その93(懐かしの我が家2)
メイド達に囲まれて館に入った私は、そのまま湯殿に連れて行かれた。
そこで旅の汚れを洗い落とされ夜着に着替えさせられると、ベッドに入れられたのだ。
そして次に目覚めたのは翌日だった。
「お嬢様、おはようございます。朝食の用意は出来ております」
私が起きたのに気付いたエミーリアがそう声を掛けてきた。
柔らかいベッドが私の体を優しく包み込んでいてとても心地良く、このまま二度寝したい気分だった。
ラッカム伯爵家でお世話になっていた時は別だが、王都を出てからこんなにのんびり出来た事は無かったのだ。
私がぐずぐずしているとお腹の虫がぐぅと鳴き出していた。
エミーリアがその音を聞き逃すことは無く、笑いながら私の掛布団を剥ぎ取っていた。
「料理長がお嬢様の好物を山ほど作っておりましたよ。早くしないとせっかくの料理が冷めてしまいます」
「うっ」
私はもぞもぞと起き上がると、直ぐにエミーリアに捕まり椅子に座らされて髪を整えられていた。
「エミーリア、貴女なんだかとても嬉しそうね」
「ええ、こうしてお嬢様のお世話という本来の仕事が出来るからです」
まあ、そうなんだろうけど。そう言われちゃうと、昨日までは冒険者仲間だったのにと何だがちょっと寂しい気分になっていた。
バタールでの食事は随分久しぶりだった。
私が席に着くと、料理長がクレメンタインの好物をこれでもかと出してきたのにはちょっと驚いてしまった。
流石に全部食べる事は出来なかったが、食後に料理長にお礼を言うととても嬉しそうな顔をしていた。
お腹が膨れて満足した私に、エミーリアからお父様が呼んでいると伝えられた。
私が眠っている間に、お父様に王都を脱出してからの経緯を聞かれたそうだが、私の口からも事情を聞きたいという事のようだ。
だが、それを聞いた私は暗い気持ちになっていた。
それというのも、お父様に叱られそうな点は幾つか考えられたからだ。
最も叱られそうなのは第一王子に婚約破棄された件だろう。
それにマジック・アイテム店で調子に乗って大量買いした事も考えられた。
こちらは半額をラッカム伯爵に肩代わりしてもらったが、それでも大金であることには変わりないのだ。
食堂を出てお父様達が待っているという部屋に行くまでの間、私は有罪確定の裁判に向かう被告人といった気分になっていた。
案内された部屋には、お父様の他、お母様と領軍で諜報や秘密工作を担当するバートランド・リンメルそれと領軍の参謀長ビル・ランドールが居た。
私が来たことに気が付いたお母様が「クレミィはここよ」と言って、自分の隣の席をぽんぽんと叩いていた。
それを見たお父様がちょっと不満そうに口を窄めたのを見逃さなかった。
だが、お父様ごめんなさい。
ここはお母様の隣に座りますと目で合図を送ってから、指定された場所に腰を下ろした。
お母様は親鳥が雛を守るように腕を私の腰に回すと、がっちりとガードしてきた。
「こほん、それでエミーリアやエイベルから話は聞いたんだが、クーからも説明を聞きたいんだが、いいかい?」
いよいよ私を被告にした裁判が開廷されるようだ。
私はゴクリと唾を飲み込むとお父様の様子を窺った。
だが、その顔からは怒りの度合いは読み取れなかった。
私は出来るだけ簡潔に学園の卒業パーティーから、冒険者になってツォップ洞窟を抜け、ルヴァン大森林でAランク冒険者に助けられた辺りまで説明していった。
ぴったりと寄り添っているお母様が話のどの部分で感情を高ぶらせたかが分かったが、それは私が婚約破棄された事ではなく、ツォップ洞窟でグラインダーに遭遇した部分だった。
そしてお父様も婚約破棄された部分には、全く反応しなかったのだ。
むしろ私が慌てたのはターラント子爵に裸踊りをさせられそうになった部分で、それを聞いたお父様が激高して、今すぐ殴り込みをかけそうな勢いだったのだ。
なんとか宥めて思い留まって貰うまで、本当に大変だったのだ。
あれ? あれ、あれ、あれ?
私が婚約破棄された事はそれ程重要ではないのでしょうか?
私はてっきりその点を詰問されるだろうと覚悟を決めていたというのに、あまりにも呆気なく流されていた。
「ほう、被害者の会か」
そしてお父様は意外にも、私がラッカム伯爵達に提案した被害者の会の部分に反応していた。
それなら私も婚約破棄の件は無かった事にして、お父様が振ってきた話題に全力で乗っかりますわ。
「そうですわお父様、卒業パーティーで婚約破棄された私達4人はお互い協力して、第一王子派に損害賠償請求を行うのです」
私が力を込めてそう言うと、お父様はとても嬉しそうにうんうんと頷いていた。
そして諜報や秘密工作を担当しているバートランド・リンメルに顔を向けると、自分の娘がいかに優秀かを言いたてて、どや顔をするという行動に出ていた。
「どうだリンメル、我が娘は。王都から脱出するだけではなくその道すがらこれだけの仕掛けをしていたのだぞ。凄いだろう」
ちょっとお父様、そんな親馬鹿発言を部下の方にしても相手が困ってしまいますわよ。
だが、そう問われたリンメルも、呆れるでもなく、私を持ち上げるという行動に出ていた。
「まさに左様でございますな。次期当主に相応しい活躍でございます。せっかくお嬢様が工作をされましたので、後は私の方で活用させて頂きます」
「うむ、頼んだぞ」
あれ? なんだが、私が知らない所で勝手に話が進んで行くような気がするが、きっと私の勘違いだと思うことにしよう。
うん、私は悪くない。
それよりもビンガム男爵領に帝国軍が居たと報告したのに誰も反応しないのは何故なのでしょうか?
「お父様、ビンガム男爵領に居る帝国軍への対処はどうするのですか?」
「ああ、奴らならシミットに居るよ」
え? シミットと言えばスィングラー公爵領の領都ですよね。
ビンガム男爵領からスィングラー公爵領に行くには辺境伯領を通過する必要があるはず。
お父様が黙って見逃がした?
あ、庭の負傷者。もしや、負けたのですか?