その55(会食という名の駆け引き2)
「クリスタル様・・・お気の毒に」
その呟きはサイラスの耳にも届いたようで、彼の顔には驚きの表情が浮かんでいた。
だが、その呟きに返事が返ってくることは無かった。それというもの給仕の女性達が料理の配膳を始めたからだ。
配膳が終わり会食が始まると、彼らの感心事は、私がどうやって第一王子派の手から逃れられたのかという事に移っていた。
私が王都を脱出するまでの経緯を説明すると、隠し通路やセーフティハウスに興味を示していた。
そして予想通り、私が冒険者になった事には驚きがあったが、商人が冒険者ギルドの緊急通報機能を利用するようになってからは身近な存在になっているので、好意的な反応だった。
そして会食が進みメインディッシュが出てくるとそれは魚料理ではなく肉料理だった。
なんでも、ここは港町なので魚料理は普通過ぎて、来客があった場合は逆に高価になる肉料理を出すのがもてなしの基本なのだそうだ。
日本人の私としてはその安い魚料理の方が良かったのでちょっと残念だった。
その思いが顔に出ていたようで、私が暗く沈んだ顔をしていたのだろう、伯爵夫人はそれがクレメンタインには姉妹が居ない事を寂しがっていると勘違いしたようで、一人娘ではお寂しいですねと声を掛けてきた。
そう言われると、高月瑞希には仲の良い妹が居て、私が居なくなったら悲しむだろうなあと考えてしまった。
そこで目の前に居るイブリンさんの妹さんにちょっと聞いてみたくなった。確かお名前はシーラ様でしたね。
「シーラ様も、イブリンお姉様と会えなくてお寂しいですわね」
「はい、姉様は王都から出られないのです」
突然話しかけられて慌てた少女は、そのまま本音を言ってしまったのだろう。
言った後で口に手を当てた仕草は「しまった」と言っているようだった。
出られないという事は、自分の意志ではなく他人の意志でと言う事なのだろうか。
伯爵家令嬢の行動を制限できるのは、此処にいる伯爵夫妻かそれとも王都にいるそれ以上の存在という事になるはずだ。
そこで私はついラッカム伯爵の顔を見てしまい、視線が合ってしまった。
「クレメンタイン嬢は、今回の婚約破棄をどうお考えですか?」
ラッカム伯爵の真剣な顔を見て、どうやらこれが本題のようだと察することが出来た。
ゲーム設定でのクレメンタインの気持ちは、第一王子に近づくヒロインに色々な嫌がらせやいじめをしていた事からからも、当然悔しかったのだろうと思えた。
そこではたと思いついてしまったのだ。ここにアレンビー侯爵家とラッカム伯爵家の関係者が居るのだ。
これでレドモント子爵の関係者が居れば被害者の会が結成できるじゃないのと。
私は思わず手を一つ叩くと、その素晴らしい思いつきを思わず口にしていた。
「そうですわ。これでレドモント子爵の関係者がいらっしゃれば、被害者の会が出来ますわ」
突然そう言われたラッカム伯爵は戸惑った顔をしていた。
それはそうだろう、婚約破棄をどう思うかと聞かれていきなり被害者の会と口走ったのだから当然だ。
それはサイラスも同じだった。
だが、サイラスはその聞きなれない言葉の意味を尋ねてみるだけの余裕があるようだった。
「クレメンタイン様、その被害者の会とは一体何ですか?」
「一人では立ち向かえない相手に協力して立ち向かうことです」
それを聞いたサイラスは目を見開いて一瞬固まったようだが、直ぐにその意味について尋ねてきた。
「それは婚約破棄をされた4家で、第一王子派に立ち向かうという意味ですか?」
「そうです。だっておかしいでしょう? 私達は被害者なのですよ。それが何故泣き寝入りしなければならないのです?」
「・・・ほう」
伯爵はそれを聞いて何か考え込んでいるようだった。
その後の会食は、当たり障りのない会話が続いたが、食後のお茶を飲んでいると伯爵が質問をしてきた。
「時に、クレメンタイン嬢は何処に向かわれる予定だったのですか?」
そこで一瞬伯爵が何を言っているのか分からなかったが、隊商に捕まった時の事を聞いているのにようやく気が付いた。
「ああ、それなら実家に帰る途中だったのです」
「実家というとバタールですかな? ブレスコット辺境伯領の領都に帰るのなら何故交易街道に居たのです? 全く反対の方向ですぞ?」
まあ、普通はそう思うよね。
そこで私は、ルスィコット街道は第一王子派に見張られていて通れない事と、冒険者になってツォップ洞窟を目指している事を話したのだ。
するとラッカム伯爵から交易船で近くの港まで送ろうと提案をしてきたのだ。
そこで交易船で王国の北側まで航行することを考えてみた。
バーボネラ王国の北側は第二王子派であるスィングラー公爵とその一派が占めていて、海岸に接近しただけですぐに通報され、捕縛隊がやって来そうだった。
それに外洋にはアンシャンテ帝国の警備艦が遊弋しているという話を聞いた事があった。
そんな所に交易船で近づいたら拿捕される危険もありそうだ。
これらの事から、交易船で向かうというのは自殺行為でしかなかったので、丁重にお断りした。
すると今度は、ターラント子爵領の領都フィセルまで隊商の馬車で送ると言ってきた。
余り断ってばかりでは伯爵の顔も立たないだろうとこの案を受け入れる事にした。