20話、引き継ぎと酒
祈りがたりない。
救え。救うんだ、世界を。
10月、神在月がきた。
俺は今日、ミューズ様のおもてなしを父さんから引き継ぐ。
琴引山に父さんと2人で向かった。
この後、ミューズ様が来られたら、共に出雲まで向かう。父さんは1週間前にも、ここから出雲までのルートを確認したようだが、俺は今回は父さんについて行くだけなので、ここには初めて登ってきた。
空から、色の抜けた美女が、重さを感じさせない服を揺らして降りてきた。透け感のあるワンピースが陽光をまとって、確かに女神にしか見えない。
これで美の女神ではなく、歌の女神というのだから恐れ入る。
神様はやはり別次元なのか。
あの山ロリは、たぶん下っ端の神様なのだろう。
「初めまして」
優しく笑いかけてくれるミューズ様の声は、半分くらいが吐息でできたような透き通る声だった。
その後は、「例年通りで」という父の言葉で山の中を歩き始めた。
俺のバックパックには、食べ物関係だけが入っている。今回は2人体制での案内なので、かなり色んな物を持ち歩くことができるからだ。
今回の俺は食事係みたいなもので、歩きながら、食べられる果物や木の実を探していた。
見つけたのは、時期も終わり頃になったブルーベリー、旬の梨とりんごだった。
俺はそれらを少しずつ収穫し、バックパックの上の方に入れて歩いた。
昼は軽く休んでおにぎりと、ゆず酢で作ったかぶのお漬け物、ブルーベリーを食べた。甘みの強いブルーベリーだ。ティフブルーかな。好きなやつだ。
おいしい。
バックパックにはお漬け物、いくつかの野菜、調味料等を入れてきた。食べた漬け物の汁に、持ってきたかぶをナイフで切ってまた入れておいた。漬かればまたおいしく食べられるからな。
ミューズ様も、おにぎりとブルーベリーを食べていた。
おいしそうな顔をしているので、きっと満足していただけただろう。
夜は気合いを入れて短時間で料理をする。道中は、ほぼ黙って歩き続けるだけなので、色んな料理のアイディアが浮かんできたからだ。
日が落ちるとぐんと寒くなるので、たっぷり野菜の雑炊に採取した果物。最高だ。
鍋に水を入れ、小さく切った白菜と人参とほうれん草とベーコンを茹でる。そこにおにぎりを入れて、温めながらほぐす。だしの素を入れる。お米が好みの固さになったら、完成だ。
料理中に、ミューズ様も食べたいと話していたので、多めに作った。
食べると体かあったまる。最高の晩御飯ができた。
☆
ミューズ視点
なんなのよ。これは。
去年、おにぎりをもらった時もそうだった。体に力が貯まっていくのが分かる。
去年の感覚は本当だったのだろうかと、昼も夜もこの子のおにぎりを食べさせてもらった。
間違いない。
この子のおにぎりには、1000人に祈られるのと同じくらいの力がある。このおにぎりをめいっぱい皆で食べれば、厄災ごとき吹き飛ばせる気がする。
でも私は太らないように食事制限をしてるから、がっつくのは難しい。(神様だって大変なのよ!)
それからは毎日3食、ご飯をもらった。
その度に力が蓄積されていく。
久しくなかった力の滾り。
もう何日か過ごせば全盛期の力を取り戻せそうだったが、悲しくも出雲までたどり着いてしまった。
別れ際に、皆へのお土産におにぎりをもらえるかしら、と聞いたら、どのくらい欲しいか聞かれた。サービスのつもりで、首をこてんとかしげて、かわいく、
「出せるだけ?」
と甘くささやいた。
良佑くんは、
「3000個くらい出せますけど、、、」
と驚きの発言。
3千万人分の祈り、、、頭がくらくらする。
魔法の羽衣の上に出してもらって、亜空間に収納した。
これは、今年の会合が荒れる気がする。
でも、おもしろくなってきたわ。
☆
主人公視点
松江に日本酒を作っている場所があった。たくさんあるみたいなので、ふとっちょのお父さんに連れられて、そのうちの1つに見学に行った。
りおちゃんとふとっちょと俺の3人で、日本酒作りに必要な、水、温度、米と、材料はある程度そろう。後は作り方と、菌を手に入れればいけそうだ。
そうそう、おにぎりから塩を抜けないかと、出してみると、塩抜きのおにぎりを出すことができた。
もはや、完璧といっても良い。
この酒蔵の人に協力してもらえれば、、、でも少し難しいか。材料だけ少し分けてもらって、自分達でやってみるか。
酒が作れれば、アヤカシを酔わせることができるかも知れない。
島根県民なら皆知っている、スサノオノミコトがヤマタノオロチを酔わせて倒したエピソード。
その通りの流れを作ることができれば、アヤカシを倒すことができるかも知れない。
北高校、南高校、東高校、西高校。
高校の数と俺たちの人数が合わないのは、お稲荷さまか、山ロリか、親でも巻き込めばなんとかなるだろう。
松江がいくら酒処だといっても、百鬼夜行×4ヶ所もの酒を無料では提供できないだろう。
俺らが作れれば、と期待するのはそこだ。
どこで酒造りをするか悩んでいることを、校長先生に相談したら、北高校の側の小学校のプールを貸してくれることになった。今は使ってないから、気にしなくていいそうだ。
ただ、掃除は自分達でしてほしいと。
掃除なんてりおちゃんの手にかかれば、楽勝だ。りおちゃんの水魔法なら、あっという間だ。
俺たち3人は、学校のプールに着いた。
いや、まぁ確かに学校の先生に話したり、差し入れを渡して鍵を開けてもらったり、ここまでくるには色々とあった。
でも物語の重要ではない部分は省いてもいいだろう?
りおちゃんはまず、プールの水に水魔法で出した水を混ぜて、全ての水や落ち葉を浮かした。持ち上げられた水は、校庭全体の木々の水やり代わりに撒いた。
それから、お酒の味に影響が出るといけないからと、りおちゃんは水魔法でプールに半分ほど水を入れ、そこに校庭から拾った一握りの砂を混ぜた。砂は研磨剤代わりだそうだ。
りおちゃんが、プールの水をぐるぐると回し始めた。
俺は思い出した。小学校時代、これプールでしたなぁ。洗濯機と呼ばれていた。楽しかったなぁ。
けれど、すぐにそんな勢いではなくなった。竜巻のように水が舞い上がり始め、竜巻はどんどんと勢いを増して高く伸び、100メートルはあろうかという細長い棒のようになって弾けて消えた。
落ちてくる水の粒はキラキラときれいだった。
俺たちはそこに米と水を入れて温めた。
麹菌、酒酵母、乳酸菌と色々といれるということだったが、よく覚えていない。ペットボトルに入れる順番を書いてもらっていたから、それをタイミングを見て入れていくだけだ。
まずは、1と書いたペットボトルの中身をいれた。少し寝かせておかなければならないというので、りおちゃんの水魔法で蓋をした。何かできるらしい。不思議だ。
まぁ俺のじゃない魔法を全部理解するなんて無理だから、気にしないことにする。
日をあけて何度か通い、お酒っぽいものができた。
お酒かどうかはよく分からない。飲めないから。
まぁそれっぽい。
少し持ち帰って、それぞれの家で飲んでもらって確かめることにした。俺の父さんは、まぁ少し甘口の日本酒だと言ってくれたので安心だ。
いよいよ、アヤカシとの対決だ。
まぁこれで作れるならお酒はいくらでも用意できるから、まずは北高校のアヤカシ達に飲ませてみよう。
酔い潰せたら、実験は成功だ。
さて、いっちょやりますか。