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その30(討伐クエスト2)

 

 私達はゴブリン達に追われて、ミッシュ山脈に向けて逃げていた。


 何故そうなっているかと言うと、やっとエイベルが白状したのだが、あの夜襲があった後から私の体からあの食獣魔樹が出していた香りがするそうなのだ。


 本人はてっきり、私が男を侍らすためわざと香水として使っているのかと思ったそうだ。


 私にそんな趣味はありません。


 そりゃあ、友人達が話すホストクラブの事に全く興味が無いという訳ではないが、それを異世界で実践するつもりはこれっぽっちも・・・いや、ちょっとなら、あるかもしれないが、とにかく、無いのだ。


 どうやらゴブリンは人間より鼻が効くらしく、私から漂う甘い香りに誘われているようだ。


 だったら何で正気を保っているのよと言いたいのだが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。


 既に私達を追いかけてきているゴブリンは、40体を越えているのだ。


 幾らエミーリアでも、40体以上が同時に襲ってきたら手数が足りないだろう。


 そこで、わざとギフラ大風穴の方に向かっているのだ。


 アレに近づけば、風向きが変わりこちら側が風下になるからだ。


 この状況で唯一の救いがあるとすれば、それはゴブリンの足が遅いという事だ。


 これは恐らくリーチの差だと思う。


 後は敵の隙をついて各個撃破していくのだ。


 私達はエイベルを先頭に私そして殿にエミーリアという一列縦隊で、獣道を走っていた。


 その段階で女性冒険者の髪の毛が短い理由を、実地で経験していた。


 それというのも、先程から私の髪の毛が枝に引っかかっては抜けるというのを繰り返しているのだ。


 結構まとまった本数が抜けた時は、痛みで涙目になっていた。


 本当にまずい時には、後ろを走るエミーリアがさっと近寄ると手に持ったナイフでスパッと切っているので助かっていた。


 ただ、切っているのが私の髪なのか枝なのかは調べて見る時間的余裕は無かった。


 後で短い髪になった私を見たら、きっとお父様は怒りのあまりこの原因を作った第一王子派に報復しそうね。

 穏便に済ませるためにも、私の髪の毛には無事であって欲しかった。


 ゴブリンから逃げて走っていると、前方に見えていたミッシュ山脈が段々を大きくなっていた。


 そしてそれは突然起きた。


 今まで南風だったのが、急に北風になったのだ。それはギフラ大風穴の影響範囲に入った事を示していた。


 大風穴は近くなる程風速が早くなるので、近寄りすぎると吸い込まれてしまう危険があった。


 そろそろ追ってくるゴブリンを迎え撃つ覚悟が必要だ。


 すると先頭を走っていたエイベルが後ろ手に合図を送ってきたので、この先に何かあるのだろうと察しを付けると、開けた場所に出ていた。


 どうやらここで迎え撃つつもりのようだ。


 エイベルは両刃の長剣を両手で持ち上段で構えると、エミーリアの方は両手に短剣を逆手に持って、私を守る形で前に出ていた。


 私はと言うと短剣を手に持ってはいるが、どうしても頼りない姿に見えた。


 今までは私達が風上だったので気付かなかったが、今は風下なので森に漂う緑の匂いに汗や尿の匂いが混じり合った嫌な匂いが漂っていた。


 最初に現れたのは3匹のゴブリンだった。


 子供の様な小さな緑色の体には大きなでべそがあり、顔は頭髪が無く、鷲鼻にぎょろりとした目をしていた。


 手には木の枝から削り出した細長い棒のようなものを持ち、気勢を上げながら手に持った武器を振り上げていた。


 エイベルは落ち着いてゴブリンの脳天に両手剣を叩き込み、エミーリアは両手に持った短剣を器用に扱いながら2匹のゴブリンの喉を切り裂いていた。


 周囲に飛び散った血を見て私は身震いをしていた。


 高月瑞希は血が苦手なのだ。


 それが自分の血だったら絶対に見たく無という位だった。


 そして他人の血も同様だ。


 それが今の襲撃で周りに巻き散らかされたのだ。


 その鉄の匂いと赤い色で、気持ちが悪くなってきていた。


 それからは次から次へとゴブリンが凶悪な殺気と共に現れると、前衛のエイベルとエミーリアに襲い掛かっていた。


 周囲は濃密な殺気が支配しており、その感覚はある種異様だった。


 以前住んでいた地域で拳銃を持った犯人が人を殺め、人質を取って立て籠る事件が起きた事があった。


 私が仕事を終えて最寄り駅を出た途端、普段とは全く違う重苦しい空気に直ぐに何かあったのだと気が付いた。


 今もその時と同じような感覚で、私の肌をピリピリと刺す嫌な感覚があった。


「ガサリ」


 後ろから足音が聞こえて振り返ると、そこには今まさに手に持ったこん棒を私の頭に振り下ろそうとするゴブリンの姿があった。


 その顔には勝利を確信し、私の頭が潰れるのを想像して愉悦に耽るような表情が浮かんでいた。


 その私を死に至らしめる凶器がスローモーションのように私に向けて振り下ろされる様を、私はどこか第三者的な視点で見ていた。


 ああ、これで私もお終いなのだとある種の諦めにも似た感覚だった。


 そしてそのこん棒が私の頭に到達する寸前、わたしの目の前を黒い物が遮ると、その何かが私もろとも吹き飛んでいた。


 何が起こったのか分からなかったが、目を開けるとそこにはうめき声を上げるエイベルの姿があった。


 そして遠くには、私の身を案じるエミーリアの声も聞いたような気がした。


 だが、次の瞬間には先程私に引導を渡そうとしていたゴブリンが邪魔に入ったエイベルに怒り、その手にした武器をエイベルに振り下ろしていた。


 私はそれをただ見ているしかできなかった。


 振り下ろされたこん棒に付いた血が、振り上げられるたびに巻き散らかされ、それが私の顔にも付着していた。


 助けを求めエミーリアを探したが、エミーリアが居たあたりにはゴブリン達が何かを押し倒して押さえつけているような光景が広がっていた。


 目の前の絶望的な光景に私は何もできず、周囲は何もかもが血まみれなのか赤一色の景色に恐怖しかなかった。


 そして意識を失った。



「お嬢様?」

「お嬢?」


 誰かが呼んでいる?


 でも、あの場面から私が生き残る確率は限りなく低い。


 もしかするとゲームオーバーで元に戻ったのかもしれない。


 そして意識が戻ってくると同時に、私の五感にはあらゆる情報が大量に送り込まれてきた。


 目の前にはゴブリン達の死体が転がる凄惨な現場、大量の血とゴブリンの体臭が入り交じったすさまじい匂い、体中に走る痛み、べたつく髪の毛に返り血で張り付く衣服。


 とてもじゃないが気持ち悪さ全開で、今すぐにでもこの場所から逃げ出したかった。


 だが、それよりもゴブリンに襲われていた2人がどうなったかが心配で、嫌いな血の匂いに何とか耐えていた。


 二人は戦場の死体から物を略奪する兵士よろしく、何かを拾い集めていた。どうやらそれは討伐証明部位を切り取っている最中のようだった。


「まあ、お嬢様、どうかなさいましたか?」

「ああ、お嬢、大量ですぜ。これで討伐クエスト完了です」


 私は血の匂いに咽ていたが、必死に堪えていた。


 どうやら私達が勝ったらしい。


 でもどうやって?


 そこでゲームのテロップにあった「帰りの馬車を何者かに襲われて死亡」というフレーズを思い出した。


 そうだ、今の私は馬車に乗っていないのだ。


 ゲーム補正が支配する世界なら、それと違うエンディングは迎えないという事らしい。


 そこでようやく右手にエイベルの両刃剣を持っている事に気付き、それを見ると刃や柄の部分までべったりと血糊が付いていた。


 だが、驚くのはまだ早く私の全身も血で真っ赤に染まっていたのだ。


 それを見た私は堪らず吐いていた。


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