その40(脱出後の王都)
第一王子サイドです。
王城キングス・バレイでは、第一王子イライアスが自分の居室の中で捕縛隊の結果報告を待っていた。
今回は下町に詳しい連中に捕縛を命じているし、早朝寝込みを襲っていることから成功確率は高いと踏んでいたのだ。
そこに待っていた知らせを持って騎士団の連絡兵がやって来た。
だが、その連絡兵は様子がおかしかった。青い顔をしているし、少し震えてもいるようだった。
イライアスはなかなか報告をしない連絡兵に苛立っていた。
「どうした。早く報告をしないか」
一喝された連絡兵は飛び上がらんばかりに驚いていたが、それでも何とか言葉を絞り出していた。
「ほ、報告します・・・・捕縛隊は、任務に・・・失敗しました」
イライアスは兵士から紡がれた単語が理解出来なかった。いや、聞こえているのだが、それを脳が拒否しているのだ。
何故だ。
あれだけ慎重に捕縛隊を差し向けたのに何故あの女はこうも易々と逃げおおせるのだ?
だが、何時までも聞こえないふりをしても時間が経つにつれてますます見つけるのが困難になるだろう。
「詳しく話せ」
兵士の話によると、捕縛隊が目的の家を包囲してから入口を破り中に突入したが、中には誰もいなかったのだとか。
その家のベッドには使った形跡があったが、それ以外はそこで人が生活を営んでいるとは思えないほど物がなかったそうだ。
だが、おかしいではないか。昨日商業エリアでの発見報告では、マジック・アイテムを大量購入していたと言っていたのではなかったか?
そのマジック・アイテムは何処に行ったのだ?
これは昨日クレメンタインを発見した者にもう一度話を聞いてみる必要がありそうだ。
「おい、昨日、あの女を発見したという者を連れて来い」
そして連れて来られた騎士団の男は、見た感じボンクラには見えなかった。
「商業エリアで見つけたクレメンタインの様子を詳しく話せ」
男はイライアスが既に知っている事を長々と話した後、とても重要な事を言いだした。
それは、あの女の恰好だ。
それは貴族令嬢とはお世辞にも言えなかったそうだ。
それはそうだろう、平民街に潜伏しているのだから、ドレス等着ていては目立ってしまう。
だが、男はその恰好は冒険者にしか見えなかったと言った。
貴族令嬢が冒険者だと?
市井の事に疎いイライアスは冒険者と言う物が分からなかった。
そこで知っている者を呼んで聞いてみると、それは簡単に町の外に出て行ける職業である事が判明した。
イライアスの背中にはひやりと冷たい汗が流れるのを感じた。
慌てて王都周辺の地図を広げて、王都周辺の貴族領を確かめた。
王都周辺は宰相であるギムソン公爵家、近衛第一隊長であるベイン伯爵家という頼りになる味方がいた。
そして、それ以外にも第一王子派の貴族として、南西側にグロシン伯爵家があった。
確かあの男は、どちらかというと愚直な男で私から要請すれば大抵の事は聞いてくれそうだ。
「おい、急いでグロシン伯爵家に使いを出せ。そしてあの女が領内に入ったら捕まえるように言うのだ」
「は、畏まりました」
そう言うと当番兵が命令を実行するため部屋を出て行った。
イライアスはそのまま地図を眺めていると、グロシン伯爵家の東隣にあるスクリヴン伯爵領が目に付いた。
ここの領主は領民思いの良い領主だと聞いていたが、王都での派閥争いを避けあまり社交に出てこないので人となりが全く掴めなかった。
北はギャレー狭間の騎士団、東はギムソン公爵家、西はベイン伯爵家、南西はグロシン伯爵家と第一王子派で包囲しているのに、このスクリヴン伯爵という良く分からない人物の領地が穴として残っていた。
他にも第二王子派の領地もあるがそこには手が出せないので、どうしてもこの男の領地が気になって仕方が無かった。
だが、明らかに中立派に見える貴族に圧力をかける訳にもいかず、完璧な包囲網が築けないのが歯がゆかった。
その腹立ちを今まで見ていた地図に向けると、そのまま丸めて放り投げていた。
するとその行為をとがめる声が聞えてきた。
「駄目じゃないか、地図は貴重品なんだよ」
その涼し気な声には聞き覚えがあった。
振り返ると髪の毛を肩まで伸ばした女のような容姿をした男がイライアスに微笑みかけていた。
「ロナガン、今まで何処に居たんだ? こちらは計画に綻びが生じて大変だったんだぞ」
イライアスが咎めるような顔で不満を現すと、ロナガンは頭を掻いてバツが悪そうな顔をしていた。
「ごめん、ごめん、でも心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと手を打ってきたからね」
「手を打ってきた? それは一体何だ?」
「ああ、ブレスコットのお嬢さんなら冒険者を雇ったから大丈夫さ。心配しなくても君はリリーホワイト嬢と結婚できるし、王太子にもちゃんとなれるよ」
イライアスはその言葉を聞き、自信満々のロナガンの態度を見て、多少の想定外はあったが計画は予定通り進んでいるという事に、ようやく安心するのだった。