その99(軍隊殺し4)
戦闘馬車は、前方に見える黒霧を迂回して先回りをするため全力で走っていた。
馬車で追いかけている待ち時間の中で、私は馬車の中から「楽々掘削」を投げつける案はどうかと提案してみたのだが、馬車が接近してもこちらを攻撃もせず、のほほんと進んでくれるのなら可能でしょうねと言われて却下されてしまった。
軍隊殺しは黒霧を展開しながら進んでいるので、先回りするのに成功していた。
そして黒霧の中に侵入すると、また私とエミーリアが「安心道案内」を付けて軍隊殺しを探し始めた。
そして発見するとエミーリアが「楽々掘削」を持って馬車を出ることになった。
私は、少しでも生存率を上げるため野営の時いつもお世話になっている「安眠空間」のマジック・アイテムをエミーリアに渡した。
「いいですね。これを起動させたままアレに近づいて投げる時だけ一瞬解除するのです。そして直ぐにまた再起動して全力で逃げるのですよ」
私がそう言うとエミーリアは、とてもすがすがしい笑顔でにっこりと微笑んだ。
「ええ勿論です。私は作戦を成功させてお嬢様に褒めてもらうのですから」
私は最後にもう一度エミーリアを抱きしめていると、後ろからアビーが声を掛けてきた。
「それは安眠空間のマジック・アイテムですね。ちょっと見せて貰えますか?」
エミーリアが快く手に持っていたマジック・アイテムを渡すと、アビーはそのマジック・アイテムを少し弄ってから返していた。
私は、最後にエミーリアに「身の危険を感じたら逃げるのですよ」と言ってから、馬車から送り出した。
後は作戦の成功を祈りつつ待つ事しかできないのだ。
戦闘馬車は全力で黒霧の中から脱出すると、バタールとの中間地点まで後退していった。
馬車から降りたエミーリアは、直ぐに「安眠空間」を起動させ、「安心道案内」のゴーグルで軍隊殺しの位置を確かめると、相手を刺激しないようにゆっくりと接近していった。
アレの幼体をツォップ洞窟で見ていましたが、成体は遥かに大きくそして外殻はより一層固そうですね。
あれでは「楽々掘削」を1本分では効果が無かった事でしょう。
確実に仕留めるには、この3本分の「楽々掘削」を腹の下で爆発させる必要がありますね。
この「楽々掘削」は起動ボタンを押して逃げるために10秒間の間がありますが、その間にアレが動いてしまいますから、6数えてから投げる方がよさそうです。
そうすると逃げる時間が無くなってしまいますが、これは仕方がありません。
ここで何としてもアレを止めないと、敬愛するお嬢様の故郷が無くなってしまうのですから。
お嬢様は、私が居なくなると悲しいと言ってくれましたが、私がモス男爵家の事件があった時お嬢様に助けて頂いたこの命はここで使うのだと思っております。
エミーリアは待ち伏せに向いた窪地を見つけると、そこに身を隠してアレが来るのを待つことにしました。
そして接近してくる軍隊殺しの姿を見ながら、喜びで身が震えていた。
私はモス男爵家の事件があった時、私だけお嬢様に助けられたご恩をまだ返し切れていないと思っておりました。
ここでそれを全てお返し出来る事に、私は喜びを感じているのです。
そして「楽々掘削」の起動ボタンを指で押し込むと、6数えてからそれを軍隊殺しの腹に向けて投げ込んだ。
私は戦闘馬車の天窓を開け上半身を乗り出すと、先程から目の前にある黒霧の様子に変化が現れるのをじっと待っていた。
すると黒霧の中からくぐもった爆発音が聞こえてくると、思わず耳を塞ぎ身を屈めた。
やがてやってきた衝撃波が私の髪の毛を乱暴に引っ掻き回していくと、目の前にあった黒霧が跡形も無く掻き消えていた。
そして目の前には軍隊殺しの大きな体が横たわり、腹のあたりからまだ燻っているのか白煙が立ち昇っていた。
どうやらエミーリアは成功したようね。
戦闘馬車の周囲に控えていたマレットの部下達からは、大歓声が上がっていた。
私は、そんな事よりも目を皿にしてエミーリアの姿を探していた。
「楽々掘削」を投げつけて逃げたのなら、まだ視界に写る範囲内にいるはずなのだ。
だが、その姿はどれだけ探しても、見つけ出すことが出来なかった。
私は溢れてくる涙を馬車の周りで歓声を上げている兵士達に見られたくなくて、上を向いていた。
涙で何も見えなかったが、脳裏にはエミーリアの笑った顔や困った顔が次々に浮かんできていた。
「エミーリア・・・貴女は偉大な事を成し遂げたのよ。そして私は貴女の事を忘れない」
私がそう呟くと、先程から聞こえていた歓声が次第に小さくなっていき、今度は戸惑いの声や罵声が聞えてきた。
どうしたのだろうと、涙を拭って前を見るとそこには屍だったはずの軍隊殺しが動いていた。
嘘・・・これではエミーリアの犠牲が意味の無いものになってしまう。
私は腹の底から怒りが込み上げてくると、握りしめた右手を突き出して汚い言葉を吐くことを抑えられなかった。
「こん畜生」
だが、その貴族令嬢にあるまじき言葉を窘める者は誰もいなかった。
それはこの場に居る全員が感じている言葉だったからだ。
マレットは私の怒声で我に返ると、剣を抜き駆け出していた。
「お前達、武器を取れ、奴に止めを刺してやるんだ」
「「「おおお」」」
マレットとその分隊は躊躇することなく手に武器を持つと、前方に横たわる軍隊殺しに止めを刺すべく走り出していた。
だが、それよりも早く固い甲冑のような外殻から何かがぬうっと出てきたのだ。
それは平べったい構造をしていて上部が外殻と同じくすんだ灰色、下部が腹と同じ白色をしていた。
そして下部の白い部分がぱっくり割れると、そこには二重になった鋭く尖った歯が並んでいた。
それは私達の無駄な攻撃をあざ笑うかのようにニヤリと笑ったように見えた。
いや、魔物に感情があるはずが無いので、私にはそう見えただけなのだが、それでも馬鹿にされているようで悔しかったのだ。
そして開いた口からは、あの黒い霧が吐き出されていた。




