その96(軍隊殺し1)
私が覗く遠見のマジック・アイテムの先には黒い霧があった。
それは予想よりも広範囲に広がっており、この中の何処にあの魔物が居るのか皆目見当がつかなかった。
やはりあの霧の中に入って探さないとならないようね。
まだルヴァン大森林の中に居るのだったら捜索も大変そうだったが、今は平原に出て来ていると思われるので、見通しは効きそうだった。
あの中では暗視も駄目なので頼りになるのは「安心道案内」というゴーグルだ。
これは3つしか無いので、エイベルが持っていた物を馬車の操縦主に渡して、軍隊殺しの幼体であるグラインダーを見た事がある私とエミーリアが軍隊殺しを探すことにして、右側を私が、左側をエミーリアが受け持つことにした。
黒霧の中には毒針を持った霧蜂がいるのだが、この戦闘馬車には戦場で展開する戦闘空間という空間魔法が使える仕様になっているで、これは好都合だった。
安心道案内から見える映像に色はなく、障害物が立体的構造で浮き上がるような感じだった。
今は平地を見ているので地面の起伏が見える長閑な風景だった。
だが、その光景は直ぐにホラーな光景へと変貌していた。
それというのも先程から馬車の結界に向けて無数の霧蜂が攻撃を仕掛けてくるので、その姿が「安心道案内」を通してばっちり見えるのだ。
安心道案内を着けていない人にとっては、何も見えない所に「ミシッ」とか「ガツン」とかいう霧蜂が結界に当たる音が聞こえるので、何も見えない中、嫌な音だけが聞えるのは堪らないだろうなと思っていた。
「エミーリア、そっちはどう?」
私が担当する右側にグラインダーの外見的特徴が見えなかった事から、左側を担当するエミーリアに状況を尋ねてみた。
「いえ、こぶし大程の無数の蜂が見える他は何も見えません」
それを聞いて私は少し落胆していた。
それというのも、無数の霧蜂が群がって来るこの光景が当面続くのかと思うと気持ちが萎えてきそうだった。
それは周囲を見ることが出来ない他の人達も同じだったようで、エミーリアの言葉を聞いて、動揺する声が聞えてきた。
だが、その動揺もAランク冒険者の冷静な声が収めてくれていた。
流石は魔物討伐のプロというところだった。
こんな状況だと馬は怖がって動かなくなってしまうが、ゴーレム馬は魔力で動いているのでその心配は無かった。
これはゴーレム馬車を貸してくれたお父様にも感謝した方がよさそうだ。
やがて、馬車の動きが鈍くなると完全に停止していた。
何かあったのかと馭者台との仕切りを開けて前方を見ると、丁度魔法師がこちらを振り返ったところでお互いのゴーグル越しに目が合ったようだ。
「どうかしたの?」
私がそう尋ねると、馭者役の魔法師は首を左右に振りながら答えてきた。
「前方におかしな物体があるようです」
馬車の中からだと前方部分は見えないので、天窓を開けて覗いてみる必要があった。
私は馬車の床にある取っ手を引っ張り、踏み台を持ち上げると、それに乗り天窓から顔を出した。
「安心道案内」越しで見える物は大きな岩に見えた。
だが、それが岩ではないのは動いているので分かった。
それはこちらに向かって動いているようだった。
ツォップ洞窟で見たグラインダーの外見はダンゴムシだったが、「安心道案内」越しではそれ程正確に見ることが出来ず、ダンゴムシかどうかは断言できなかった。
だが、この霧の中で動けるのは他に居ないだろうとは思ってもいた。
「エミーリア、アレだと思うのだけど貴女も見てくれない?」
一応1人で判断するよりも良いだろうという事で、エミーリアにも確かめてもらうことにした。
エミーリアは天窓から私が指さした方向にゴーグルを向けて、じっとそれを観察していた。
やがて、私の方を向くとコクリと頷いていた。
「お嬢様、多分アレでございます」
エミーリアも肯定したので、早速「楽々掘削」を仕掛ける事にした。
戦闘馬車の外には霧蜂が居るので、アビーに同行をお願いして「戦闘空間」の結界を張ってもらうことにした。
魔物に「楽々掘削」を踏ませると言っても、小さなスイッチの上に丁度魔物の足が乗っかるとなるとかなり運に左右されてしまうので、複数個所に設置して可能な限り踏む確率を増やさなければならなかった。
残っている「楽々掘削」は4つだ。
私はアビーと手を繋いで馬車から降りると、アビーに戦闘空間の結界を展開してもらい、早速エミーリアと2人で罠を仕掛けて行く事にした。
エミーリアは何処から取り出したのか、小さなシャベルを取り出すとそれで「楽々掘削」を直立して埋められる程の穴を掘っていった。
私はその穴の中に「楽々掘削」を入れて穴を埋めて行くのだ。
そして完成した跡は「楽々掘削」の突起が少し地面から出る状態だが、それはそこにある事を知っていなければ判別できなかった。
だが、それではせっかく仕掛けても踏んでくれないという問題があった。
そこで、起動する面積を増やすため、起動スイッチの上に軽そうな平たい石を置いた。
私達が3つ目を仕掛けていると、馬車から声がかかった。
それは直ぐ傍までアレが迫ってきているという警告だった。
それは先程から聞こえてくる軍隊殺しの足音が徐々に大きくなってきている事や、歩く度に地面が少し揺れる事からも分かっていた。
だが、この距離なら最後の1つも仕掛けられそうだった。
私とエミーリアが急いで4つ目を仕掛けていると、また、馬車の中から緊急を告げる声が聞えていた。
その声を聞いてアビーが声を掛けてきた。
「クレメンタイン様、そろそろ時間切れのようですよ」
「もう少しよ」
私はそう言うと4つ目の「楽々掘削」を仕掛けると穴を埋めて行った。
その間も軍隊殺しが近づいてくる足音や、地面の振動が大きくなってきている事は分かっていた。
馬車からは悲鳴に似た声が聞えてきた所で、ようやく4つ目の「楽々掘削」を仕掛け終わった。