる前の俺はもう少しまともだったんじゃないかと信じたい。
「ま、ちょうどよかったわい。もう少しで学生生活なのにその性格のせいで退学などされたら儂の名前も傷つきかねんからの」
「アンタはどこまでも自分の事ばかりだな???…………待て、学生生活?何の話だ俺は聞いてねぇぞ!?」
学生生活とか……また二人組作ってとかを経験しないといけないのか!?先生と組むのはもう勘弁なんだが!!というか何一つ聞いてないから当然準備も何もしてないぞ俺!!!
「言ったはずじゃぞ、一ヵ月前くらいに。この仕事が終わったらお前学生なって」
「アンタが俺をメドゥーサの縄張りに放り込んだ時じゃねぇか!?そんなもん覚えてる余裕あるわけあるか!!!!」
「メドゥーサくらい軽く討伐せい。ワシの弟子じゃろうが」
こ、この爺ぃ……!!こうやって自分が出来ることは弟子も大抵出来るって感じで気軽に地獄に送り込むもんだから俺の黒歴史が増えていくんだ……!!
「と、とにかく俺は知らん!!そんなもん絶対行かんぞ!!」
「荷物はもう準備してあるからちゃんと持て。あと地図ないと迷って餓死するからちゃんと握りしめろよ?」
俺の抗議も無視してクソ爺は俺の周りに魔方陣を展開し始める。そしていつの間にか準備されているリュックが手元にある。こういう所は本当に無駄に用意周到なんだよなぁこの爺!!!
展開された魔方陣が光始め、俺の視界を染め上げる。もうこうなったら抵抗の余地はない。無理にこの魔方陣から出ようとしたら下手したら「壁の中にいる」にされて即死だからだ。実際にそれで魔物をぶっ殺してるのを見てるから間違いない。
「それで、心優しい師匠に対して何か一言ないかの?」
「帰ってきたら今度こそ下剋上かましてやるから覚悟しとけクソ爺」
俺が転移する前に見たのは思いっきり口角を上げた爺の姿だった。
……ああいう顔、きっと俺もしてたんだろうなと思うと、余計に反省の意が出てくるほどムカつく顔だった。
明日続き投下予定