その85(帝国の参謀2)
「あの2人はメイドと馭者で、護衛ではないわ。それに私一人ならまんまと逃げてしまうかもしれませんよ」
私も自分で言ってみてそれはどうなのかと思ったが、目の前の男は何やら考え込んでいた。
「・・・つまり、お前が逃げ出さないように足手まといを付けておけと言いたいのか?」
「ええ、そうよ」
バルリングはため息をつくと首を横に振っていた。
「全く駄目だな。それじゃ子供だって説得できないぞ。学園の試験なら落第点だよ、クレメンタイン嬢」
え、学園? これは謎かけ、それとも、何かのブラフなの?
私が戸惑っていると、バルリングは真面目な顔になっていた。
「まだ、思い出さないのか? まあ、尤も君の興味は第一王子とリリーホワイト嬢くらいだったから仕方が無いのかもな。だが、学園でもお前の周りには世話をする人間を沢山侍らせていたな。一人では何もできない貴族令嬢なら仕方がないのか。仕方がない、あの2人を世話係として付けてやろう」
もしかしなくても貴方は乙女ゲームの登場人物だったのですか?
だが、何度考えてもあのゲームにアーベル・バルリングなんて名前は出て来なかったはずだ。
でも今は2人の延命が叶った事に素直に安堵しておこう。
そして当面の懸念が消えたので、次はどうやってここから脱出するかを考えてみることにした。
それにお父様なら、ビンガム男爵領での異変に気が付いて調べに来てくれるはずだ。
ここから帝国に護送されるとなると、ルヴァン大森林を経由することになるが、それなら辺境伯軍の巡回部隊に出くわす事だって可能性としてはあるのだから。
「何を考えているか分かっているぞ。だが、お前は明朝には帝国に護送されるのだ。ダグラスに助け出せる時間的余裕はないぞ。それにお前を助けようとしても、その余裕はきっと無いだろうよ」
何だろう、この男の余裕の表情は?
まさか、まだ隠している事があるとでもいうの?
「お父様に何か仕掛けたのですか?」
「ああ、俺は作戦参謀だからな。帝国軍が侵攻するのに邪魔になる存在にはきちんと対応しておくものだよ」
私は何をしたのか聞き出そうとしたが、どうやら会談はこれで終わりのようだ。
バルリングが手を振ると、傍で控えていた兵士が私の腕を掴むとそのまま立ち上がらせたのだ。
「おい、その娘からマジック・バックを忘れずに取り上げて置け」
「は、畏まりました」
そう言って私の腰にあったマジック・バックを外すと、今度は私の左手首を持ち上げた。
「参謀殿、これはどうしますか?」
兵士がこれと言ったのは私の冒険者プレートだった。
だが、バルリングは冒険者プレートには大した感心を示さなかった。
「既にビンガム男爵領は帝国軍が支配している。それにこれから向かうルヴァン大森林には冒険者は居ないからそのままで構わないぞ」
「参謀殿、何故居ないと思われるのですか?」
「冒険者がわざわざ危険地帯である国境の森にやって来ると思うか?」
「ああ、成程、確かにそうですね」
そう言ってバルリングの言に納得した兵士は、マジック・バックを剥ぎ取るとそのまま拘束する場所へ連行していった。
私は廊下を歩かされながら、心の中でお父様に謝罪していた。
ああ、お父様、申し訳ございません。
私は第一王子派から逃れようとして、最も厄介な相手に捕まってしまったようです。
私の愚かな行動のせいで、お父様が困った事になりませんようにと。
そして私は、納屋のような狭い部屋に閉じ込められていた。
武器もマジック・バックも取り上げられていたので、扉をこじ開ける事も出来なかった。
外からは警備兵の足音が聞えて来るので、仮に鍵開けのマジック・アイテムがあったとしても脱出は難しいだろう。
他にすることも無かったので、学園でアーベル・バルリングが居たのかどうかを考えてみる事にした。
だが、どう考えても男子生徒の中であの男を見た事は無かった。
そこでまさかとは思ったが、頭の中でアーベル・バルリングに学園の女子生徒の制服を着せてみた。
するとぴったりと嵌る人物が一人いるのに気が付いた。
それは余りにも身近な存在だったので、何故直ぐに気が付かなかったのかとおかしくなってしまう程だった。
それは高月瑞希としてゲームをプレイした時に、幾度となくゲーム進行を助けて貰ったお助けキャラのキャロルだったのだ。
ゲームの中での主人公は元平民の男爵令嬢という定番の設定だったので、他の女子生徒と仲良くなれず、唯一友達になってくれたのがキャロルなのだ。
キャロルは、ゲームの節目節目で適切な助言を与えてくれたり、クレメンタインの罠を事前に教えてくれたりと、とても頼りになる友人だったのだ。
これもゲーム補正なのだろうか?
あんなに頼りになる友人を今度は敵の首魁にするなんて、なんて意地悪な設定なのよ。
翌朝、私は両手両足を縛られたうえで館の前まで連行されると、そこには私を帝国に護送するための馬車が待っていた。
そこで猿轡を噛まされると、横向きに護送馬車の床に転がされた。
その後、私の背後に人の気配を感じて振り向くと、そこには同じように拘束されたうえ猿轡を噛まされたエミーリアとその向こうにはエイベルの姿が見えた。
よかった。2人とも無事で。
それにしても、この態勢はスクリヴン伯爵領を出てラッカム伯爵の隊商に捕まった時もそうだったが、この世界での護送とはこの態勢が普通なのだろうか?
それからさほど待つことも無く、護送馬車はルヴァン大森林に向けて走り出した。
私が帝国に向けて護送されたのと同じ日、ビンガム男爵領から王国各地に向けて、現王の第一子と言う人物が挙兵した旨を知らせる早馬が出発していた。