その49(クラウン)
バーボネラ王国貴族の証の話です。
研究室を出た私達は伯爵に案内されて本館に入ると、そこで待機していた2名のメイドに浴場に案内された。
今ここには私とエミーリアそれと先程の女性冒険者の3人がいた。
その女性冒険者はマーリーンと言う名前らしい。あの2人の男性と一緒に「飾り紐」と言う名の冒険者チームを組んでいるそうだ。
チーム名の「飾り紐」は彼女が髪留めとして使っているクリーム色のリボンから連想して付けたとのこと。
そしてそのクリーム色のリボンはマーリーンの兄で同じ冒険者であるマルコム兄さんから冒険者になった時にお祝いとして贈られたそうだ。
兄に憧れて冒険者になるという良くあるパターンのようだ。
他の2人も同じ村出身で、金髪碧眼の魔法使いがマイルズという名前で、どうやらマーリーンの彼氏のようだった。
異世界のお風呂の中で恋バナが聞けるなんてと思っていると、どうやら2人の関係をマルコム兄さんが認めてくれないらしい。
何でもマイルズは家が近くの所謂幼馴染なのだそうで、小さい頃から良く知っているからか、どうしても欠点が見えてしまいそれを兄が嫌がっているんだとか。
そして最後の1人がジェイラスという黒髪の剣士で、最初にコロンバの町にやって来た時門番に声を掛けていた剣士の男だ。
浴場で汚れを落としてさっぱりすると、伯爵様との会食の前に着替え用に部屋に案内された。
王都から脱出する時に平民用の服しか持ってきていないが、今は冒険者ミズキなのだから問題は無いだろう。
でも比較的マシに見えるワンピースを着る事にした。
マーリーンは何も迷う事も無く冒険者の恰好になっていた。
研究室では服が無かったが、捨てられてはいなかったようで何よりである。
準備が整ったところでメイドが呼びに来たので部屋を出ると、同じタイミングで別の部屋からエイベル達男性陣も現れた。
スクリヴン伯爵の本館1階にある食堂に案内されると、そこは広い空間になっていて通路側の壁にかかっている肖像画は歴代のスクリヴン伯爵なのだろう、皆正装をして帽子をかぶった姿は誇らしげな表情をしていた。
窓側には装飾を施された大きな窓枠があったが、それらは採光をしっかり取り込めるように工夫されていた。
中央に鎮座した楕円形のテーブルには繊細な刺繍を施したテーブルクロスがかかっていて、その上には飾りを施した燭台が置かれていた。
そして部屋の隅には給仕係が並び、私達が席に着くのを待っていた。
スクリヴン伯爵は、楕円形テーブルの丁度先端部分にあたる最奥の場所にニコニコ顔で座っており、私達が入ってくると立ち上がって歓迎してくれた。
「いやあ、よく参ったな。さあ、気軽に座ってくれ」
今の私は冒険者であって貴族令嬢ではないのだ。
どこに座っても良いわよねというつもりでエミーリアを見ると、これまたニコニコ顔で伯爵の隣の席を勧められてしまった。
仕方がない。
ここは私が貧乏くじを引くとしよう。
伯爵は今まで呪いを掛けられていたようで、正気に戻してもらったことをとても感謝していた。
そして正装をした伯爵の胸には貴族達が「クラウン」と呼ぶ貴族章が誇らしげに飾られていた。
この貴族章は細長い長方形をしていて、左側にはバーボネラ王国の国章である龍を模った紋章があり、その右側には黄色の王冠が3つ横並びで記されていた。
何故、クラウンと呼ばれるかというと貴族章に爵位を現す王冠が付いているからだ。
日本でいうところの軍隊の階級章みたいな物だ。
この貴族章が生まれたのは、アンシャンテ帝国がこの国に侵攻してきた時、一部の部隊が王国深く入り込み破壊活動を行った時、討伐隊が殲滅に動いたが、相手が敵か味方かが分からず混乱してしまった反省から、敵と味方を識別するために作られたのだとお父様が言っていた。
そして帝国を追い出した後は、今度は国内の貴族達から自分達のステータスとするため、爵位に応じた印を付けて欲しいという要望が出され、それを王家が受け入れたのだ。
その結果、公爵家は黄色の王冠を5つ、侯爵家は4つ、伯爵家は3つ、子爵家は2つ、男爵家は1つと言う具合で付けることになったのだ。
ちなみに一代限りの準爵位には王冠は付かなかった。
そして我が辺境伯家は公爵家に次ぐとのことで王冠5つを付ける事を許されていた。
とはいえ、お父様は王都の社交には殆ど出席されないので、社交の場でそれを自慢するようなことは無かったらしい。
ああ、それと婚約破棄で今はどうなっているのか知らないけど、第一王子が王太子に任命された場合、現王から王太子章を与えられる事になっていたはずで、その王太子章には赤色の王冠が6個付いているという話だった。
王太子が国王になる時はその王太子章を外し、代わりに王冠を被るという儀式が行われるのだ。
貴族達はたとえ相手が誰であろうと、来客を迎える時はこの貴族章を付けて自分が王国貴族であることを誇らしげに示すのだ。見栄っ張りな貴族にはとても大事な記章だった。
食事が終わったところで、3人の冒険者には報酬が迷惑料を上乗せして支払われることになった。
そして私には地下室で消費した魔石の代わりを貰えることになった。
これからも野営はあるのでとても助かった。
冒険者達からは今回の緊急通報の報酬について相談されたが、伯爵やお爺ちゃんが魔物や盗賊と言う訳にもいかず、相手の冒険者もそれほどお金を持っているようには見えなかったので、こちらから救助のみで良いという事にしておいた。
マーリーンは渋っていたが、2人の仲間に説得されてそれで落ち着いたのだ。
そして私達がツォップ洞窟に向かう事を知ったマーリーンは、そこで冒険者をしているマルコム兄さんに何かあったら助けて貰えるようにと、髪を結わえていたリボンを渡された。
「兄は、がっちりした大男で、茶髪に黒目で私に似ているから直ぐに分かりますよ。このリボンは兄から貰った物なのでこれを見せれば兄はすぐ分かると思います」
なんでもマルコム兄さんはマーリーンを溺愛しているそうで、妹の頼みなら何でも聞いてくれるそうだ。
ツォップ洞窟で何か困った事があったら助けてもらう事にしましょう。
館を出ると、1つ残っていた疑問を解消させることにした。
「エイベル、一つ聞きたいんだけど」
「何ですかい?」
「私があのお爺ちゃんの注意を引いている時、あの食獣魔樹が出す甘い香りを感じたんだけど、貴方何か知らないかしら?」
するとエイベルはさも当たり前と言った顔で平然と言い放ったのだ。
「ええ、お嬢が、商人のような営業トークが出来る訳無いでしょう。だから、ちょいと手伝ってあげましたぜ」
「やっぱり犯人はお前かっ」
「ぎやぁぁぁぁ」
私はエイベルのお尻に飛び膝蹴りを食わらしてやった。
それを見ていたエミーリアはさも当然ですねといった顔をしていたが、初めて見る3人の冒険者は目が点になっていた。
あ、しまった。何とか誤魔化さないと。
「オーホッホッホッ、こんな所に害虫が居ましたわ」