その88(扇動者2)
慌てて後を追うと、後ろから2人も付いてきている足音が聞えてきた。
イライアスは、自分が最も信頼する相手が裏切った事が未だに信じられなかった。
そしてロナガンと一緒に酒を飲んで語り合った事を思い出していた。
あれは全部嘘だったというのか?
やがてロナガンは、路地にある2階建ての建物の中に入っていった。
この路地は建物がひしめき合って立っているので、一軒の間隔は狭く奥行きは結構ある造りのようだ。
建物内は狭く自由に動けない構造だという事は容易に想像ができた。
このまま突入するには危険な気がするが、どうしてもロナガンに事情を聞きたいという欲求の方が強かった。
イライアスは迷うことなく扉を開けるとそのまま中に突入していた。
建物の中は薄暗く、明るい路地から入ったため最初は何も見えなかった。
だが目が眩闇に慣れてくると、そこには細長い通路が奥まで伸びているのが見て取れた。
罠かもしれないという恐怖心に心臓が今にも飛び出しそうなほど高鳴っていたが、リリーホワイト嬢が居る手前、そんな格好悪い事は出来なかった。
大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、最初の一歩を踏み出した。
通路が暗いのは明り取りの窓が全く無いせいだが、何故明かりを用意しないのかは分からなかった。
暗い通路では罠が有っても見つけられそうも無いので、一歩一歩慎重に進んで行った。
そしてようやく通路の先にある扉まで辿り着くと、ドアノブに手を掛けた。
何が出るか分からなかったが、この先に居るのは今まで何度も酒を酌み交わした友人だと自分に言い聞かせていた。
そして一度後ろにいる2人に頷くと扉を開けた。
そこには懐かしい友人の姿があった。
ロナガンは部屋にある4脚の椅子の一つに座り、目の前のローテーブルの上にはカップが4つ置かれており、淹れたてなのか湯気が立っていた。
イライアスが部屋に入ると、後ろからリリーホワイト嬢とジャイルズも中に入って来たことが足音で分かった。
「ロナガン、お前は女なのか?」
「キャロル、貴女まさか男だったの?」
ロナガンは2人の疑問に答える事も無く、空いている3脚の椅子を指し示すと、にっこり微笑んでいた。
「まあ、座ってお茶でもどうだい。君達のために用意しておいたんだよ」
イライアスは一瞬戸惑ったが、友人の態度が何時もと変わらなかったことから、自然とロナガンの正面となる席に座った。
他の2人も空いている席に座ると、ロナガンが口を開いた。
「やあ、イライアス。それにフィービー。君達の感心事はそんな事なのかい?」
そうだった、俺が今聞きたい事はそんな事ではないのだ。
「ロナガン。お前は裏切ったのか?」
「イライアス。君は何をもって俺が裏切ったと言うんだい?」
イライアスは、ロナガンの返事に戸惑っていた。
ロナガンの顔には裏切った者特有の後ろめたさが全く無かったのだ。
イライアスはその普段通りの顔に怒りが込み上げてきた。
「お前は、第二王子派を扇動して王国を混乱に落としたのか? まさか、あのラングトンとかいう奴もお前の仕込みなのか?」
イライアスがそう指摘すると、ロナガンはじっとこちらを見つめてきた。
そして溜息を一つくつと徐に口を開いた。
「イライアス、君は俺にこう言ったんだぞ。『ロナガン、俺がリリーホワイト嬢を娶るにはどうしたらいいんだ』と」
「お、おお、た、確かにそう言ったな」
それまで怒っていたイライアスは、思いがけない事を言われて焦っていた。
おい、ここにはその本人も居るんだぞ。
そんなはっきり言うんじゃない。
恐る恐る彼女の方を見ると、やはりというか顔を両手で覆って俯いていた。
だが、隠されていない耳は赤くなっていたのをしっかり確かめていた。
「だから、俺は君の願いが叶うように計画を練り、実行しているのだ。これが完成すれば君は王太子になり、リリーホワイト嬢は将来の王妃になんだよ」
「え?」
隣では、リリーホワイト嬢が驚きの声を漏らしていた。
だが、俺にはどうしても納得がいかなかった。
「ふざけるな。このままなら、あのラングトンとかいう奴が国王になるだろうが。一体どうやったら俺が王太子になるというんだ?」
イライアスのその質問に、ロナガンはニヤリと口角を上げていた。
「なれるさ。帝国の属国経営は、君臨すれど統治せずなのだ。君は属国の国王となり、リリーホワイト嬢を娶るのさ。帝国は問題なくそれを認めるよ」
帝国だと。だが、ゲーム補正はイライアスにも掛かっていた。
イライアスは王となりリリーホワイト嬢と一緒になれるという部分に惹かれていた。
「ロナガン、お前の計画だとそうなるのか?」
「ああ、そうさ」
イライアスは、リリーホワイト嬢と一緒になれるという事で頭が一杯になっていた。
そんなイライアスに注意を促したのは、後ろに居たジャイルズだった。
「ちょ、殿下。しっかりしてくださいよ」
その声はそれでいいのかと言いたげだった。
だが、そのおかげで流されかけていた思考が元に戻ったのだ。
ロナガンは既に立ち上がり、後ろにある扉に手を掛けていた。
「おい待て」
イライアスは思わず声を掛けたが、ロナガンは手を挙げて別れの挨拶をしてきた。
「イライアス、それにフィービーちゃん、まだ、仕事が残っているんだ。それが済めば、君たちの結婚式に出席させてもらうよ」
そう言うとロナガンは出て行ってしまった。残された3人は暫く茫然としていた。
「殿下、拙いですね。帝国が背後に居るとなると、敵の勢力がどれだけなのか見当もつきません。第二王子派は敵側についたのはこれを見越していたのでしょうね」
「そうだな。急ぎ陛下に報告する必要がある。戻るぞ」