その73(脱出)
「ガチャリ」
男が扉から出て外から鍵をかける音が聞えてきた。
そして薄暗い空間には、私達の息遣い以外何の音も聞こえなかった。
そんな中、なんだかエミーリアの息遣いがやけに早くなっているのに気が付いた。
もしかして、エミーリアは閉所や暗闇が苦手だったのだろうかと考えたが、それは全くの的外れだった。
「ああ、私もお嬢様の裸踊りを是非見たいです」
「ちょ、エミーリア一体何を考えてるのよ」
まだ麻薬でおかしくなるには早すぎますよ。
「失礼いたしました。ですが、お嬢様これからどうなされますか?」
一刻も早くここを脱出したいのだが、それにはまず状況把握が必要だ。
今閉じ込められている部屋は円形をしており、中央に鉄格子が嵌められて牢の部分と出入り口のある監視の部分とに分かれていた。
そして窓は無く、唯一の出入り口は監視部分の先にある鉄製の扉で、鍵を掛けられていた。
壁は土壁のようだが、結構な厚みがあり頑丈そうだ。
そして問題の香炉は先程まで番人が居た木製の机の傍に置かれていてかなり距離があり、火を消そうにも手は届かないし、消す手段も思いつかなかった。
香炉からは白い煙が立ち昇り、じわじわと室内の空気が淀み始めていた。
何か手はないかと、マジック・バッグを取り出して中身を確かめてみる事にした。
このマジック・バッグは背中というよりも腰にベルトで止めているので、その上からマントを被っていると物を背負っているようには見えないのだ。
今回はそれが功を奏して、幸運にもマジック・バッグを取られずに済んでいたのだ。
そして中を探っていくとシュネッケの町で買ったマジック・アイテムが出てきた。
「これよ」
「え、何がでございますか?」
私が突然大声を上げたので、エミーリアは慌てて聞き返してきた。
私が手に持っているのは「石鹸要らず」という野球ボール型のマジック・アイテムだった。
私は手に持った「石鹸要らず」をエミーリアの頭の上で割ると、エミーリアの体を覆う膜が出来上がっていた。
その出来栄えをチェックすると今度は自分にも同じ事をしようとすると、エミーリアが私の手から石鹸要らずを奪い取っていた。
「お嬢様、ご自分で割るのは大変でしょう。私が代わりにやりましょう」
そう言うと私の頭の上で割ったのだ。するとみるみるうちに私の周りには薄い膜が覆っていった。
シュネッケの炭鉱労働者ご用達の店員の話では、これであの煙を防げるはずだ。
そしてこの「楽々掘削」で牢屋の壁に穴を開けて脱出するのよ。
「エミーリア、これで壁に穴を開けて脱出するわよ」
「お嬢様は危険です。これは私が」
エミーリアはそう言うと私の手から「楽々掘削」を奪い取ると、牢屋の壁を調べ始めた。
鉱山では岩盤に小さな穴を開け、その中に「楽々掘削」を差し込んで周囲の岩を破壊するのだ。
だが、牢の壁は差し込めそうな穴はなさそうだった。
どうするのだろうと思っているとスカートの中からアイスピックのような道具を取り出すと、壁に突き刺して穴を開け始めていた。
それにしてもエミーリアのスカートの中って一体どうなっているのかと疑問が湧いてきた。
だが、そんな事を聞くわけにもいかず黙って成り行きを見ていると、あれよあれよと言う間に「楽々掘削」が差し込めそうな穴が出来上がっていた。
エミーリアは自分の仕事の完成具合に満足するとこちらを見てにっこりと微笑んできた。
その顔は今から仕掛けますと言っているようだった。
そして右手に持った「楽々掘削」の頭部を親指で押し込むと、そのまま出来立ての穴の中に差し込み私の方に走ってきた。
そして私の体に覆いかぶさると爆発から私を庇ってくれた。
「ドカン」
私は爆風と音で揉みくちゃにされていた。
耳はキーンという音が鳴り響き一時的に音が聞えなくなっていた。
爆発の威力は凄まじく、辺りには土壁の破片がまき散らされており、もうもうとした煙によって周りは何も見えなかった。
流石は岩盤掘削用のアイテムだと感心してしまうが、大きな爆発音が響き渡ったので直ぐにでも人が集まってくるだろう。
人が集まってくる前に行動を起こさないとせっかくのチャンスがふいになってしまうのだが、周囲は白い煙が充満していて何も見えなかった。
どうしようかと、焦り始めた時にもう一つアイテムがあるのに気がついた。
あ、そうだ。あれがあったわね。
私はマジック・バッグの中から「安心道案内」を取り出すと、それを装着した。
安心道案内は超音波で物体の輪郭を浮き上がらせるので、牢の外壁に開いた穴がくっきりと浮かび上がっていた。
私はエミーリアの手を掴むと、その壁が無い部分に向けて走り出した。
建物から脱出して煙の外で出ると、直ぐに遠くから声が聞えてきた。
「おい、待て」
いや、待てと言われて待つ奴はいませんよ。
そのまま外壁に向かって花壇やら畑やらを踏み荒らしながら突き進んでいると、後ろから微かに複数に足音と鎧が擦れる金属音が聞えてきた。
私は後ろを振り返りたい衝動を何とか抑えながら、目の前に聳え立つ外壁に向けて走っていた。
最初は遠くに見えた外壁も今ではかなり大きく見えるようになっていた。
石造りの外壁には接合部分に白い漆喰のようなものがあり、長年の風雪で所々微かな隙間があった。
どうやら誰の目にも触れない裏手側の塀は手抜きされているようだ。
敵兵に追いつかれる前に脱出しなければならなので、目に付いた穴に「楽々掘削」を差し込み、壁沿いに横に逸れると爆発に備えて身を伏せた。
「楽々掘削」が起動するまでの時間がとても長く感じた。
その間も敵兵が怒鳴り声を上げながらこちらに走ってきているのだ。
私は心の中で「早く、早く」と叫んでいた。
その声が聞えたのか直ぐに爆発音が響き渡った。
「ドカン」
その音と共に壁が崩れるガラガラという音が続いていた。
そしてそこには崩壊した壁の残骸があった。
私とエミーリアは崩れ落ちた瓦礫の山に足を踏み込むとそのまま瓦礫が崩れてきた。
何とか登ろうと四つん這いになって進んで行くと、その間も追っ手の怒声と足音はだんだん近くに聞こえるようになっていた。
焦ると余計に足元が崩れて登れなくなるのでパニックになりそうになっているとエミーリアがやけにのんびりした声を掛けていた。
「お嬢様、焦る必要はございません。敵はまだ遠くに居ます」
私はその声にほっとすると、何とか瓦礫の山の頂上に辿りつくことが出来た。
そこで気が抜けたのか後ろを振り返ると、そこには瓦礫の山をわらわらと登って来る大勢の兵士の姿が見えた。
その姿は、前に借りてきたDVDで見たゾンビの大軍が主人公を見つけて襲ってきた時の光景と重なって見えていた。
「ひっ」
私はエミーリアの腕を掴むと脱兎のごとく瓦礫の山を駆け下りると、壁の外の道を走り出していた。
後ろからは様々な雑音が聞えて来るが、それに注意を向ける暇は無いのだ。
必死に走っていると、今度は馬の蹄の音と車輪が回転する音が聞えてきた。
その音に道を走っていては逃げられないと悟り、何とか細い路地を探していると、エミーリアが後ろから抱き着いてきたので走れなくなっていた。
「ちょっと、エミーリア何をしているのよ」
必死に抗議をした私は、エミーリアからの「落ち着いてください」と言う声と、その後ろから聞こえてきた「お嬢」という言葉でようやく事態が呑み込めたのだ。
そこには懐かしいエイベルが手を振りながら馬車を止めるところだった。
「お嬢、お待たせしました」
ご愛読頂きましてありがとうございます。次話から第3章になります。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。誤字報告ありがとうございました。他にも修正が必要な個所がありましたので、修正しております。