その80(ツォップ洞窟第4層4)
とある冒険者視点に変わります。
俺はツォップ洞窟を活動拠点としているCランク冒険者だ。
農家の次男として生まれた俺には可愛い妹が居た。
そして土地が痩せていてとても5人家族が満足に食べる事が難しかったので、腕に自身があった俺は直ぐに冒険者になったのだ。
稼いだ金でお土産を持って家に帰ると、キラキラした目で俺の帰りを待っている妹から「おかえり」と言われるのがなによりの楽しみなのだ。
そして、妹の期待に潤んだ目で俺が持って来たお土産を開ける姿を見るだけでそれまでの苦労が報われるのだ。
そして俺は妹が喜ぶ顔が見たくて、そしてより実入りが良く大金を稼げると噂されているこのツォップ洞窟にやって来たのだ。
そして直ぐに俺の希望は打ち砕かれた。
ここに居る冒険者は皆、海千山千の詐欺師ばかりで、他人の上りを掠め取る奴、無理やり賭博に誘って有り金全部を奪っていく奴らばかりだった。
ソロで活動していた俺は、洞窟内で仕留めた獲物を奪われたり、換金した金を暴力で奪わると、最早真面目に冒険者をすることを止めたのだ。
今は専ら、洞窟にやって来て罠に嵌った冒険者から有り金を奪う事を生業としていた。
有り金を奪った冒険者が、その後どうなろうと俺の知った事ではないのだ。
その後、可愛い妹が俺の後を追って冒険者になったと聞いた時、妹と冒険者パーティーを組みたがったが、ツォップ洞窟での俺の本当の姿を見られたくなくて、それを諦め、代わりに冒険者になったお祝いとしてクリーム色の髪留めを贈ったのだ。
妹は大層喜んでくれて、その髪留めを直ぐに使ってくれたのだ。
そして何故か一緒に冒険者になった幼馴染2人と冒険者パーティーを組んだのだ。
あの2人とパーティーを組んだと聞いて当初反対しようと思ったのだが、妹が冒険者パーティーの名前を俺が贈った髪留めにちなんで「飾り紐」と命名したと聞いて思わずほっこりしてしまい、そのまま賛成してしまったのだ。
そしてあのひょろひょろした男がどうやら俺の可愛い妹と付き合っていると風の噂で聞いた時、俺は激高したのだ。
あんなひょろひょろした頼りない奴に妹を任せられるはずが無いのだ。
妹と釣り合うのは俺のようなぷっくりと太った良い男のはずなのだ。
そんな可愛い妹が危険な目に遭ったという事を先日、冒険者ギルドに行った時に何回か袖の下を使った事のある職員から聞いたのだ。
それによるとどこかの貴族からの依頼だったが、それが罠だったらしく拙い事態に陥ったのだが、幸い近くに居た他の冒険者に助けて貰ったそうだ。
相手が貴族だった場合、冒険者によっては後のトラブルを嫌って緊急通報を無視する事もあるそうだが、その冒険者はそれでも助けてくれたのだ。
そのミズキという顔も知らない冒険者にはとても感謝していた。
このツォップ洞窟の第4層はとても危険な場所だが、そんな中、安全な通路が幾つもある事を発見したのだ。
その通路を使って安全に移動できるようになると、時折、功名狙いの冒険者がグラインダーに戦いを挑んで負けるのだ。
そして決まってその冒険者はあの穴に落ちていた。
あの穴は、一度落ちると自力では脱出できない罠になっているのだ。
俺はそんな馬鹿な連中に手を貸す素振りをして、有り金を巻き上げるのだ。
第4層は緊急通報が殆ど効かない場所なので、そんな事をしても今まで一度もバレた事は無かった。
それにあの穴に落ちた連中は、唯の一人も生き残れないからだ。
そして今日もそんな馬鹿が、グラインダーに戦いを挑んでいる音が聞えてきたのだ。
俺は安全な通路を使い戦闘が行われているホールに向かうと、そこでは3人の冒険者が戦っていた。
そして火炎系の高位魔法を放っていたのだ。
あいつ等も魔法が効かないのを知らない馬鹿な連中のようだ。
高位魔法が使える傲慢な連中は、皆、自分に輝かしい経歴を付けるため戦いを挑み、そして負けるのだ。
本当に馬鹿で、俺にとっては生活の糧になる連中だった。
案の定、魔法が効かず戸惑っているところを丸まったグラインダーに攻撃されていた。
そして逃げることも出来ないと悟った連中は、唯一の脱出路に見えるあの穴に落ちて行くのだ。
戦闘を行っていた3人もやっぱりあの穴に落ちて行った。
後は、あの連中から身ぐるみを剥ぐだけの簡単な仕事だった。
今日は珍しく女性冒険者が居て、性的な欲求も込み上げてきたが、下手な事をして俺のしている事がバレると大変なので見捨てる事にしたのだ。
そして、安全な通路を通り、第3層に上がると、そこで戦利品を確かめる事にしたのだ。
籠の中にあった物を全て裏返して全部出すと、銀貨や銅貨に混ざって金貨も結構あった。
そしてマジック・バッグの中味をぶちまけると色々なマジック・アイテムが出てきたのだ。
うひょ~、これは大漁だぜ。
マルコムは久々の大金に鼻に穴が開いていた。
戦利品の中には魔法を封じ込めたスクロールもあった。
マルコムはそれを手に取り封印の帯封を見ると、そこには「空間圧殺」と書かれてあった。
知っているぞ。
これはAランク冒険者アビー・グウィネス・キャナダインが得意な空間系の魔法で、魔法空間に閉じ込めた対象物を空間ごと圧縮して中の獲物を圧殺する魔法だ。
この空間に閉じ込められると二度と脱出は不可能なのだ。
この魔法があるので誰もアビーに戦いを挑む者は居ないと言われていた。
これではっきりした。
あいつ等、高度な魔法を封じ込めたスクロールを手に入れて、気が大きくなってグラインダーに戦いを挑んだのだろう。
なんて馬鹿な奴らなんだ。
まあ、俺にとってはとてもありがたい馬鹿どもだったがな。
そして、それが目に入ったのだ。
それは他人には何の価値もない物だったが、俺にとってはとてもとても大切な物だった。
震える手でそれを摘まむと見間違えかもしれないと、もう一度見直してみた。
だが、それは何処をどう見ても、妹に贈ったあのリボンだったのだ。
俺はそれを手に持つと先程騙してやった冒険者の元に全速力で走っていた。
妹は俺からの贈り物をとても気に入っていて、それを自分から手放す事などありえないのだ。
すると、あのリボンを持っていたあいつ等は一体妹になにをした?
焦りと怒りのため理性を失った俺は、そのままでも野垂れ死ぬ相手の息の根をどうしても自分で断ってやりたかったのだ。
そして例の穴までやって来ると下に居る連中に大声で怒鳴りつけていた。
「お前ら、妹に一体何をした?」