その34(貴族の買い物)
高級店は敷居が高いのです。
冒険者ギルドで昼食を済ませて外に出ると、明日には王都を出てツォップ洞窟への入口となるターラント子爵領の領都フィセルに向かう事になるので、その前に必需品を購入しておくことにした。
フィセルまでは馬車での移動になるのだが、全てを町の宿に泊まるという訳にも行かず、当然野営の回数も多くなるのだ。
ここは是非とも身の安全のため、マジック・アイテムを購入しておきたい。
だが、それらを購入するにはどうしても東側の高級店が並ぶ地区に行く必要があり、高級店に大量の金貨を持っていく訳にもいかずどうしても魔力手形で決済する必要があるのだ。
この魔力手形を使ってしまえば、当然身元がバレるので明日の早朝には町を出て行かなければならないだろう。
そして向かった先は、商業地区の東側にある貴族や裕福な商人それに上級冒険者等が利用するマジック・アイテムの店だ。
店は石造りで出入口には装飾が施されており、両開きの扉は私達が入ろうとすると中に居る従業員が扉を開いて招き入れてくれた。
貴族相手の高級店では、客が来店すると必ず案内係が付くことになっているのだ。
私達が店内に入って行くと、居並ぶ案内係が客を値踏みする鋭い視線を送ってきた。
そして私とエミーリアは討伐クエストを終えて戻ってきたばかりなので、ヨレヨレの服と防具という恰好だった。
まあ当然の結果として私を貧乏人と判断したベテラン案内係は、私と目を合わせようとしなかった。
私の購入額が、あの人達の歩合に影響するのだから当然か。
そしてハズレ客の応対には新入りが付くというのは、どこの世界でも同じだった。
ベテラン店員から背中を押されてまだ幼さが顔に残る少年が私の元にやって来ると、少し緊張した面持ちで私に向かってペコリと一礼してきた。
「お、お客様、私が当店をご案内させていただきます。本日はどのような商品をご所望でしょうか?」
「そうね、一通り案内してもらえるかしら」
「畏まりました」
店の中は目的に応じて売り場が分かれており、携帯型、設置型、使い捨て、液体等で別れていた。
最初に見たのは携帯型のコーナーで、ここは男性用と女性用に分かれていた。
案内係の少年は、女性用のマジック・アイテムをカウンターに並べて説明してくれた。
そこに並んでいたのは指輪やネックレス、ブレスレットに加工された物で、見た目は宝飾品にしか見えないが、魔法使い等の専門職の人が見れば一目瞭然らしい。
用途としては、毒感知とかの感知系、毒軽減や毒無効等の状態異常を軽減もしくは無効にする物、身体強化系と言う物もあった。
同じように男性用ではベルトに差し込む物やカフスボタン、ステッキ等に付ける物があった。
そして冒険者として便利な沢山の物を収納できる肩掛けやバックパック型のマジック・バッグに、実際に物を出し入れして見せてくれた。
それからどう見ても耳かきにしか見えない開錠のマジック・アイテムや、唯の十字架にしか見えない解呪のロザリオという物まであった。
私は耳かきにしか見えないマジック・アイテムを手に取ると、それを案内係が持っているバスケットの中に入れた。
それは比較的安価な商品だったらしく、こちらをじっと見ていたベテラン店員が微かに嗤ったような気がした。
そして唯の十字架にしか見えない解呪のロザリオや、他に興味を持ったアイテムもバスケットの中に放り込んだ。
次に向かったのは設置型で、香炉のように煙や香りで眠り等の状態異常を起こす物や、天秤型で粉末や丸薬等の物質を鑑定出来る物なんかもあった。
ここには野営の時に便利な、侵入者の魔力を検知して警報を発する置物や不意打ち防止用の魔力障壁を展開するアイテムが並んでいた。
これがあればハンモックでゆっくりと眠る事も可能だろう。
私は目に付いた物を片っ端からバスケットの中に入れて行くと、それを見ていたベテラン店員の顔には、疑念の色が浮かんでいた。
奥にある高級品が置いてある場所では、魔法等を封入してある使い捨てのスクロールが並んでいた。
値段は封入してある魔法の魔力量で決まるらしい。
当然ながら中規模の物でも家が買える位高価だった。
私が高価なスクロールを手に取とるとベテラン店員は眉をしかめたが、そのままバスケットの中に放り込むと完全に人を馬鹿にするような視線になっていた。
きっと会計の時お金が足りず、元の場所に戻す事になると思っているのだろう。
そして小瓶に入ったポーションコーナーでは、治癒やMP回復等の定番から解毒や麻痺解除等の状態異常系や、私も使っている色を変える物等色々な物があった。
ここにある商品は私の生き残りに直接関わってくるので、ここは大人買い、もとい貴族買いをさせてもらいましょう。
お父様、お支払いよろしくお願いしますね。
私がまるで駄菓子でも買うようにぽいぽいとバスケットの中に次から次へとマジック・アイテムが放り込んでいくと、流石に非力な少年一人では持つことが出来ずもう一人少年が付いてくることになった。
その光景を見た他のベテラン店員達は、呆れ顔で見ていた。
バスケットを持っていた少年達も、買い物の量と私とエミーリアが金貨袋を持っそうも無い事に不安を覚えているようだ。
「あのう、お会計は?」
「魔力手形で」
私の言葉を聞いた少年達やベテラン店員も、皆「え」という声を漏らしていた。
魔力手形は大量の金貨を持ち歩く不便や盗賊に襲われる危険を減らす為、大口顧客が利用する決済手段だ。
魔力手形は信用のある顧客にしか発行されない決済手段で、持っているのは王族や貴族それに裕福な商人くらいだ。
この魔力手形には持ち主の魔力が込められていて、それにより偽造防止を行っている。
私は父親から持たされている魔力手形を取り出すと、金額と私の名前を記載して係の少年に渡した。
少年は私の署名を見て思わず声を漏らしていたが、私の正体が分かると一目散に店の奥に消えて行った。
そして直ぐに店の支配人を連れて戻ってくると、支配人は私に向かって深々とお辞儀をした。
支配人は、美味しい客を前に今にも揉み手をしそうだった。
「これは、これは、ブレスコット辺境伯家のお嬢様、本日は当店でのお買い物誠にありがとうございます」
支配人が言ったその言葉で私の正体を知ったベテラン店員達は一瞬目を剥いたが、それでも日頃から感情を表に出さない訓練を積んでいるのだろう、直ぐに元の顔に戻っていた。
だが、その顔に上客を取り逃がした悔しさが現れていたのを見逃さなかった。
ブレスコット辺境伯家は、この国では公爵家に次ぐ上位貴族なのだから当然よね。
分かったかねベテラン店員諸君。
相手を恰好だけで値踏みするから、美味しい客を逃すのだ。
私は心の中で舌を出して、ベテラン店員達にアッカンベーをしてやった。
「ブレスコット辺境伯家のお嬢様、またのご利用をお待ちしております」
支払いを済ませて店を出ようとした私達に、支配人と少年達それにベテラン店員もが店の前まで出てきてお見送りをしてくれていた。
あのベテラン店員達は心の中で「貴族令嬢が何て恰好してんのよ」と絶対思ってるだろうなと勘繰っていた。
そして私とエミーリアは、エイベルが持って来た馬車に乗って隠れ家に返る事にした。
その時、騎士団の見張りに出て行くところを目撃されていた。